第四話
こんな調子でよく怪談話の記事を書こうという気になったと思う。それほどこの記事に対する情熱が強いということか。ブン屋魂という奴だろう。根性があるようなないような。
しかし、木名瀬ではないがこの山道は、確かに怖い。元々居住区からは少し離れており、開発の手も伸びず、遥か昔に積んだとおぼしき石の階段以外には、人の手が加わった様子すらない自然のままの土地である。
その先にも、例の朽ちた廃屋以外には何もない。私達以外の誰かと擦れ違う事もなかった。
何より空気が重いというか、淀んでおり、嫌な感じがする。だからこそ、怪談話に信憑性が生まれているのだとも考えられる。
「ふ、二人は落ち着いてるっすねえ」
と声を震わせて、木名瀬。気をまぎらわせた方がよいかもしれない。
「新聞部って楽しいか?」
私は何でもない話題を振った。
「楽しいっすよ。色んな所に出掛けたり、色んな人に取材したり」
「企画とかも自分で考えるの」
「大体は部長か副部長が決めるっすけど、自分一人で企画して記事にするのはこれが初めてっす」
「そうか。じゃあ成功させないとな」
「そうっす!」
と胸を張る。
「桐島さんは部活やってないすか」
「やってない。一応小中は野球やってたけど」
「野球!私好きっすよ!ポジションはどこすか」
「内野なら何処でもありだけど、中学はセカンドだった」
「セカンド!格好いいっす!しぶいっすね」
「別にしぶくはないと思うが」
「どうして高校でやらないんすか。背高いし、向いてそうなのに」
「どうしてだったかな……」
はぐらかした。
元々小さい中学で、部員は17人しかおらず、顧問の先生や他の部からの助っ人を混ぜてやっと紅白戦が出来た。スタメンの競争率は低かったが他校との練習試合では半分スタメン半分ベンチくらいの割合で使われる程度の選手だった。だから運動神経やセンスに恵まれていたというわけでもない。
長打力も並、安打数も並、足もとりわけ早くない。唯一他人よりちょっと優れていると自負していたのは守備力とバント成功率くらい。ヒーローとは程遠い地味な存在だった。
でも楽しかった。和気藹々としたチームで夢中になって練習した。
木名瀬にははぐらかしたが、直接の原因は、中三の時の交通事故である。丁度今くらいの時期だった。私は入院して、最後の中体連に参加出来なかった。
全く身体を動かせず、底抜けに憂鬱な日々を過ごした。見舞いにきてくれた友人が後年語ってくれたが、入院中の私はまるで別人のように暗かったらしい。
そうしてやっと退院出来た頃には、体力は目に見えて衰えており、私は更にショックを受けた。今まで積み上げてきたものが全て壊れてしまったのだと思った。
それでもリハビリを頑張れば、高校で続けられるくらいの体力はついただろう。気落ちに受験が重なり、学力の遅れを取り戻すのに忙しく、野球からはすっかり離れて、その楽しさも忘れ――。
つまり、
「とどのつまり、根性がなかったんだろうな」
誰に言うでもない程の小さな声で、私は呟いた。
その結果が全てがどうでもよくなった今の自分だ。情けないが、情けないのは現状よりも、現状の自分を自分で非難する勇気をもてない事だ。
いつしか心には大きな壁ができており、自分の奥に入り込めなくなっていた。
何より先に言い訳が思い付く。
だって仕方ない。
「桐島くん、大丈夫?」
木名瀬を励ますつもりがいつの間にか自分がへこんでいた。
「大丈夫。ありがとう。さっさといこう」
私は気持ちを切り替えようと努め、山道を進むのに集中した。