第二話
その日は朝から騒がしかった。同学年の男子生徒が倒れたという噂を耳にした。
朝礼が終わり緊急の全校集会が開かれ、校長から状況の説明が行われた。入院したのは隣のクラスの山下とかという男子生徒。
見つかったのは通学路に近い山道。目立つ外傷はないらしいが意識が戻らない。警察やらテレビやら新聞社の人が来るかもしれないが、特にマスコミには何か聞かれても分からない事を憶測で喋らないように、答えたくない質問には答えなくてよろしい。というような事を言われた。
休み時間、クラスメイト達がこんな噂を囁いていたのを耳にした。
呪われた――のではないか。
一週間前、その山下という男子生徒と同級生の何人かが肝試しを行ったらしい。場所は山にある廃屋。地元では元々、でるとか本当にやばいと噂されている場所で、テレビで特集が組まれ、全国にその存在が知れた事もある。
「脚を怪我したって聞いてたけど」
「床がぬけて脚を挫いたらしいよ」
「でもそのせいで入院ってわけじゃないだろ」
「呪いよ」
「呪い?」
「山下、脚を怪我した腹いせに人形?壊したらしくて。写メにとってインターネットの掲示板に書き込みしてたよ。ざまあみろ、とか言って」
「馬鹿だなあ」
「馬鹿よね」
「でも意識戻らないんだろ」
「やっぱヤバいんだよ、あそこ」
私はなんだか妙な気がして彼らに話しかけた。
「ねえ、山下ってどんな奴」
「隣りのクラスの男子だよ。坊主頭で茶髪の」
「糸目の?」
「そうそう」
数日前、私に話しかけたあいつだ。
幽霊が見えるのか、と聞いてきた。
今も見えるのか。
どういう意味だったのか。
高校に入ってから積極的に友人をつくるという事をしなくなった。人と関わりをもつことに対して無気力になったとも言える。自分は頭のいかれた奴で、他の人間とは違うという劣等感があり、輪の中に入っていく事に抵抗があった。
たまの祝日に中学時代の友人とあったりするし、家族との関係もまあ無難で、全くの孤独かといえばそうでもなかったが。
その日も一人学食で昼食をとったあと、携帯をいじってニュース欄を眺めていた。窓際の私以外誰もいないテーブルだったが、不意に斜め前に二人の女生徒が座った。気まずいのでぼちぼち立とうかなと考えていると、その内の一人が話しかけてきた。
「桐島さんすか」
私はいぶかんで彼女を見た。この学校で私の名を呼ぶ生徒は、大体が私をからかう為にその名を呼ぶのだ。
「そうだけど」
「私、2年B組の木名瀬結実、新聞部っす!」
同学年、にしては幼く見えた。身長も低い。仮に制服姿でなかったとしたら小学校高学年くらいと見ていたかもしれない。
「たいへんぶしつけなんすけど、今日、私と一緒に山の廃屋に行かないっすか!」
「結実、ちゃんと順を追って話なさい」
と、もう一人。彼女は木名瀬と名乗った女生徒の代わりに、ごめんなさい、と謝罪してきた。私は携帯をしまって二人を見た。
「どういう事」
「学校新聞の記事にするんす!怪奇!人を呪う廃屋の謎に迫る!世間はもうすぐホラーシーズンす。絶対面白い記事になるすよ!」
と、目を輝かせながら、木名瀬。良く言えば元気があるというというか、はつらつとしていて気分がよい子だ。悪く言えば、少々鬱陶しい。私自身は血圧が低くかったり人見知りをする。そのせいか知らぬが、こういうタイプの人間は、嫌いとまでは言わぬものの接する上でちょっと苦手意識がある。
しかし、それ自体全く根も葉もない噂に過ぎないというのに、山下の入院によって学校中の興味が例の廃屋に集まっている。奇しくも季節は夏になろうという時期。確かに学校新聞の記事にすれば反響が期待出来そうではある。もっとも当の山下は意識不明だというのに不謹慎だろう。
「で、何で俺を誘うの」
私が幽霊の見える人、という噂は校内の暇な連中には既に広まっている。何となく察してはいたものの尋ねてみた。返答は案の定――の上をいって、
「桐島さんは霊能力者って聞いたっす」
尾ひれがついてやがった。私は黙って頭を振った。
「違う」
「え」
「霊能力者じゃない」
「じゃあ霊媒士すか」
「違う」
「徐霊士!」
「違いが分からないけれど、違う。まず前提が違う」
木名瀬という女生徒は困ったような顔をした。
「でも……山下くんが入院前に徐霊の相談してたって聞いたす」
「確かに彼とは少し話したけれど、全くそういう話じゃない」
「……本当に霊能力者じゃないすか」
「うん」
「本当に?」
「本当に」
「本当の本当に?」
「本当の本当に」
木名瀬という女生徒は大きく溜め息をつき、
「ああ……どうしよう……もう部長に記事にするって言っちゃったす……」
頭を抱えて唸りだした。なんというか、忙しい子だ。私は何となくもう一人の女生徒を見た。彼女もこちらを見ており、目が合うと、肩をすくめてみせた。どうやら彼女も困っているようである。
「……いいす。桐島さん、もう幽霊見えなくても何でもいいから、今日一緒にきてくれないっすか」
「どうしてそうなるの」
「嘘でもそれっぽい事言ってくれたらそれでいいっす。桐島さんの言う事なら、皆それっぽいと思ってくれる筈っす」
仮にそれが本当だとするのなら、いつの間に私はこの学校でそんな浮き世離れした存在になっていたのだろう。
しかしまあ、思い返して見るに、学友ともろくに話さず、孤立し、弁護も何もない状態で、月日のみ積み重ねてきた上で、周りにとっての私がどんな存在になっていようが文句を言う筋合いはないのだ。
「……ともかく適当な事を言う気はないし、記事にもされたくない」
私は立ち上がった。木名瀬が必死に食い下がってくる。
「ああ!桐島さんの名前は出さないっす!本当っすよ!」
「もうやめなさい結実」
と、木名瀬じゃない方の女生徒。
「ごめんね桐島くん。困らせちゃって」
「……じゃ」
「桐島さんお願いっす!この通り!何でもするっすから!」
「結実」
食器を返却していた時だった。
例のあれがきたのは。
「……」
私は振り向いた。
そこには山下がいた。
木名瀬の斜め向かい、丁度私が座っていた席、うつむき気味の上目遣いで、じっとこちらを眺めていた。
「どうしたっすか桐島さん!やっぱり来てくれるっすか!」
私は木名瀬も山下も無視して食堂を後にした。
渡り廊下を進み、教室の前まで来たが、ひんやりは一向に収まらない。
振り向くと案の定山下が居る。丁度この前はじめて話したあの場所。互いに同じ立ち位置。
今も見えるのか。
あの時の言葉を思い出す。
何が言いたかったんだ。
何をして欲しかったんだ。
幻覚の山下は何も言わず、ただ燃えるような視線を向け私を殺そうとしている。