第二話『南国の守護者』
魔法陣を介して現れた白い巨人――及川ミズキがそれを見間違うはずがない。
彼女が憧れ、恋焦がれた、存在。
タタリガミを倒すために戦う戦神。
日本が誇るスーパーロボット。
その名は〈スサノオ〉。
古の神話の神の名を与えられたもの。
南国の守護者。
「……神宮寺さん、あなたが――」
言葉が続かないミズキに嘆息したような表情をちらりと見せ、神宮寺カナコは〈スサノオ〉の腹の中に消えた。
† † †
〈スサノオ〉の操縦席。
そこに座るとカナコの気分はいくらか安らぐ。
ここが自分の居場所なのだと、少し安心する。
「…………はぁ――」
どこか恍惚とした表情で吐息を漏らす。
ここは外の世界から隔絶された、自分だけの世界だ。
在るのはカナコと〈スサノオ〉だけ。
他に誰もいない。
誰も彼女を傷付けない。
ゆりかごの中のような、優しい世界。
ずっと、ここにいたい。
このまま、永遠にこうしていられたらどんなにいいか。
しかし、そうもいかない。
――『敵』がいるから。
カナコの表情が暗く歪む。
コクピット内の正面モニターに映る異形の存在――忌むべき相手を見つけたから。
タタリガミだ。
「〈スサノオ〉――起きてる?」
カナコが囁くように言った。
『〈スサノオ〉、起動完了しています(ザ・コンプリーション・オブ・ジ・アクティベーション)。おはようございます、カナコ』
低い男声を思わせる機械音声がカナコの耳に届く。無論、〈スサノオ〉の声ではない。
〈スサノオ〉に搭載されている操縦補助用のナビゲーション・システム〈ヤサカニノマガタマ〉のものだ。長いのでカナコは〈ヤサカ〉と略称で呼ぶ。
「機体の状況は?」
『左腕の修復が完了していません。補正プログラムを走らせてありますので、姿勢制御装置が働いています。操縦に問題はありませんが、左腕はないものとお考えください』
「魔剣は〈トツカノツルギ〉ね」
『〈アメノムラクモノツルギ〉は禊中です』
「判った――戦闘準備」
『了解、カナコ(イエス・マム)。戦闘モードに移行。各システム・機体、共に問題無し(オール・グリーン)。御武運を(グッドラック)』
「了解。行くよ――〈スサノオ〉」
〈スサノオ〉の顔のバイザーの奥で、メイン・カメラである二つの目が緑色に輝いた。
† † †
「『時差ボケ』――ですか?」
ミズキの頭に疑問符が浮かぶ。
垂直離着陸(VTOL)機の乗客室。
カナコが〈スサノオ〉の搭乗者であると知ってしまった事で、ミズキはそこに収容されていた。身柄を拘束されたと言ってもいい。
人員の輸送が本来の目的でないため、乗客室は狭い。席は二列で向かい合うように設けられており、六人分しかない。
「そ――時差ボケ」
ミズキの言葉に答えたのは、どこか飄々(ひょうひょう)とした雰囲気のある男性だった。
紀藤ヤヒロ。
年齢は二十八歳。
男性にしては長めの黒髪と、ラフな格好のためか、どこか『大人』という表現が似つかわしくない。少なくとも、真っ当な会社勤めをしているイメージは湧かない。
大学生かフリーターか。いまひとつ地に足が着いていない。そんな男性だ。
ちなみに、ミズキの自己紹介は済んでいる。
初対面にも関わらず『じゃあ、ミズキちゃんね』と砕けた口調で言われたが、特にヤヒロの態度が馴れ馴れしいとか気安いとは感じなかった。昔から知っている近所のお兄さん――そんな感じだ。
「タタリガミ、動かないだろう? 個体差はあるが、こちら側に顕現してから約三十分はああしてじっとしてる。この世界に順応するために必要な時間だとか、色々説はあるけど、〈タカマガハラ〉では時差ボケと呼んでる」
「〈タカマガハラ〉って〈スサノオ〉を所有している組織ですよね?」
解説をするヤヒロにミズキが訊ねた。
「一応は日本政府直轄の特務機関という事になってる。対タタリガミ戦用のね」
そこまではミズキに限らず一般にも知られている情報だ。
「どうして〈スサノオ〉は攻撃しないんですか? タタリガミが時差ボケで動けないうちに攻撃すればいいじゃないですか」
「よく見てごらん。タタリガミの周りに霧みたいなのがあるだろ?」
確かにタタリガミの周囲は、もやがかかったようにぼんやりとして見える。
「あれがあるうちはタタリガミは一切の攻撃を受け付けない。活動を開始すると消えるんだけどね。逆に言えば、霧が出ている間はタタリガミは活動出来ない。そのおかげで住民が避難する時間が稼げる」
それは一般には知られていない情報だ。もしかしたらこれは冥土の土産で、このまま口封じされるのではないかとミズキは不安になる。
「…………」
「あ、大丈夫。たいした情報じゃないからね。知られたからって、ミズキちゃんをどうこうしたりはしないよ」
ミズキは内心でほっと胸をなでおろす。
「……君はカナコちゃんの友達?」
「え?」
「いや、屋上に一緒にいたからさ。友達が出来たのかなって。違った?」
「……もしかして神宮寺さん、監視されてるんですか?」
嫌な予感がミズキの頭をかすめる。
「〈スサノオ〉を動かせるのは彼女だけだからね。身辺警護のために、カナコちゃんの状況は常に把握されてる」
ヤヒロの言葉は肯定だった。
「…………」
身辺警護と言えば聞こえはいいが、それは監視されているのと同じだ。良い気分はしない。
ふいにヤヒロが真面目な顔になる。
「――もし迷惑でないなら、カナコちゃんの友達になってくれると嬉しい。彼女は……孤独なんだ」
「孤独……」
「生き苦しさのようなものを感じながら生きている。態度には出さないが、辛くないはずがない」
ミズキは思いだす。カナコの寂しそうだった瞳を。
態度に出していない?
違う、誰も気付いていないだけだ。もしくは気付いていない振りをしているだけ。カナコが抱えている気持ちを誰も理解出来ないから。
「…………」
そう思うと、ミズキは怖くなった。
誰にも理解されない恐怖。
人の中にいながら孤立する寂しさ。
それがどれだけ不安で恐ろしいものか――ミズキはそれを知っているから。
† † †
顕現したタタリガミの形状は異形だった。
人間の胴体に脚が六本、腕は七本備わっている。首から上は無い。だが、裸の胴体に、いくつもの口と目が出鱈目に配置されている。
「〈ヒルコ〉タイプか……何度見ても慣れないわね」
〈タカマガハラ〉発令所の巨大な正面モニターに映し出されたタタリガミの姿に、カヤはそう感想を漏らした。
〈ヒルコ〉――蛭子神あるいは蛭子命は、日本神話に登場するイザナギとイザナミの間に生まれた最初の神の名だ。不具の子として生まれ、すぐにオノゴロ島から流されてしまった不遇の神。
〈ヒルコ〉とはそれにちなんだ名称だ。
「霧が晴れます。〈ヒルコ〉、活動を開始」
オペレーターの女性が報告する。
「目標の神格値は?」と問うカヤに、「神格値は二千。下級クラスだねえ」とメイが応える。
神格値はタタリガミの大まかな階級分けを行うための数値だ。三千以下が低級、六千以上を上級、その中間を中級と〈タカマガハラ〉では定めている。
モニターでは〈ヒルコ〉がのっそりとした動作で動き出そうとしていた。
〈ヒルコ〉の進行方向に立ちふさがるのは〈スサノオ〉だ。
「カナコ、たいした相手じゃないわ。一気に決めましょう。左腕が使えないんだから、接近戦はなしよ」
カヤが〈スサノオ〉のコクピットにいるカナコにインカムで指示を出す。
『――了解』
短い応答が発令所のスピーカーを通して届く。
冷静な声音だ。これから異形の怪物と戦う少女の物とは思えないほどに。
† † †
白を基調とした巨大な人型――対タタリガミ戦用機神〈スサノオ〉。
それが持つのは魔剣〈トツカノツルギ〉。
名前の通り剣の形状をしているが、それは実際には『杖』に近い。
魔法使いが魔法を使うための杖。
そう――魔法の杖だ。
タタリガミには通常の物理攻撃が通用しない。タタリガミは攻撃を察知すると、その身を守るように特殊な『場』を展開する。
この世界とは相の異なる世界――『ヨモツヒラサカ』に繋がっているとされている『場』。それに取り込まれた物質がどうなるのかは判っていない。ただこの世界から消滅するのは間違いない。
故に、タタリガミを殲滅するにはこの『場』を、あるいは『場』ごとタタリガミを破壊する必要がある。
それを可能とするのが『咒法』だ。
タタリガミを打倒し得る唯一の手段。魔術・呪術・妖術と様々な呼称があるが〈タカマガハラ〉では咒法で統一されている。
そして、それを物理的な威力として効率的に顕在化させる装置が『魔剣』である。使用者の精神エネルギー――いわゆる『魔力』を撃鉄とし、自然界に存在する『マナ』を増幅し、咒法に変換する装置。
それが〈トツカノツルギ〉だ。
カナコは並はずれた魔力の持ち主であり、それが〈スサノオ〉の搭乗者として選ばれた理由の一端を担っていた。
「ハラエタマエ・キヨメタマエ・マモリタマエ・サキワエタマエ――」
略拝詞――咒法を使うための簡略化された祝詞を唱える。言わば銃の安全装置を外す行為に近い。
そして――
「〈両断するもの(ザンバー)〉――」
言霊――これによって発動する咒法の種類を選択する。
最後に――
「――その威を示せ(アクティベイト)」
咒法という名の弾丸を撃ち出すための言葉を告げる。
同時に〈スサノオ〉が〈トツカノツルギ〉を薙ぎ払う様に振るう。剣閃をなぞる様に紅い閃光が顕 (あらわ)れ、〈ヒルコ〉に飛ぶ。
真一文字の紅い一線が、その名の通り〈ヒルコ〉の胴体を上下に両断した。
――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……。
断末魔と呼ぶにはあまりにささやかな、しかし地獄の底から響いてくるようなおどろおどろしい声を残しながら、〈ヒルコ〉と呼ばれたタタリガミはその身を塵状に変えながら消えていく。
その様子を眺めながらカナコはいつも思う。
(あなたは生まれる世界を間違えた。多分、私と同じように――)
タタリガミの死体は残らない。あるのは慟哭の残響だけだ。
「…………」
勝利の喜びも、達成感も、満足感もない。もはや彼女にとってタタリガミとの戦闘は繰り返される日常 (ルーチンワーク)の一部でしかない。
勝って当然。
負けた時は――その時はどうなるのだろう?
それで何もかも終わるのだろうか?
だったら、いっその事……。
『――カナコ、おつかれさま。戦闘終了よ』
カヤからの通信がカナコの暗い思考を中断させた。
『それから、基地に帰還したら第一ブリーフィング・ルームに来てちょうだい』
「……了解」
端的に答えて通信を終えると操縦席に静寂が訪れる。
――静かだ。
「……どうして生きてるんだろう、私」
ぽつりと呟く。
それに答える者はいない。
〈ヤサカ〉は音声として認識しているが、それは自分に対する質問ではないと理解している。だから答えない。
「…………死にたい」
カナコの声に答える者は、やはりいない。
† † †
タタリガミと〈スサノオ〉の戦闘が長時間に及ぶ事はほぼない。下級クラスとの戦闘であれば、ほんの数分で終了するのが常だ。今回のように一方的に勝利する事も珍しくない。人的被害も出ず、施設や住宅への被害も最小限。故に局地災害指定生物とされていながら、タタリガミの脅威度は低い。
それは〈スサノオ〉の強さの証明であるし、〈タカマガハラ〉にとっては栄誉だ。少なくともカヤはそう認識している。
だが戦場に直接身を置くカナコにとってはどうでもいい事だった。現に、戦闘を勝利で終えたにも関わらず、ブリーフィング・ルームに現れた彼女の態度には誇るような素振りすら見られない。相変わらずの無表情だ。
(相変わらずね。少しは自信を持ってくれるといいんだけど……)
カヤは心中で嘆息する。
カナコと出会って二年になるが、未だに彼女は心を開いてくれない。それは相手がカヤに限った事ではないが。
「――カヤさん」
ぽつりと呟くようにカナコが口を開いた。
「ん、何?」
「用件は何ですか? わざわざ呼びつけておいて、溜息をつかれても困ります」
「あー……ごめんなさい」
どうやら態度に出ていたらしい。こういうところが我ながら情けないとカヤは反省する。
「ちょっと待ってね、もうすぐ来ると思うから」
「? 誰を待っているんですか?」
「まあまあ、すぐ判るから」
カナコが不審な表情を浮かべていると、ブリーフィング・ルームの扉が開いた。入室して来たのは男女の二人連れだ。
男の方はカナコも知っている。伸ばし気味の黒髪とラフな服装の、どこか飄々とした印象がある――紀藤ヤヒロだ。
「や――カナコちゃん。今回も鮮やかな手並みだったよ」
にこやかに言うヤヒロ。
「ありがとうございます、ヤヒロさん」
それに対しカナコは、彼女にしては珍しく、少しはにかんだ表情で答えた。
そして、もうひとりの人物に視線を向けると――
「……どうして、ここにいるの?」
と、また不審な表情を浮かべた。
ヤヒロと共に入室してきたのは、カナコが学校でぶつかった少女だった。
ややウェーブがかかった黒いショートヘア。ぱっちりとした黒い瞳。ハムスターの様な小動物を思わせる雰囲気。小柄な体躯。
及川ミズキだ。
「すごかったよ、神宮寺さん! タタリガミを一撃で倒しちゃうなんて!」
「…………」
「まさか〈スサノオ〉のパイロットが同い年の女の子だったなんて、あたし、なんだか嬉しくて! ねえ、さっきの技なんて言うの!? 雷光一閃って感じだったけど!?」
興奮気味にまくしたてるミズキにカナコはやや気圧された。屋上の時もそうだった。この少女はやはり『ああいうの』が好きなのだろう。
「……〈両断するもの(ザンバー)〉の事? あれは私の精神力を物理的なエネルギーに転換する形相干渉システム――要は魔法よ」
正しくは咒法なのだが、細かい説明が面倒になったカナコは魔法という言葉を使った。
「魔法!? 本当に魔法なの!? じゃあ神宮寺さんは魔法使いなの!?」
一気にテンションが振り切れたミズキは目を輝かせてカナコに迫った。
「……カヤさん、どうして部外者がここに居るんですか?」
ミズキの勢いに耐えかね、カナコはカヤに助けを求めた。
だが、カヤはそんなカナコの姿がツボにはいったらしく、笑いをこらえている。
「もう部外者じゃないよ」
カヤの代わりに応えたのはヤヒロだった。
「ミズキちゃんは君の事を知ってしまったからね。せっかく同じ学校に通うクラスメイトなんだし、カナコちゃんの相談役になってもらおうと考えている」
「な……」
カナコはその提案に唖然とした。
「カヤも心配してるんだよ。君が学校に馴染めないんじゃないかって」
うんうん、と頷くカヤ。ちなみにまだ笑っている。
「どうかな?」
「必要ありません」
ヤヒロの問いにカナコは即答した。
「私、元々高校には行かないつもりでしたし、もう行きませんから」
「どうして?」
「タタリガミが二日連続で顕れたんですよ? もう二週間のスパンなんて当てにならない以上、学校に行く余裕はないはずです」
「だからといって、二十四時間三百六十五日、君を基地で待機させる訳にはいかないよ」
本来、タタリガミの発生件数は二週間に一度あるかないかだ。それ以前に、いつ顕れるかも判らない敵を相手に、ひたすら待機するのも不毛だろう。いくら〈スサノオ〉を動かせる人間がカナコひとりしかいないとしてもだ。
「タタリガミを殲滅するのが俺達の仕事だ。だが、だからと言ってカナコちゃんの私生活を犠牲にしていい理由にはならない。君には君の人生があるんだからね」
「…………」
ヤヒロの言葉にカナコは押し黙ってしまう。
反論の余地がない。何より彼が本心から自分を心配してくれていると判ってしまうから。彼だけではない。カヤやメイ、他にも多くの〈タカマガハラ〉のスタッフがカナコを気遣ってくれているのを知っている。
それでも……。
「…………っ!」
カナコは踵を返すと、ブリーフィング・ルームから逃げ出すように駆け出した。
「神宮寺さん……」
ミズキはカナコが出ていき、閉まったドアを見つめた。
「あたし、追いかけてもいいでしょうか?」
カナコが飛び出していく前、ほんの一瞬見せた辛そうな表情がミズキの目に焼き付いている。
「及川さん――カナコの事、頼める?」
「はい!」
カヤの頼みにミズキは全力で応える事にした。
† † †
「ヤヒロ君がどうして及川さんをカナコの相談役に選んだのか、判った気がするわ」
カナコとミズキがいなくなったブリーフィング・ルームで、カヤは呟くように言った。
「ほう? どうしてかな?」
「とぼけるんならいいわ。私も上手く言葉に出来る気もしないし」
「ま――俺も直感的に思っただけなんだけどね。あの子達の出逢いが運命的だって」
ヤヒロは、やはりどこか飄々とした口調で言った。
「運命、ね。私の大嫌いな言葉だわ」
「それは失敬」
† † †
ブリーフィング・ルームを飛び出し、カナコは走る。
あの場にいることが耐えられなかった。
相談役?
――違う。
きっとカヤもヤヒロも、自分の事を見限ったのだ。だから、あの少女に自分のお守りを押し付けたのだ。
親が育児放棄するように。
子供が飽きたおもちゃを手放すように。
そんな風に考えてしまう自分が嫌だった。
だがどうしようもない。そういう風にしか思えないのだ。
期待を裏切られるのが怖いから。
信じたものに見放されるのが怖いから。
だから何にも期待しないし、信じない。
まず最初に最悪の可能性を想定する。
それがカナコという少女の処世術だった。
しかし、それは十六歳の子供がする決意ではない。
本当は誰かにすがりたい。判ってほしい。追いかけてもらいたい。
そう――誰かに。
「――待って!」
声が聞こえると共に、カナコの手首が後ろからつかまれた。
振り返る。
そこにいたのはミズキとかいう少女だった。全力で走ってきたのだろう。息を切らせて、しかしカナコの手首を離さないように強く握っている。
「やっと追いついた……。神宮寺さん、走るの、速いね」
そう言ってにこやかに自分を見つめる少女の瞳に、一瞬、カナコは言葉を失った。彼女は人の感情の機微に敏感だ。目を見ればおおよそ、相手がどういった感情を自分に向けているか判る。大概の人間は表面では友好的な態度を取りながら、内心ではカナコに対して無関心だ。
〈スサノオ〉の搭乗者――それ以上でも以下でもない。
以前のカナコは、自分は世界に必要のない人間だと思っていた。
だから〈スサノオ〉の搭乗者となった時は嬉しかった。
何か出来る事があるかもしれない。何かが変わるかもしれない。
しかし現実は違った。何も変わらなかった。
ただ〈スサノオ〉を動かす部品になったにすぎなかった。
日常を繰り返し、鬱屈とした気持ちを抱えて生きている。
〈スサノオ〉の搭乗者となって、カナコはそれをはっきりと認識した――してしまった。
それからは独りでいる時間が、より多くなった。元々、社交的な性格ではない。人の中で孤立するより、独りきりで孤独を感じている方がましだ。
それが一番楽で傷付かない。
他人と関わるのは煩わしいし、嫌な事ばかりだから。
だが――
「? 神宮寺さん?」
カナコを見つめるミズキの目は、無関心でも、哀れんでいる類のものでもなかった。
強いて言うなら好奇心だろうか。それも下卑たものではなく、純粋な興味から生じる無垢なものに感じられる。
「…………なに?」
だからカナコはミズキに答えてしまった。
普段なら振り払って無視しているところだが、それが出来なかった。
この少女が自分に対して何を言うのか、それが気になったのかもしれない。
「あ――えっと……」
言い淀むミズキに対して、カナコは無言で言葉を待つ。
「あ、あのね――」
「…………」
「お、お腹空かない……?」
カナコは無言でミズキの手を振り払った。