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第十話『続く日々』

 四月二十一日。

 カナコ達が異相世界から帰還して、五日が経過していた。

 異相世界で何があったのかは判らない。

カナコは口を閉ざし、語ってくれなかった。

 だが、誰もそれを責めなかった。

カナコの辛そうな顔を見れば、問い(ただ)す事など誰も出来なかった。

「――浮かない顔だね」

 ふいに男性の声で呼びかけられた。

 紀藤ヤヒロだ。

 ここ――高千穂神社までミズキを車で送迎してくれた。時間が夜の九時という事で、保護者という立場でもある。

 今夜、高千穂神社の境内にある会場でカナコが舞う夜神楽があるのだ。

「カナコちゃんの事かな?」

 ヤヒロは気遣うように優しく()いてくる。

「はい。カナコ、何も話してくれなくて……いえ、話してくれない事自体はいいんです。言いたくないなら、訊こうとは思いません。けど、時々すごく辛そうな顔するんです」

 それが悔しい。カナコにそんな顔をさせたくないのに。

「ミズキちゃんは優しいね」

「――へ?」

 ヤヒロの言葉に、ミズキは面食らう。

「そうやって心配してくれる人がいるだけで、カナコちゃんは幸せだよ」

「だけど……」

「僕やカヤ――〈タカマガハラ〉の多くの人もカナコちゃんを心配してる。だけど、僕達じゃ本当の意味でカナコちゃんと同じ目線にはなれない。ミズキちゃんだけが、彼女と友達になれた。君の存在に、カナコちゃんは救われていると思うよ」

「そうでしょうか……?」

「きっとね。ミズキちゃんはこれまで通り、カナコちゃんの隣にいてくれればいい」

 側にいてくれる誰かの存在が救いになる――ヤヒロはそう付け足した。

「さて、そろそろ時間だ」

 やがて、夜神楽の幕が上がる。

 和装に身を包んだ壮年の男性が現れ、夜神楽の開催に当たっての解説を始めた。

 神楽は三十三番まであり、ここ高千穂神社では代表的な四つの舞が行われるそうだ。

「――なお、本日はこれらに加え、番外編の舞もありますのでお楽しみください」

 饒舌に語る男性の言葉に、客席が湧いた。

 何の事だか判らず疑問符を浮かべ、ヤヒロに視線を向けるが、彼は微笑を返すだけだ。

 ミズキの疑問を余所に、夜神楽が始まる。


 今夜(こよ)さ夜神楽にゃ せろどて来たがサイナー

 せらにゃそこのけ わしがせるノンノコサイサイ


 さまは三夜(さんや)の 三日月さまよサイナー

 よいにちらりと 見たばかりノンノコサイサイ


『夜神楽せり唄』が唄われ、夜神楽が始まる。

 

一つ目の舞は『手力雄(タヂカラオ)の舞』。

白い男性の面を付けた舞手が、(へい)(すず)を手に現れる。

 天照大神(アマテラスオオミカミ)が天の岩戸に隠れてしまったので、力の強い手力雄命(タヂカラオノミコト)が天の岩戸を探し出すため静かに音を聞いたり、考えたりする様子を表現している。


 二つ目の舞は『鈿女(ウズメ)の舞』。

 白い女性の面を付けた舞手が現れ、舞台を引き継ぐ。

 天の岩戸の所在がはっきりしたので、岩戸の前で面白おかしく舞い、天照大神を岩屋より誘い出そうとする。

 それを見たミズキは直感的に判った。

「あれ、カナコですよね?」

「正解。お面で顔を隠してるのに、よく判ったね」

 昔は神楽の舞手はすべて男性だったそうだが、今では女性の舞手も認められているらしい。

 一瞬、こちらを見た舞手――カナコと目が合った。

(やっぱり、カナコだ)

 しなやかで美しい舞が披露(ひろう)される。束の間、ミズキはそれに見惚(みと)れた。


 三つ目の舞は『()()りの舞』。

 舞手が代わり、最初の舞に現れた手力雄命が再び登場する。

 天の岩屋も岩戸の戸も所在がはっきりしたので、手力雄命が岩戸を取り除いて天照大神を迎え出す舞を勇壮で力強く舞う。

 舞台上で岩戸の舞台装置(セット)を持ち上げる場面では観客のボルテージが最大になり、声援と拍手が沸き起こる。


 四つ目の舞は『御神体(ごしんたい)の舞』。

男女の面を付けた二人の舞手が現れる。

伊弉諾(イザナギ)伊弉冉(イザナミ)の二神が酒を造ってお互いに仲良く飲んで抱擁し合い、極めて夫婦円満を象徴している。

途中、酒に酔った伊弉諾尊(イザナギノミコト)が客席に飛び込んで女性の相手探しを始め、それに怒った伊弉冉尊(イザナミノミコト)も客席に乱入し、また場が盛り上がる。

最後は仲良く元の鞘に収まり……夫婦仲が極めて良い様子(婉曲的表現)を見せつけられて終了する。

 その様子を見てさすがのミズキも少し赤面する。

「……女子高生には少し刺激が強かったかな?」

 ヤヒロが苦笑して(たず)ねてくる。彼は知っていたのだろう。

「はい。少しびっくりました」

 ミズキも苦笑して返す。

 日本神話とは子作りの物語でもあるのだそうだ。

 普段の夜神楽はこれで終了らしいのだが、

「今夜はお楽しみがもうひとつあるよ」

 番外編の舞の事を指し、ヤヒロは舞台に視線を向けた。

 二人の舞手が舞台を去り、束の間、静寂が訪れる。

 すると――

「――え……?」

 予想もしなかった展開に、呆然となるミズキ。

 舞台に現れたのは華美な衣装に身を包んだ、素顔のカナコだった。

 カナコがお辞儀をすると、和楽器による演奏が始まる。葡萄(ぶどう)の房のような形をした鈴を右手に、静かに舞が始まる。


 ――しゃらん。


 鈴を鳴らし、しとやかに舞うカナコ。

 五十人以上の観客の目があるにも関わらず、堂々とした舞だ。

無表情で、しかし凛とした美しさを感じさせるカナコの姿に誰もが心を奪われていた。

舞うごとに、艶やかな黒い髪がさらりと流れる。

 その姿はただ――美しかった。

「カナコ……綺麗だ」

「この番外編は『木之花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)の舞』といってね。カナコちゃんが出演する時だけ見られる特別な舞なんだ」

 思わず口から漏れたミズキの言葉に、ヤヒロが反応して解説してくれた。

 木之花咲耶姫は日本神話に登場する、木の花(桜の花、あるいは梅の花)が咲くように美しい女性とされている。

 この舞は近年になって追加された番外編であり、本来の三十三番とは別に扱われているそうだ。高千穂神社で独自に行っている――いわば客寄せと地域活性化のための演目である。

「僕もこの舞を見るのは久しぶりだけど、今夜のカナコちゃんはいつもより綺麗だ。どうしてだと思う?」

「どうしてですか?」

 カナコの舞からは視線を外さず、ヤヒロに問い返す。

「決まってるさ――ミズキちゃんが見てるからだよ」

「……だと、嬉しいです」

 ほんの数分、現実から切り離されていたような、夢幻の時が終わる。


    †  †  †


ミズキが見てくれている……。

 それは二つ目の演目である『鈿女(ウズメ)の舞』の時に確認していた。

 舞の最中、ミズキと目が合った。きっと彼女は、面を付けていても自分だと気付いてくれただろう。


――『きっと見つけてみせる。あたしがカナコを見間違う事なんてない』


 いつかミズキが言ってくれた言葉を思い出す。

(本当に見つけてくれた……)

 それが嬉しくてカナコは心中で呟く。

(――ありがとう)

 演目はこの『木之花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)の舞』で終わりだ。

 久しぶりだが、身体が覚えている。

今は舞に集中しよう。

そして伝えよう。

舞を通じて、自分の気持ちを。

伝わってほしい。

言葉にせずとも、口にしなくても。

伝われ。

届け。

そう願って、カナコは舞った。


    †  †  †


 夜神楽が終わり、カナコは舞の衣装のまま、しばし控室(ひかえしつ)の椅子に座って鏡に写った自分を見つめていた。

 ミズキは自分の舞を見て、どう思っただろうか。

 今思えば、舞うだけで気持ちが通じればいいなどと、ずいぶんと乙女的な発想だなと恥ずかしくなる。

 異相世界での出来事。自らを〈テング〉と名乗ったタタリガミとの会話の内容は誰にも伝えていない。

 言えば誰もが思うだろう――自分の存在は害悪だと。

 だが、ミズキは言ってくれた。


――『いいよ。全部……何だってあたしが許す。あたしのわがままでカナコを連れ戻すんだから、あたしも一緒に責任を取るよ』


 嬉しかった。

あの言葉があったから、帰ってこられた。

何も()かないでくれた。

そんなミズキの優しさに、罪悪感がないはずがない。

だから、今日までの五日間はいつも通りのようで、いつも通りではなかった。異相世界からの帰還を決めた時は、ミズキといつも通りに話せた。だが、この世界に帰り、自分の部屋で一人になった時、いつもの病気が出た。

物事を悪い方向に考えてしまうネガティブ思考。

この世界に帰ってきて本当によかったのだろうかという疑問。

ミズキに隠し事をしているという罪悪感。

(もう、前みたいに話せないの……?)

せっかく帰ってこられたのに……。

すると――


――こんこん。


控室の戸をノックする音が聴こえた。

「はい」

 涙声になりそうな自分を(いまし)め、ノックに応じる。

「あたし、ミズキだけど……入っていいかな?」

 ノックをしたのはミズキだった。

 一番、逢いたい。

 一番、話したいと思っていた少女だ。

「入って。今、私しかいないから」

 戸が開かれると、訪ねてきたのはミズキだけだった。

「ヤヒロさんは?」

「車で待ってるって」

「そう」

「うん」

 ――沈黙。

 やはり上手く話せない。元々、しゃべるのは苦手だった。だけど相手がミズキなら平気なはずだった。

 なのに……。

「あのね……舞、すごく良かったよ。綺麗だった」

「そう、ありがとう」

「うん……」

 会話が続かない。上手く言葉が出ない。

 それが――苦しい。

 みっともなくてもいい。今すぐ駆け出して、ミズキを抱きしめたい。そう出来たら、どれだけ楽か……。

 そう思っていると。


「――やっぱり、こんなんじゃ駄目だ……」


 (うつむ)いていたミズキが、ばっと顔を上げると、大股にこちらに歩いてくる。

 そして――

「カナコ――!」

 全身でぶつかるようにミズキは抱き付いてきた。

 カナコはそれを受け止めきれず椅子から落ち、ミズキに押し倒されるように床に倒れた。

「ミ、ミズキ……?」

 突然の行為に慌てる暇もなかった。ミズキはカナコの胸に顔を埋めると、幼子のように泣きじゃくっていた。

「嫌だよ、こんなの……せっかく帰ってこられたのに……普通に話してよ……思ってる事、ちゃんと言ってよ!」

 初めてだった。こんなミズキの姿を見るのは。こんな悲しそうな声を聴くのは。

「私だって……嫌よ! 前みたいにミズキと話したい! 馬鹿みたいに笑ってほしい! だけど――!」

「だけど? なに?」

「私、あなたに何も話してない。異相世界での事、何も話してない。だから――」

 それは卑怯な気がした。隠し事をしているのが後ろめたかった。だから、ミズキと上手く話せなくなった。

「いいよ、そんな事。言いたくないなら、訊かないよ。それじゃ駄目なの?」

「私は、そんな風には割り切れない」

「なら話して。全部、あたしが聞くから」

「話したら、ミズキは私を厄介者(やっかいもの)だと思う。私の事、嫌いになる。そしたらもう、私は生きていけない……!」

「……カナコ」

 ミズキの両手が、そっとカナコの顔を包むように触れてきた。顔が固定されて、まっすぐにミズキの顔と対面させられる。

 ミズキの表情は優しかった。聖母というのは、こんな顔をしているに違いないと思った。

「言ったよね。カナコの事は、あたしが全部、許すって。だから、あたしがカナコの事を嫌いになる訳ないじゃない?」

 優しい声。それは麻薬のようにカナコの理性の(たが)を外した。


          †  †  †


「そうなんだ。そんな事があったんだね」

 異相世界でミズキの姿をとったタタリガミ〈テング〉に告げられた言葉――すなわち、タタリガミをカナコ達の世界に呼んでいるのはカナコだという事実。

「……ええ。私の存在がこの世界を脅かしていた。そんな私に、この世界で生きる権利なんてあるの?」

 そう考えると、カナコは怖くなる。どうしようもなく自分が醜い存在に思えてくる。

 しかし――

「それって本当なのかな?」

 ミズキはいとも簡単にそう言った。

「どういう事?」

「〈テング〉が嘘を言った可能性は? 本当の事を言ってる証拠なんてあるの?」

「…………」

 カナコは呆然となった。確かに、〈テング〉の言葉には何の裏付けもない。勝手にカナコが信じただけだ。

「それに、事実だったとしても、タタリガミを全部カナコが倒しちゃえば、結果オーライじゃない?」

 あまりに能天気かつ安直な発想だが、ミズキらしいとも思った。

 そう言われてしまうと、ひとりで抱えて悩みこんでいた事が馬鹿らしく思えてきた。

「……は、ははは――あはははははっ」

「カ、カナコ……?」

 笑い始めたカナコに、今度はミズキが呆然としている。

 そうだ、この世界に帰る時、責任はミズキに丸投げすると決めたではないか。

 いい加減でも、思考の放棄だと言われても――知った事か。

 決めたのだ。

 この世界で生きてやると。

 ミズキの言う通り、これから現れるタタリガミをすべて殲滅(せんめつ)すればいい。

 それで――結果オーライだ。

もう、あとには退()けない。

「なんだか馬鹿みたいだわ」

「……うん。馬鹿みたいだね、あたし達」

 誰もいない控室。

 身体を重ねて床に転がる二人の少女。

 それだけを聞くと背徳的で――しかし実際は馬鹿馬鹿しい光景だ。

「いい加減、離れてくれる? ミズキは少し重いわ」

「カナコはひどいにゃー」

 そして、二人分の笑い声が誰もいない控室に響いた。


          †  †  †


『いい加減、離れてくれる? ミズキは少し重いわ』

『カナコはひどいにゃー』

 ミズキを自宅に送迎するためという名目で車内に戻っていたヤヒロは、夜神楽が行われた会場の控室でのカナコとミズキの会話を聴いていた――盗聴だ。

「――というのが異相世界での出来事らしい」

そして、その内容は同時に〈タカマガハラ〉本部の執務室にいるカヤの個人用インカムにも届いていた。

『ごめんなさいね、嫌な役目を押し付けて』

 カヤの申し訳なさそうな声が、ヤヒロの愛車の通信機を通して聴こえる。

 ヤヒロは盗聴器のスイッチを切り、

「いいさ。誰かがやらなくちゃいけない事なら。それに、うら若い乙女達の秘め事が聴けるなんて、役得だよ」

 そう言って、おどけて見せる。

「で、どうするんだい? 上層部に報告を?」

『いえ。現状では混乱と疑惑を生むだけでしょう。この事は他言無用よ』

「それを聞いて安心したよ。俺はカナコちゃんを護るために、こんな事をしてる訳だしね」

 カヤとの通話を終え、ヤヒロは思い付いたように独りごちる。

「――あ。ミズキちゃんの盗聴器、気付かれる前に外さないと……」

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