序章
「…………死にたい――」
少女はそう呟いた。
艶やかな黒髪は腰まで届くほど長いストレート。肌の色はやや白く、瞳の色は黒い。整った顔立ちは可愛いというよりは綺麗だと評されるだろう。
神宮寺カナコ。
十六歳の高校一年生。
だが、その雰囲気は気怠く、世間一般に持たれる女子高生のイメージからは程遠い。
眠たそうに目を半眼にし、学校の屋上で手すりにもたれかかっている。
風景を眺めているわけではない。
彼女の目は遠くを――ここではないどこかを見ているようだった。
「また始まった。カナコの『死にたい』が」
そう言ったのはカナコの隣にいる少女だ。
黒い髪は肩にかかるくらいのショートカットで、毛先はゆるくウェーブがかかっている。小柄でどこか小動物を思わせる、人懐っこい雰囲気がある。カナコと同じデザインの黒いセーラー服をラフに着崩しているが、だらしない感じはしない。
及川ミズキ。
カナコの同級生にして、唯一、彼女の友人と呼べる存在である。
「そんなに死にたいなら、死ねばいいじゃない? それとも、あたしの気を引きたくて言ってるのかな?」
明るい口調で言うミズキ。
「…………」
対するカナコは無言で遠くを見ているだけだ。
ミズキは嘆息して、友人の横顔を眺める。
カナコは美人だ。同性のミズキが憧れるくらいに整った顔立ちをしている。これで愛想が良ければ間違いなくもてる――が、彼女はクラスで浮いていた。ミズキ以外とまともに会話をしている場面など見た事がない。
とにかく無愛想で取っ付きにくい、他人を寄せ付けない雰囲気がある。
そんなカナコだから、当然のようにクラスメイトとは馴染んでいない。
そもそも学校に来ない事も多い。
学校に来ても、たいていの時間は屋上で黄昏 (たそがれ)ている。
日がな一日、遠くを眺めては溜息を漏らしている。
その姿が美しかった。思わず息を飲んでしまうほどに綺麗だった。
だからミズキはカナコに興味を持った。最初はただの好奇心だったのだが、気がつけば彼女と一緒にいるようになった。
無論、ミズキは授業には出ているので、カナコと過ごすのは昼休みや放課後だけだ。
会話らしい会話はない。ただミズキはカナコの隣に並ぶだけ。
無言で。
無音で。
ただ時間だけが流れていく。
しかし、不毛とも呼べる一時が、ミズキにはかけがえのない時間だった。
何も出来ない、何もしてやれない自分が唯一出来るのは、カナコの隣にいる事だから。
そんな、ささやかな時間に必ず一度はカナコが呟く。
『死にたい』――と。
カナコと出逢ってから、もう何度も耳にしたフレーズだ。
だから今更、驚かないし、そんな事は言うもんじゃないと責めるつもりもない。
カナコにしてみれば、溜息と同じもの。つい口から出てしまっているだけだとミズキは知っている。
だから何も言わない。
「ねえ、ミズキ」
「なに、カナコ」
「私の事――好き?」
「うーん……好きじゃないよ」
「そう」
「大好きだよ」
「…………馬鹿じゃないの?」
「カナコが訊いてきたのに、ひどいにゃー」
これは二人の少女のお話。
死にたがりの少女と、少しだけ変わった少女の、出逢いと始まりの物語。