紗都子さんのお家を訪問しました
「うわーっ、これが有名な『赤薔薇の庭』なのねっ」
ぱしゃぱしゃと一眼レフで写真を撮る涼子ちゃんの制服の袖を、私はつんつんと引っ張った。
「ちょ、ちょっと涼子ちゃん。個人宅だし、プライバシーってものがあるでしょ?」
「あ、いいわよ、あやめちゃん。ここ、雑誌にも紹介されてるから。だけど、お部屋の中は止めといてね、涼子ちゃん」
紗都子さんの明るい声に、涼子ちゃんが楽しそうに返事をした。
「了解ーっ。このお庭紹介だけでも、週刊誌の売上UP間違いなしだわっ」
ぐるっと庭を囲む、縁側を歩きながら、写真を撮りまくる涼子ちゃん。私は人知れず溜息をついた。
「お前、本当に欲まみれだな、川崎……」
「俺も激しく同意するぞ、晴海……」
晴海くんと近藤くんが、珍しく頷き合っていた。
――紗都子さんが、『私の家に是非来て!』と言っていた事が、今日実現した。
『あのね、中庭の”紗都子”が満開になったの! 今すごく綺麗だから、是非見て欲しいの!』
……『紗都子』。お父様が私……いえ、紗都子さんが生まれた年に品種改良に成功した、大輪の赤い薔薇。
中間テストが終わった当日。時間もあったし、どうしても見たくて、紗都子さんのお誘いに乗ったら……なぜか。
(涼子ちゃんと晴海くんがついて来たのよねえ……)
まあ、涼子ちゃんは前々から『紗都子さんのお宅訪問』をしたかった、って言っていたから判るけれど……。
(晴海くんは……?)
さりげなく、『俺もいいかな?』と紗都子さんに交渉し、学校から一緒について来た。人数が増えたせいか、近藤くんは不機嫌なままだ。
艶のある板張りの縁側から見る薔薇園は、濃い緑と赤のコントラストが美しく、まるで美術館に飾られた絵画のようだった。
日本家屋の大邸宅は、覚えていた通り……歴史を感じさせる風合いを醸し出していた。
(ここの縁側に座って、よくお茶を飲んでいたわねえ……)
『僕のお姫様、今日のご機嫌はいかがかな?』
……そう言って、お兄様がこっそり美味しいお菓子を持ってきてくれたっけ。私は懐かしさに胸が少し、痛くなった。
「……おや、紗都子のお友達かな?」
優しい声。ぱっと振り返ると……そこには。
「お兄ちゃん!」
紗都子さんが、紺色の気流し姿の男性に飛び付いた。きゃあっと涼子ちゃんが、嬉しそうな悲鳴を上げる。
「直斗さん!?」
近藤くんが驚いた様な声を出した。お兄……直斗さんは、くすり、と笑った。
「今日は取引先が都合が悪くなってね……接待ゴルフは中止になったんだ。だから家でのんびり過ごしてるってわけだよ」
相変わらず、直斗さんはカッコ良かった。細面の顔に真っ直ぐな長髪がよく似合っていた。大正時代の書生さん風だ。
(前は……お身体が弱かったけれど……)
紗都子さんとのやり取りを見る限りでは、お元気そうだ。さっきゴルフもされるっておっしゃってたし。
ふっと直斗さんが私を見て、にっこりと笑った。私は頬を赤らめながら、ぺこりとお辞儀をした。
「黒木 直斗です……斎藤 あやめさん、だね? 紗都子と仲良くしてくれて、ありがとう。いつも君の話ばかりしてるんだよ、妹は」
「斎藤 あやめです。こちらこそ、紗都子さんにはいつも良くして頂いています」
涼子ちゃんも、こんにちは!、と元気よく挨拶した。
「川崎 涼子です。よろしくお願いします!」
「……晴海 明です。お邪魔しています」
頭を下げる私たちに、紗都子さんが笑った。
「みんな、固~い。お兄ちゃんだから、もっとお気楽でいいのに」
「お前な……」
近藤くんが溜息をつく。ドンマイ、と晴海くんが近藤くんの肩を叩いていた。
(なんだか、地味にお二人、仲良くなってません???)
そんな設定、あったかしら。私が首を捻っていると、直斗さんが微笑みながら言った。
「ちょうど良かった。美味しいお菓子があるから、お茶にしようか」
「わあーい、お兄ちゃん大好き!」
……いつか聞いたセリフ。いつか見た光景。私は黙ったまま、直斗さんに飛び付く紗都子さんを見ていた。
「……おい、斎藤? 大丈夫か、ぼーっとして」
我に返ると、晴海くんが心配そうに私を見下ろしていた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて」
私は晴海くんに微笑んだ。晴海くんは少し眉を顰めた。
「足大丈夫なのか? ……今日松葉杖使ってないだろう」
「え」
私が目を丸くすると、晴海くんが溜息交じりに言った。
「その、足引きずってる状態のお前じゃ、あいつが暴走した時止められないだろうと思ってな……」
晴海くんは、くいっと握った右手の親指で、背中越しにまだ興奮している涼子ちゃんを指した。
「あの……」
じゃあ、私を気遣って? 晴海くんって、気がきくんだ……私は思わずぺこっと頭を下げた。
「ありがとう、晴海くん。……正直言うと、助かったわ」
「……だろうな」
ふっと笑った晴海くんの笑顔が眩しかった。こんな感じだったわよね、晴海くんは。
(紗都子には……こんな笑顔、見せてはくれなかったけど)
いつも、『あやめさん』を気遣っていた。確か……最後の時も、彼はあやめさんの傍にいた……。
ぐいっといきなり右腕を取られた私は、目を丸くした。
「何辛気臭い顔してるのよ、あやめっ! 直斗さんが買ってくれたお菓子でお茶するって。ほら、行くわよっ!」
「りょ、涼子ちゃん」
ずるずると、長い廊下を引きずられる様に連行される私を見て、晴海くんが溜息をついた。
***
畳の広間の中央、大きな一枚板のテーブルの上には、色とりどりのドーナツの乗った大皿が置いてあった。
「うわーっ、Lina*Linaのふんわりドーナツ! さっすがお兄ちゃん、判ってるじゃない!」
にこにこの笑顔で叫ぶ紗都子さんに、直斗さんが苦笑した。
「あれだけ毎日毎日美味しそう、食べたいって聞かされたら、嫌でも判るよ。夢にまで出て来てうなされたぐらいだから」
「ゆ、夢って……紗都子さん」
一体どれだけ連呼したのかしら。紗都子さんをちらと見ると、ウィンクしてVサインを返された。
「さあ、みんなどうぞ、座って? すぐに紅茶入れるから」
私達は、それぞれテーブルの前に座った。直斗さんが控えていたお手伝いさんに合図をする。お手伝いさんがお辞儀をし、ふすまを開けて出て行ったかと思うと、すぐにお盆を持って戻ってきた。
「皆さま、どうぞ」
ふわりと香る紅茶の匂い。ダージリン。そう言えば、いつもこの紅茶だったっけ。私は「いただきます」と頭を下げ、前に置かれたウェッジウッドのティーカップを手に取った。
「美味しい……」
思わず呟いた私に、向かい側に座った直斗さんがふふっと笑った。切れ長の瞳が優しい色に染まった。
「あやめさん、とても品がいい飲み方をするんだね。紗都子が言っていた通りだ」
「えっ?」
私は頬がほんのり赤くなるのを感じた。絶対紅茶の熱じゃないと思う。気が動転してカップを置いた時、カチャンと音を立ててしまった。
「お兄ちゃん、あやめちゃんは真面目なんだから、からかっちゃだめだよ」
めっと直斗さんの隣に座った紗都子さんが、直斗さんにダメ出しをした。ごめんね、と直斗さんに謝られた私は、「いいえっ」と慌てて手を振った。
「この、ホワイトチョコのドーナツ、すっごく美味しいですぅ」
涼子ちゃんのうっとりした声が、私を助けてくれた。私も、抹茶のドーナツを一つ貰う事にした。
(心臓が、どきどきしてる……)
お兄様って……すごくかっこ良かったんだ、と今更ながら気がついた。前世ではもちろん兄だから、そんな風に見てなかったけれど。
優しくて、気が利いて、イケメンって……ほぼ完璧じゃないのだろうか。さすが、隠れキャラ。ものすごい破壊力ですわ。
少しぽうっとなっていた私を置いて、隣の涼子ちゃんは「ねえ、直斗さんの好きな女性のタイプって何ですか!?」と雑誌記者並みの取材を行っていた。
さすが、涼子ちゃん。容赦ないのですね……。
涼子ちゃんの向こう隣に座った晴海くんが、「いい加減にしておけよ、川崎」とたしなめてくれていた。紗都子さんの隣の近藤くんも、やや呆れた顔だ。
「はは……楽しいお友達だね、紗都子。いいよ、僕で答えられる事なら答えるよ」
「ありがとうございます! 黒木家のプリンス、直斗さんの特集を組めば、話題になる事間違いなしですっ!」
「お前っ、直斗さんを晒しものにする気か!?」
睨みつける近藤くんを、ふふっと涼子ちゃんの微笑みが襲った。
「とんでもない。紗都子さんのお兄様よ? 学園の女子だったら、少しでもお目にかかりたいと思ってるんだから。皆の笑顔のためよ、協力しなさい、近藤くん!」
びしっと人差し指を突き付けられた近藤くんは、うっと仰け反っていた。
(さすが涼子ちゃん……ジャーナリズム魂が半端ないのですね……)
そんな涼子ちゃんに笑顔で答える直斗さん。私の口元は思わずほころんでいた。紗都子さんも、にこにこ笑いながら、イチゴ味のドーナツにかぶりついていた。
ふっと顔を上げて、ガラスの引き戸から見える、中庭の方を見た。深みのある赤い薔薇が、風に揺られていた。大好きで、いつも見ていた懐かしい風景。
――あの日、紗都子から奪われてしまった、風景。
(……これを)
今世の紗都子さんから奪ってはいけない。幸せそうに笑う紗都子さんから。微笑む直斗さんも、紗都子さんを見つめる近藤くんも。今度こそ、守ってみせる。
(……絶対、BADエンドには、させません……っ……)
人知れず、ぎゅっと唇を噛んでいた私を……じっと見ていた晴海くんの視線に、私は気が付かなかった。
***
本日のあやめメモ:
・黒木 直斗(=本人?)
前世では病弱だったが、今世では健康そう。優しい笑顔もそのまま。
さすが隠れキャラ?
<高校1年生。中間テスト後 発生済みイベント>
・紗都子さんの家を訪問
クリア
一回目で直斗さんに会った。確か、前は誰かのルートに入ってないと会えなかったはず?
<発生予定イベント>
・次は、原くんに会う? それとも生徒会の体育会の打ち合わせが先?