あるキャラの独白 その3
――俺が見た彼女の後ろ姿は……最後までピン、と背筋を伸ばしたままだった。
***
「これで……終わったな」
野上が俺の肩を叩いた。俺は、罵声を浴びせられながらも、全く表情を崩さず学園を去っていく、彼女の後ろ姿を見ていた。
「……野上」
俺は野上を振り返った。うっすらと微笑む野上の顔は……奇妙な満足感に溢れていた。
「……黒木の家が没落したのは……お前が関係してるのか」
くすり、と野上が笑う。……ああ、こいつがやったな、と俺は思った。
「僕はただ、黒木さんの父親がやったことを、父に告げただけだよ? ……かなり、危ない橋を渡っていたからね」
「……」
「これも……全て、あの『お姫様』のため、だったんだから。 ……まさに『悪の華』にふさわしい女だった訳だね」
「……そうか……?」
野上が俺を胡乱げに見た。
「あの『お姫様』がやった事……お前だって許せないだろう、長谷。生徒会長として、この学園内の騒ぎを鎮めようと、力を尽くしてきたお前なら」
「……」
俺は、今までの事を思い返していた。確かに……黒木 紗都子は、斎藤 あやめを陥れようと、いろいろ策略を巡らせていた事は事実だ。
(だが……)
腑に落ちない点、も多々あった。黒木だけでは……実行できない様な事が。体育館倉庫に斎藤が近藤と閉じ込められた事件も……黒木、がやったにしては……いろいろと不自然な点があった。
「あやめ、良かったね。これで安心して学園生活送れるよ」
「うん……ありがとう、涼子ちゃん」
斎藤が川崎に肩を抱かれて、頷いた。その後ろに、晴海や原の姿もあった。
「……でも」
田宮が遠慮がちに呟く。
「紗都子さん……僕の絵の事、好きだって言ってくれたんだ。あの子だって……ああしたくて、した訳じゃないと思う」
ふん、と野上が田宮を見た。田宮の肩がびくっと震えた。
「だからお前は、いつまでたっても大物になれないんじゃないか、田宮? 切り捨てるってことも必要だよ?」
「やめろ、野上」
俺は田宮の前に立った。
「今、そんな事を言ってる場合じゃないだろう。とにかく、この騒ぎを治めるのが先だ」
「……判ったよ」
野上は騒いでいる生徒の方へと歩いて行き、教室に戻るよう指示を出した。俺は、振り返って田宮を見た。ハーフで女とも見間違えそうな田宮の顔は……青ざめていた。
「田宮、野上の事は気にするな。あいつが何かしたら、俺に言え。止めてやるから」
田宮はほっと溜息をついた。
「うん……ありがとう、長谷くん。僕、ちょっと野上君が怖くて」
情けないよね、と田宮は自嘲気味に笑った。俺は首を横に振った。
「お前は絵を描くから、鋭い洞察力があるだろう。……だから、野上の怖さも気付くんだと思うぞ」
外見は王子のように優しげだが……あいつの腹黒さはかなりのものだ。俺でも、あいつと対峙したら、無傷ではいられないだろうな。
「近藤くんも……いなくなったんだよね?」
「……ああ。あいつは……黒木家ゆかりの出自、だからな。先に……学園を追い出された」
俺は、これからの黒木や近藤の事を考えた。あいつらの行きつく先を。
(……暫く、様子を見てみるか……)
そう思いながら、俺は野上の元へと歩いて行った。
***
――黒木と近藤の行方が知れない、と判ったのは、三日後の事。家は差し押さえられ、頼る親戚も……いなかった。黒木の兄も行方不明、となっていた。
……腑に落ちない。何か、がひっかかる。俺は目を細めた。
綺麗過ぎるのだ。あまりにも。あいつらの痕跡が消えた……いや、消されたやり方が。
(まるで……誰かが……)
――そう。誰かが全てを企んだかのような。俺たちは、そいつの敷いたレールの上を走らされていただけじゃないのか。
(黒木を……この学園から追い出して……家を潰して……)
そこまで考えた俺の背筋が……ぞくり、と寒くなった。
……まさか。
(最初から……黒木を孤立させる事が、目的、か……?)
……今なら、学園の誰も、黒木の行方など気にしない。親戚も、破産した黒木家から手を引いた、という。
俺は……誰かが張った悪意の蜘蛛の巣の中に、堕ちていく黒木の姿、が見えた気がした。待ち構えていた毒蜘蛛は……哀れで美味そうなエサに喰らいついているんじゃないのか!?
――俺が覚えている、最後の黒木の瞳。俺を見て……一瞬揺れたが……すぐに感情が見えなくなった。
俺は。もしかして。
……助けを求めていた手を……掴む事が、できなかったのか。
そんな想いが……その後、ずっと俺を支配していた。
***
……だから、金の光に『誰になりたい?』と聞かれた時……こう答えた。
『真実を知りたい。それが判る立場になりたい』、と。
光は笑って……『いいよ』と答えた。
……今度こそ。真実を。
――俺は、転生の光に包まれながら、そう、願った。