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紗都子さんがお家に来てくれました

「あやめちゃん!」

 突然、お店に現れたのは……赤い薔薇の花束を持った紗都子さんだった。

「紗都子さん?」

 レジに座っていた私は立ち上がろうとしたが、紗都子さんが手を振って止めた。

「いいの、怪我してるんだから! お見舞いに来ただけなの」

 とことこと近づいて来る紗都子さんの後ろに、近藤くんもいた。


 ――あの後、残ってる授業が体育だった事もあって、春木先生は家の方に送ってくれた。私はいつものように、店番をしていた。椅子に座ればレジだって打てるし。

 紗都子さんは私が家に戻った事を聞いて、わざわざ来てくれたのね……。

 

「これ……うちの庭に咲いてる、特別な品種の薔薇なの。家に帰って切って来たんだけど……」

 紗都子さんが私に薔薇の花束を手渡す。ふうわりと薫る薔薇の香り。

「あり……が、とう……」

 ――言葉が詰まった。この薔薇の名は――『紗都子』。

『お前が産まれた時に、できた品種だ。だから、お前の名を付けたんだよ』

 そう、お父様が言っていた。だから、この薔薇が大好きだった。いつも部屋に飾っていた。



 ――学園を追い出され……家を追い出される、まで。



「まあ、綺麗な薔薇ねえ!」

 私は少し目元を拭いて、調理場から姿を見せたお母さんを見た。

「……黒木 紗都子さん。同じ学年のお友達なの。怪我のお見舞いにって……」

 お母さんはにっこりと笑って、紗都子さんに言った。

「わざわざ、ありがとう。あやめのこと、よろしく頼みますね?」

 ちょっとぽっちゃりして小柄なお母さんを、紗都子さんはまじまじと見ていた。

「……はい……」

 紗都子さんの目も少し潤んでいた。多分……前世(まえ)の事を思い出しているのだろう。

「じゃあ、ごゆっくりね」

 お母さんはまた、調理場へと引っ込んだ。今度はサラダの補充かしら?

「あ、そうだ紗都子さん。ちょうどコロッケ、揚げたてなの。良かったら食べていって?」

「うわーいいの? さっきからいい匂いがしてて、お腹空いてたの~」

 私はゆっくりと立ち上がって、花束を椅子に置き、お母さんが奥から持ってきたトレイに並べられていたコロッケを一つ取り、紙にくるんで紗都子さんに渡した。

「おい、紗都子! 立ち食いなんて……」

 慌てて止めようとする近藤くんに、私はにっこりと笑って言った。

「ほら、近藤くんもどうぞ? 二つ味が違うから」

 近藤くんにも、揚げたてコロッケを差しだすと、うっと顔を引きつらせたけれど……「あつーっ」と言いながらぱくついている紗都子さんを見て、(多分)しぶしぶ受け取った。

「熱っ……でも、美味しい! ジャガイモ、ほくほく~!!」

「でしょう~? うちの人気商品よ」

 さくり、と揚げたての衣が砕ける音がする。

「……美味い」

「紗都子さんのがノーマルタイプで、近藤くんのがカレー味なの」

「えーっ、彰ちゃん、ちょっと頂戴? 私のもあげるから」

 ほら、と食べかけのコロッケを差しだされた近藤くんの顔は、見物だった。

「さっ、紗都子っ……」

「あーもう、もらっちゃうよ?」

 ひょい、と近藤くんのコロッケを持つ手を右手で持ったかと思うと、首を伸ばしてぱくり、とカレー味のコロッケを頬張る紗都子さん。

「カレー味もおいしーっ! 買って帰っちゃおうかな。お兄ちゃんにも食べてもらいたいわ」

 もしもし、紗都子さん? 近藤くん、真っ赤な顔して完全に固まってますが。

「えーっと……近藤くんは、どうします? お持ち帰り?」

 私の問い掛けに、はっとしたように我に返った近藤くんは、ぶんぶんと首を横に振った。

「彰ちゃん、いらないの? きっとおば様も喜ぶのに」

 紗都子さんが残念そうに言う。まだ近藤くんは口がきけてない。

「じゃあ、紗都子さん、いくつ?」

「えーっと……普通のとカレーのと、4つずつ!」

「はい、わかりました」

 お持ち帰り用の容器に、揚げたてコロッケをトングで詰めていく。近藤くんが、白いかっぽう着に三角巾を頭に巻いた私の姿をまじまじと見る視線を感じていた。

「……お前、いつもこうやって家の手伝いしてるのか?」

 あら? ちょっと近藤くんが復活したかしら。

「ええ。……小さい妹と弟がいるし、両親ともに忙しいから」

「それなのに、あの成績なんて、あやめちゃん、すごいよ! ……むぐむぐ」

 食べながらも心底感心した様な紗都子さんの表情に、私は思わず吹き出してしまった。

「ありがとう、紗都子さん。私は……自分にできる事をしてるだけよ?」


 ――そう。生まれ変わってわかったことがある。


 (紗都子)がすごく、傲慢だったって事。


 ……『あやめさん』が目障りだった。いつもへらへらと笑ってて、なのに成績もよくて、皆に好かれて。

 (紗都子)だって、一生懸命頑張っていた。お稽古事に勉強。黒木家に相応しい品格を身に付けるためにと、努力に努力を重ねていた。でも、みんなが見てるのは――『あやめさん』。

 その事実を、(紗都子)は受け入れる事ができなかったのだ、と思う。


 ……でも。(紗都子)


(生活のために、働く……って事は、なかったもの……)

 忙しい両親の代わりに、妹弟の朝ごはん作りから始まり、学校から帰ったらお店の手伝い、もちろん休みの日も。

 『あやめさん』の笑顔が……そんな彼女の『努力』の上に成り立ってるって事が、全然判っていなかった。みんなはそれを判っていただろうに。

(みんなに嫌われて、当然だったのですね……)


「ご馳走様でしたー! ああ、美味しかった!」

「……ご馳走様でした」

 紗都子さんにビニール袋とお釣りを渡しながら、私はそんな事を考えていた。

「また、来て下さいね、紗都子さん。コロッケだけじゃなく、季節のサラダも美味しいんですよ」

「本当? 絶対また来るね! ……そうだ、あやめちゃんも、一度うちに来てよ!」

「紗都子さん!?」

「紗都子!?」

 私と近藤くんがハモった。

「で、でも、紗都子さんのお宅って……」

 薔薇で有名な、大邸宅でしょう!? 雑誌とかで紹介される様な。

「誰でもいいから友達連れてこいって、お父様お母様がうるさくって。あやめちゃんの事話したら、ぜひ連れてきなさいって」

「……」

(あのお父様、お母様が!?)

 私は目を丸くした。礼儀作法に厳しくて……尊敬はしていたけれど、どちらかというと一線を引いた、やや距離感のある関係だった親子。


 ――そうですわね……


 私はふふっと笑った。目の前にいる『紗都子さん』なら、私とは違って、きっとお父様、お母様にも本音をぶつけているのだろう。そして、きっとお父様、お母様も、私の時とは違っているのだろう。


(少しずつ……変わってきているのですね……)

 その事に、私は……不思議と解放感のような、爽やかな風を感じていた。これからどうなるのか、はわからないけれど……私は(あやめ)として生きていくだけ。


 私は、紗都子さんに笑いながら言った。

「……喜んで、行かせていただくわ、紗都子さん」


 きゃああーと喜ぶ紗都子さんに、しかめっ面の近藤くんの組み合わせが面白くて、私はまた吹き出してしまった。


***


 本日のあやめメモ:


・近藤くんが紗都子さんを好きなのは、どうやら確定。

 もう少しプッシュしてみる?


 <高校1年生。入学直後 発生済みイベント>

・紗都子さん+近藤くんと学外で会う

 クリア ただし変更有(前世では、偶然出会った気がする)


 <発生予定イベント>

・生徒会から声を掛けられる?

・紗都子さん家に訪問? お兄様に会う?


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