近藤くんに、出会いました
「あふ……」
――あら、登校途中ではしたない。私は口元に右手を当てた。通学は徒歩。駅から15分ぐらい歩く。
昨日イベント一覧や登場人物一覧をまとめていたから……少し寝不足ですわね……。
(『あなたと二人で』の攻略キャラは……)
生徒会長の長谷先輩、副会長の野上先輩、美術部部長の田宮先輩、同学年の晴海くん、近藤くん、原くん、あと校務医の春木先生に……隠れキャラの黒木 直斗さん(紗都子さんのお兄様)だったと思うのだけれど……。
(……何かが思い出せませんわ)
学園を追われた紗都子がどうなったのか、まるで思い出せない。気がついたら、神様のところにいた。
(まだ、誰かいたような気がするけれど……)
……多分、嫌な思いをしたので、思い出せなくなっているのだろう。と、私は納得する事にした。
(まだ、出会っていない方とはいつ出会うのかしら……イベント通り? それとも……)
校門を通った私は、「おはようー」との同級生の声に、考えるのをストップして、挨拶を交わした。
***
……そう思ってはいたけれど……
「おい、聞いてるのか、斎藤」
(こんなすぐに、出会うとは思っていませんでしたわ……)
私の目の前にいるのは……くせのない黒髪が特徴的な、男子生徒。眼光鋭く、私を睨みつけている。
人気のない渡り廊下横に呼び出すとは、なかなかやるわね……と感心していたら、いらいらしたような声が飛んだ。
「さっきから、何心あらずな態度してるんだ。やっぱりそういう奴なのか?」
「『やっぱりそういう奴』がどんな奴なのかは、存じ上げませんけれど……」
私は、『近藤くん』を見上げた。
「何がおっしゃりたいのかしら? 紗都子さんに近づくな、とでも?」
彼の頬がやや引きつった気がした。
「……わかってるなら、話が早い。紗都子さんは、お前みたいな育ちの人間が近づいていい人じゃない」
……そんなこともなかったと思うけど。と言いますか……
(彰浩さん、こんな事を影で言ってたのかしら……)
ものすごく、恥ずかしいのですが。そんな大層な生まれ育ちでもなかったのに。
「……紗都子さんとは、同学年のお友達、それだけですわ」
ふん、と彰浩さんが鼻を鳴らした。
「もう噂になってるくせにか? 『紗都子姫が外部生トップの子と仲良しになった』と」
「仲良しになりたいとは、思っていますけれど……」
「だから、恐れ多いといってるだろうが! 紗都子さんは、元華族の、世が世なら本物の姫君だぞ!? 一般庶民のお前とは違うだろうが!」
「……紗都子さんは、何ておっしゃっておられますの?」
ぐっ……と彰浩さんが言葉に詰まった。
「紗都子さんが仲良くして下さるなら……私に異論はございませんわ」
「斎藤!」
……私はしみじみと彰浩さんを見上げた。こんなに……影で守ろうとしてくれていたなんて……
(単なる幼馴染としてしか、思っていなかったのに……悪い事をしましたわね……)
ふふっと私は微笑んだ。
「……彰……いえ、近藤くんは、紗都子さんが大切ですのね?」
「なっ!!」
あら。真っ赤。
「なっ、なにを言ってる、お前はっ!!」
心なしか、うろたえてるような気がしますが……。
「お、俺の家は、代々黒木家に仕える家臣筋だぞ!? そんな、事っ……!!」
「今のこの世の中で、家臣も主もへったくれもないですわよ?」
私は冷静に指摘した。
「お好きなら、好きだと言えばよろしいでしょう。そうでなければ……」
きっと、あなたの想いに気がつかないままになる。……かつての私がそうだったように。
「なっ、何も知らないくせに、生意気言うなっ!」
いえ、知ってるからこその、助言なんですけれど。
「まあ、告白するかどうかは、ご本人次第ですから」
「だから、そういうことではないと、言ってるだろーがっ!!」
「……お話がそれだけでしたら、失礼致しますわね。次の授業の準備がありますので」
ぺこり、とお辞儀をして、私は『近藤くん』から離れた。背中にびしばし視線は感じますが、するっと無視、いたしました。
***
「ねえ、あやめちゃん? 彰ちゃんが迷惑かけたって……ごめんなさい」
「紗都子さん?」
会うなりいきなり頭をさげられて、私はびっくりした。周りの視線が身体に突き刺さるようです……。
「お話しただけで……別に迷惑など……」
紗都子さんは顔を上げた。
「その……彰浩、近藤くん……私の事、守らなきゃって思い込んでるの。だから、私が声をかけた相手にすぐ……」
「……紗都子さんの事、大切にしたいのだと思いますよ?」
あら? 紗都子さんも真っ赤に。これは前にはなかった傾向ですわね……。
「とにかく、私は気にしていませんから。紗都子さんもお気になさらず」
「……ありがとう、あやめちゃん」
にっこりと紗都子さんが笑った。うわ。破壊力のある笑顔ですわね……。
(これでは、近藤くんがああだこうだ言っても……責められませんね……)
前世の私、はここまで素直に感情を表に出せなかった。だから、『氷の姫君』なんて嬉しくないあだ名をつけられる羽目に。
――でも、今世の『紗都子さん』は、違う。
悪いと思ったら、素直に頭を下げる。感情を表に出す。……それだけで、人形みたいなイメージが崩れて、『愛らしい極上美少女』になっていた。
(『腐っても鯛』……『悪役でもヒロイン』って感じなのかしら……?)
近藤くんも気が気じゃないでしょうね。『紗都子さん』は誰にでも、フレンドリーな態度だし。守らなきゃって必死なのですね。
「あ! 彰ちゃんが何と言おうと、私、あやめちゃんとは友達でいたいから!」
「ふふ……私も、ですわ。偶然ですわね?」
私と紗都子さんは目を合わせ……お互いに共犯者の笑みを浮かべた。
***
本日のあやめメモ:
・近藤 彰浩くん(=本人?)
前世と性格は同じよう。紗都子さんが好きなのに、告白できていない様子。紗都子さんもまんざらではなかったので、ひょっとするとひょっとしたりする?
<高校1年生。入学直後 発生済みイベント>
・あやめ、近藤くんに話しかけられる ALLクリア
<発生予定イベント>
・来週ぐらいに生徒会から声を掛けられる?
・今日、今の校務医の先生が、退職されると発表があった。春木先生の登場?