妹と過ごすクリスマス
クリスマスイブの、時刻は五時過ぎ。
彼女、なんて言葉とは無縁な俺は、クリスマスだからと言って特別なにかあるわけでもない。今日もいつも通り一つ下の妹の柚華と共に部屋にこもってだらだらと過ごしていた。
読み終わったマンガを閉じ、左脇に置いて欠伸を噛み殺していると、右隣で同じようにマンガを読んでいた妹が突然俺の腕にむぎゅりと抱きついてくる。
中学一年生にしては大きめの柔らかい二つの膨らみがむにゅりと腕に押し当てられて、少々動揺してしまう。
柚華に視線を向けると、なにか言いたげにじーっと俺を見つめていた。
軽くウエーブした茶色い髪はツインテールにされている。
ぱっちりとした目に、つぶらな瞳。少しだけ低い鼻に、薄桃色のぷっくりとした唇。それらが小さな顔に絶妙なバランスで収まっている。
胸はでかいが、中一にしてはかなり小柄な方だろう。身体測定の結果を見て、落ち込みながら「140センチ……。でもあと少し……」とか呟いていたから多分、140センチもないのだろう。
そんな柚華は血を分けた兄妹とは思えないぐらいに美少女だ。
妹は、尚もじーっと俺を見つめるが、口を開く様子がない。
「柚華、なにか言いたいことがあるなら聞くぞ」
柚華は大きな目をぱちくりさせながら、むぎゅっと腕に力を込めてくる。
「今日ってクリスマスイブ……でしょ?」
おずおずとそんなことを言われるが、俺は内心首を傾げた。なんで今更そんなことを言うんだろうか。
柚華の顔を見つめながら少し考えて、一つ思い浮かんだ。
「もしかして、なんかプレゼントが欲しかったのか?」
柚華は気まずそうな顔でこくんと小さく頷いた。
特に要求されなかったから何も用意してないが……やっぱり用意しとくべきだったかな。
「悪い、なんか用意しとけばよかったな……」
柚華はぶんぶんと勢いよく首を振る。それに合わせてツインテールが大きく左右に揺れた。
「なにかほしいものがあるわけじゃなくて、プレゼントの交換がしたいの。だ、だから……今から買いに行かない?」
買いに行くのは明日でもいい気がするが、多分早くプレゼント交換をしたいのだろう。そわそわした様子で俺を見上げる柚華の頭をぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
「んじゃ、買いに行くか」
柚華はぱぁっと表情を明るくすると、大きく頷く。
「うんっ!」
それから俺達はそそくさと着替えて、両親に買い物に行く旨を伝えて家を出た。
「寒いな……」
思わずそう呟いて、コートのポケットに両手を突っ込みながらぶるりと身体を震わせる。ちらりと柚華を見ると、真っ白いロングコートに身を包んだ柚華はキョロキョロと辺りを見回していた。
「お兄ちゃんは左に行ってね。私は右に行くから」
まぁプレゼントを買いに行くわけだから別々な方がいいだろう。とはいえ……。
俺はじーっと柚華を見つめる。
まだ五時半になったばかりだし、遅い時間というわけではない。しかし既に辺りは真っ暗だ。こんな暗い中、中一の妹を一人にするというのはやっぱり気が引ける。
「なぁ柚華。今更だし柚華の気持ちは分かるんだが、やっぱり明日にしないか? もう暗いし」
柚華は慌てた様子でもぞもぞとポケットから何かを取り出す。
「だいじょうぶ! 防犯ブザー持ってきたから!」
柚華は手を目一杯伸ばしながら「ほらほら!」と防犯ブザーを俺に見せる。子供っぽい妹の姿が面白かったのでそのままじーっと見つめていると、柚華は泣きそうな顔になりながらその場でぴょんぴょんと跳びはねる。
「ほら! 防犯ブザー!」
俺は跳びはねる妹の頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃと撫でる。
「わかったわかった。なにかあったら直ぐにそれ鳴らして逃げるんだぞ」
「うん!」
「スマホは持ったか? なにかあったら直ぐに連絡しろよ?」
「わかった!」
元気よく返事をした柚華は落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。早く買いに行きたいのだろう。
「じゃあ行くか。なるべく早くすませて帰ろうな」
「うん!」
再び元気よく返事をした柚華は右方向に歩いて行く。相変わらず子供っぽいな、と思いながら柚華の背中を見送っていると、なぜか直ぐに戻ってきた。
「どうした?」
「言い忘れてたけど、予算は千円以内ね? 物がほしいわけじゃないから。三百円ぐらいのお菓子とかで十分だから」
「わかったよ」
俺の返事を聞いて満足そうな顔になると、柚華はまた右方向に歩いて行く。しばらくその背中を見送って、それから俺も逆方向に歩き出した。
とりあえず近所のコンビニに向かった。柚華の好きなお菓子でも買ってさっさと帰ろう。あまり遅くなると両親も心配するし、俺も柚華が心配だし。
そんなことを考えながらコンビニのお菓子コーナーに行くと、そこには柚華がいた。
「……」
「……」
気まずい雰囲気がその場に流れる。
「……俺、別の店で買い物してくるから」
「……うん」
俺はそそくさとコンビニを出た。
さてと、これからどうするかな……。お菓子にするつもりだったが、さっきので柚華にそれがばれちゃっただろうから、何か別な物にしたいな。
しかし何も思いつかない。プレゼントを選びに今から街に行くのは無理だし、この辺りにプレゼントを選べるような店は──
「あ」
近所に雑貨屋が合ったことを思いだし、つい声を漏らす。普段行かないからすっかり忘れていた。
とりあえず行ってみようと思い、俺は雑貨屋に向かった。
しばらく歩き、雑貨屋に到着。中に入り、ぐるぐると見て回る。
色々見てみてもどれにすればいいのかわからず、やっぱりコンビニでお菓子を買って帰るかな……と思い始めた辺りで俺の目にマフラーが飛び込んでくる。
これだったら柚華も喜ぶ……か?
種類はいろいろあるが、無難な白いマフラーを手にとって値札を確認すると『1200円』と書いてある。オーバーしているが、まぁ言わなきゃばれないだろう。
それを持ってレジに向かい、包装を頼む。それから赤い紙にトナカイとサンタクロースがプリントされた包装紙に包まれた商品を受け取り、店を出て、俺は柚華に電話を掛ける。
『もしもし?』
「柚華、今どこにいるんだ?」
『私はもうおうちに帰ったよ』
コンビニでなにか買って、そのまま直ぐに帰ったのだろう。
『早くおうちに帰ってた方がいいと思ったんだけど……待ってたほうがよかった?』
「いや、早く帰るに越したことはないよ。俺も直ぐに帰るから」
『うん』
電話を切って、俺は小さく息を吐き出す。寒いし、早くうちに帰って暖まりたい。
◇
帰宅し、部屋に戻ると柚華はベッドの前で腰掛けていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
プレゼントはとりあえず机の上に置いて、コートを脱いでハンガーに掛け、クローゼットの中にしまう。それからプレゼントを持って柚華の目の前に腰掛ける。
「お兄ちゃん、両手出して」
なんだと思いつつプレゼントを脇に置いて両手を柚華の方に差し出すと、柚華は指を絡ませて両手を恋人繋ぎのようにしてくる。
俺は女性の綺麗な手が好きだ。柚華の手は俺好みで、どうしようもなく最高の手だ。そんな手でこんなことをされたら動揺しないでいられるわけがない。絡みつく指の細さが、長さが。ちっちゃな手のひらの柔らかさが。全てが堪らなく良かった。
うるさいぐらいに心臓がバクバク言っている。少々興奮しながら柚華を見ると、にこりと微笑んだ。
「柚華の手、温かいな」
ごまかすようにそう言うと、柚華は嬉しそうに「えへへっ」と笑う。
「お兄ちゃんのために温めておきました」
そんなことを言われて、心臓が跳ねた。動揺しながら無意識にぎゅっと両手に力を込めると、柚華も応えるようにぎゅっと力を込めてきた。
柚華は俺と手を繋いだまま嬉しそうに俺の膝に乗っかると、ぴったりと身体をくっつけてくる。柔らかい物がむにゅんむにゅんと胸に押し当てられて、また動揺してしまう。いやいや、妹相手に動揺してどうするんだ。柚華は妹、柚華は妹……。
「お兄ちゃん、身体冷たいね」
突然そんなことを言われて、俺はつい肩を跳ねさせる。
「さ、さっきまで外にいたからな」
声が震えてしまうが、柚華は気にする様子もなく俺の肩にすりすりと頬ずりをする。
「私があっためてあげるっ」
無邪気にそう言って、更に身体を密着させてくる。バニラみたいな甘ったるい香りが鼻腔をくすぐり、胸には柔らかい二つの膨らみが押し当てられる。両手は未だに恋人繋ぎにされたままで、時々ぎゅっぎゅっと力が込められた。
どこもかしこも温かくて、柔らかくて、おまけに良い匂いがするしで頭がくらくらした。
「柚華、ありがとな。もう十分温まったから大丈夫だ。プレゼント交換しないか?」
恐る恐るそう言うと、柚華は残念そうな顔をしながらも手を離し、俺から身体も離した。それに安堵してしまう。
「お兄ちゃん、目、つぶってて?」
なんだと思いつつも言われた通り目を閉じる。
「いいって言うまで開けちゃだめだよ」
「わかったよ」
しばらくじっと目を閉じたまま待つ。がさごそと音がしたと思ったら、それから直ぐに「もういいよ」と言われた。目を開けると、柚華がにこりと微笑む。
「じゃあプレゼント交換しよっ」
俺は脇に置かれたプレゼントを柚華に差し出す。柚華はそれを受け取ってにこりとすると「ありがとうございます」と丁寧に言った。
それから柚華は身体をよじって背後に置かれたプレゼントを取って、俺に差し出す。
赤い紙にトナカイとサンタクロースがプリントされた包装紙を見て、俺は驚く。間違いなく雑貨屋の包装紙だろう。さすがに雑貨屋に行く時間はなかったはずだから、事前に準備をしていたのだろう。
申し訳ない気持ちになりながら柚華を見ると、柚華は苦笑を浮かべた。
「お兄ちゃんそんな顔しないの。これは私が勝手に用意した物だし、それに……これ、わざわざ雑貨屋さんまで行って買ってきてくれたんでしょ? ありがと」
プレゼントを指先で撫でながらにっこりと微笑む柚華に、俺は苦笑で返す。
「うーん。なんか予想してた反応と違うなぁ。もっと驚いてくれると思ったのに……」
「驚いてはいるぞ。ただ、それよりも申し訳ない気持ちが勝っただけで……」
柚華は呟くように「そっか」と言って、プレゼントと俺の顔で視線を往復させる。
「お兄ちゃん、開けてもいい?」
頷いて返すと、柚華は丁寧に包装紙を開けていく。中に入っている白いマフラーを取り出してじっと見つめると、どこか複雑な笑みを浮かべた。
「もしかして、いらなかった、か……?」
喜んでもらえなかったことに少々落ち込みながら尋ねると、柚華は勢いよく首を振る。
「違うの。嬉しいよ。すっっごく嬉しいんだけど……。お兄ちゃんもそれ、開けてみて。そうすればわかると思う」
言われた通り貰ったプレゼントを開けていく。中に入っていた物を見た瞬間、俺は間違いなく柚華と同じ顔をしていただろう。
中に入っていたのは、俺が柚華に上げた物と同じ種類の黒いマフラーだった。
「さすが兄妹……なのかな?」
そう言って困ったように笑う柚華を見たら、おかしくなってきて、俺は噴き出す。一瞬驚いた表情をした柚華も噴き出して、俺達は一緒に笑い声を上げた。
ひとしきり笑ってから、柚華はにじんだ涙を拭いながら俺を見る。
「ていうかお兄ちゃん、予算オーバーだよね。千円以内って言ったのに」
「柚華のだって予算オーバーだろ?」
「わ、私は、だから、その……事前に買ってたからいいのっ」
「ていうか、予算千円以内、とか決める必要なかったんじゃないのか?」
「出かける前にも言ったけど、物がほしいわけじゃなくて、プレゼント交換がしたいだけだから、だよ。それに、予算決めておかないとお兄ちゃん、高い物買ってきそうだし……」
そんなに金を持っているわけでもないから限度はあるが、そこそこ高い物を買うのに抵抗はないな。抵抗がないと言うだけで実際買うかは分からないが。
柚華に甘いという自覚はあるが、こういう部分でも甘くなるんだなぁと実感する。
「買うかどうかは分からんが、買うのに抵抗はないな。ていうか柚華のプレゼントも予算オーバーになるんだし、予算は二千円以内にすればよかったんじゃないか?」
「……言わなければばれないと思ったし。時間も時間だからお菓子を買ってくるものだと思ってたし」
柚華はそう言って小さくため息をつく。
「……本当は交換じゃなくて私だけ渡すつもりだったんだけど、なんでもいいからお兄ちゃんからももらいたかったの」
そう言ってしゅんと俯いてしまう柚華の頭を俺はぽんぽんと撫でる。
「そういえば、コンビニには何しに行ったんだ? プレゼント買いに行ったわけじゃないんだろ?」
プレゼントを買いに行く振りだけだったらコンビニまで行かずに直ぐに帰ってしまってもよかったわけだし。
「お菓子買いに行ったの。明日お兄ちゃんと一緒に食べようと思って」
明日も引きこもるのが決定した。まぁどこか行きたいところがあるわけじゃないし、柚華と一緒に家でだらだら過ごすのが一番好きだからそっちの方がいいんだが。
会話が途切れると、柚華は持っているマフラーをじーっと見つめて、それからマフラーを俺に差し出す。
「巻いて?」
そう言って小首を傾げる柚華からマフラーを受け取り、距離を詰めて柚華の首にマフラーを巻いていく。巻き終わると、柚華は嬉しそうに首に巻かれたマフラーを数回ぎゅっぎゅっと握った。
「私も巻いていい?」
頷いて、持っていたマフラーを柚華に渡す。にこにこしながら柚華は俺の首にマフラーを巻いていく。巻き終わると、満足そうに微笑んで「似合ってるよ」と言った。
「柚華も似合ってるぞ」
「えへへ、ありがと。お兄ちゃん、おそろいだねっ」
無邪気に、幸せそうに、そんなことを言われて心臓が跳ねた。
「そうだな」
頭を撫でると、柚華はにこっと満面の笑みを浮かべる。
「大事にするね」
「俺も大事に使う、よ」
『使う』を強調して言うと、柚華の肩がびくりと跳ねた。そして気まずそうにそっぽを向く。やっぱり大事にしまっておくつもりだったらしい。
「……そうだよね。普通使うよね……。汚れないかな?」
「そしたらまた買えばいいだろ?」
柚華は「うーん」と唸りながらマフラーを撫でる。
「汚れたりしたらまたプレゼントするから、使ってくれるか?」
ぱちくりと瞬きをしながら俺を見て、それから嬉しそうに飛びついてきた。俺の背中に手を回してむぎゅっと抱きついてくる柚華の腰に手を回して抱きしめ返すと、柚華は嬉しそうに俺の肩にすりすりと頬ずりをする。
「お兄ちゃん、ありがと。大好き」
耳元で囁くようにそんなことを言われて、心臓が跳ねる。妹相手に何動揺してるんだ、と思うがバクバク言っている心臓は収まってくれない。
匂いが、温もりが、柔らかさが──感じる全ての物がどうしようもなく心地好い。頭がくらくらするのを感じながら、俺はごまかすように柚華の頭を撫でた。
柚華は少し身体を離してじっと俺を見つめると、ふにゃりと無邪気に笑う。
「お兄ちゃん、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
満足そうに微笑んだ柚華はまた抱きついてくるので、俺は動揺しながらも抱きしめ返した。