霞色のシンデレラ
女の子なら誰でも、一度はシンデレラに憧れる。
貧しい暮らし、心細い家庭、意地悪な家族。
そんな中に現れた魔法使いのおかげで、きれいなドレスに身を包み、カボチャの馬車に乗ってお城に行く。
王子様に見初められてダンスを踊って、二人はやがて…。
「…なわけあるか」
誰もいない部室の中、私はぽそっとつぶやいた。
ここは我が校きっての超地味女の集い、文学部。
わずか部員三名で構成される、本オタク…いや、本好き女子の集まりだ。
私、本宮真輝は文学部部長。
よくいえば勤勉でおとなしい。悪くいえば存在感の薄いダサ子。
シンデレラは不運だ、なんていわれているけど、私にいわせれば十分幸運だ。
だって、もともとがすごく美しい人だったわけでしょ?
生まれた時からお姫様の素質を持ってたんだから、幸せになれるに決まってるじゃない。
でも私は違う。
どんなに頑張ったって、結局は地味で暗くて、いつも誰かの影にかすんでしまう。
シンデレラになんかなれっこない、絶対に。
「真輝先輩、仕上がりましたか?」
突然、声をかけられて我に返る。
顔をあげればそこには、文学部の後輩が一人。私はさっちゃんと呼んでいる。
貞子さながらの黒いぼさぼさのロングヘアが、顔の半分を覆いつくしていた。
「早くしないと、水谷先生に怒られちゃいますよ」
「あ、うん。そうだね…」
適当に返事をしながら、私は目の前に広げていた原稿用紙をまとめた。
それをカバンに入っていたファイルに差し込む。
さっちゃんは図書室から新しい本を借りてきたようだった。
古いボロボロの本で、生徒たちによっぽどひどい目に遭わされてきたかのように見える。
さっちゃんはその本を丁寧になでていた。
「文化祭、あと二週間ですもんね。私たちも気合入れないと」
「どうせすることないじゃん。みーんな私に押し付けてさ」
私が皮肉っぽくいうと、さっちゃんはぎくりと肩を震わせた。
私たち文学部は、文化祭で毎年、短い小説を展示することになっている。
いつもなら副部長で私の唯一の友達、沙希が引き受けるところだが、今年は違った。
今年は沙希の発案で、同じく少数の部活動、演劇部とコラボすることになった。
私たちが脚本をつくり、それを文化祭当日に、演劇部が演じる。
その脚本作りに、なぜか私が任命されてしまったのだ。
沙希曰く、「あんたもたまには部長らしいことしろよ」らしい。
正直いって私は、部長なんてガラじゃない。
三年生は私と沙希しかいなくて、じゃんけんで負けたから仕方なくなっただけ。
実質的な部長は沙希だと思う。
まさか高校最後の文化祭で、こんな大役を任されちゃうなんて。
私はため息をついた。
脚本作りを始めてから一ヶ月。未だに演劇部からのゴーサインが出ない。
演劇部の顧問の水谷先生からはそこそこいい評価をもらってるんだけど、部長の幸野聡ってやつが、なかなかの曲者で…。
あいつに初めて作品を見せた時の第一声を、私は一生忘れないだろう。
「暗っ」
あからさまに嫌そうな顔をし、眉根を寄せたあの表情。
思い出すだけでも顔面にグーパンチをお見舞いしたくなる。
「俺やだよ。こんな暗い劇、ぜってー出てやんねーから」
ええ、ええ。こっちだってあんたみたいなえらっそうなやつに出てもらいたくないですよ。
そう考えつつもいえない私は、やはり気が弱いのだろうか。
あれから何度も何度も書き直され、早いもので一ヶ月が経過。
もはや何もアイデアが出てこない。
元は倉庫だったという狭い部室の中、私は大きく息を吐いた。
「もう…。私こそ嫌だよ、こんなの」
独り言をつぶやいても、すでに本の世界に没頭しているさっちゃんからは返事がない。
虚しい…。
机に突っ伏していると、ドアががらがらと音をたてて開いた。
顔をのぞかせたのは、沙希だった。
「真輝ー。水谷から伝言。新しく脚本仕上がったら、直接幸野に渡せって」
「んー」
「…なに半死してんの」
私は重い頭をわずかに持ち上げた。
「だってさー、もう何回書いたと思う? 少なく見積もっても十本は書いた。それでもあの悪魔は気に入らないっていうんだから」
「まあ、幸野にとっちゃ、受験をかけた最後の公演だしね」
沙希はゆるくウェーブをかけた髪を、指で弄んだ。
「あいつ、俳優とかの専門学校行くらしいよ。だから今年は結構はりきってるんだって」
「だったら自分で書けっつーの」
「それができたら苦労しないって」
苦笑しかけた後、沙希は急に思い出した顔になった。
「あっ、そうだ。今ここに来る途中、幸野に会ったんだけどさ、あいつ真輝のこと探してたよ」
「私を? なんで」
「知るかよ。いってあげたら?」
ちっ、めんどうだな。
とはいえ、今度の劇に関することかもしれないし、ほっとくわけにもいかないか。
私はしぶしぶ立ち上がり、部室をあとにした。
さまざまな部活動の部屋が並ぶ中、演劇部は昔、音楽室だったという教室にあった。
幸野がいるのならそこだろうと、私は部活棟の二階へ向かった。
演劇部は少数のわりに実力が高く、文化祭でも毎年大好評だった。
その中でも人気があって注目されているのが、部長でありエースの幸野。
噂ではすでに、某芸能プロダクションからスカウトされているとか。
そっと部室の窓から中をのぞいてみると、衣装合わせの真っ最中だった。
劇の舞台は中世のヨーロッパとイメージしている。
幸野は主役の騎士で、銀色に輝く鎧を着ていた。
隣には学校で一、二を争う美人の女子生徒が、淡いピンク色のドレスを試着中。
可愛いなぁ。シンデレラみたい。
私はぼんやりと感じた。
きっとシンデレラも現実にいれば、ああいう子だったんだろう。
可愛い容姿を地味な服に押し込めて、何をされてもひたすら耐えて、それでも最後はいいとこ取り。
逆にお姉さんたちも気の毒だよね。
その時、騎士の剣を確認していた幸野が、こちらを見た。
一瞬、バチッと視線がかち合う。
どうすればいいか迷いつつ、私は頭を下げた。
幸野は鎧を着たまま外に出てきた。
「なんか用?」
「うちの長嶋沙希が、あんたが私を探してるって…」
「ああ、そういやそうだった」
忘れてたんかいっ。
頬をポリポリかきながらいう幸野に、心の中でツッコミを入れる。
「で、こっちこそ何の用?」
幸野は手を出した。
「新しい脚本、そろそろできたかなって」
「…まだ」
「まだ!?」
演劇をしているとあってか声がよく通る。
至近距離で大声を出され、私は思わず耳をおさえた。
幸野はそれにも気づかず、呆れたようにいった。
「うわ、マジかよ。それでもおまえ文学部?」
「悪かったわね。誰かさんがさっさとオーケー出してくれないから、余計にイラついて時間くってるのよ」
「それ俺のせいじゃなくて書けないおまえが悪いんだろ」
「ずぶの素人の私が、そう簡単にうまい脚本書けるわけないじゃん! こっちのことも考えてよ」
「俺たちはおまえらが最高の脚本を書くっていうから、コラボを決めたんだ。なのに逆ギレすんのかよ」
「いったのは私じゃなくて沙希でしょ? 文句ならあっちにいって」
中にいた部員たちの視線が、だんだんとこちらに集まってきた。
防音室とはいえ、何かが起こっていることはわかったらしい。
幸野が大きく舌打ちした。
「ちょっと来い」
「はあ? なによ急に」
「いいから」
幸野はいきなり私の手をつかんで、廊下を歩きだした。
階段を下りまた進み、来たのは文学部の部室。
すでにさっちゃんと沙希は帰っていた。
幸野は了解も得ないままに、人の部室に入っていった。
「で、どこにあんの?」
「…なにが」
「決まってんだろ。原稿だよ」
なんでいちいち偉そうなんだろう。
不満を覚えつつ、私はカバンからファイルを取り出した。
「ん」
幸野は無言でそれを受け取って、イスに座って読みだした。
けれども三分ほどで顔を上げた。
「やっぱ暗い。なんでこんなのしか書けねえの?」
正直すぎる感想に、少々むっとする。
「書いている本人が暗いものですから」
「んじゃ明るくなれ」
「簡単にいわないでくれる」
幸野はふーっと息を吐いた。
「小説としてはおもしれえよ。構成もちゃんとしてるし、文もきれいだし」
「そりゃどうも」
「でも劇にするにはインパクトとか、盛り上がりとか、大胆さが足りない。もっとダイナミックでいいと思うんだ」
ダイナミック?
私は首をかしげた。
「例えばさ、追手から逃げるために姫が剣を抜くとか。騎士の殺陣のシーンを増やしてもいいと思う。あとはラブシーンだな。こんな子供だましの恋愛じゃ、観客に伝わんねーよ」
子供だまし。イラつく単語がいちいち多い。
私は奥歯を噛みしめた。
「ど…どうすればいいの」
「んー…そうだな」
ドキドキしながらもアドバイスを待つ。
こんなやつに助けを求めるのも悔しいが、もうこれ以上は意地を張ってられない。
幸野はしばらく真剣な面持ちで考え込んでいた。
やがて何を思ったのか、急に立ち上がった。
「な、なに?」
私が戸惑っていると、幸野はこちらに近づいてきた。
座っていたイスを反射的に動かし、私は距離をとろうとした。
それでも幸野は向かってくる。
またイスを引こうとしたが、狭い部屋の中では無理だった。
立つこともできず、ただ幸野を見上げることしかできない。
幸野が身をかがめた。顔だけがどんどん迫ってくる。
こ、これって…。
思わずぎゅっと目をつむる。
すると真っ暗な視界の向こうから、幸野の声が聞こえた。
「うん、やっぱりこれぐらいだな」
「…は?」
パチッと目を開けると、すでに幸野は離れていた。
「あれぐらい近づきゃ、観客も惹きつけられるって。どうだ、ちょっとドキドキしたろ?」
「な…っ」
騙された。というより、バカにされてる。
体温が五度は上がったかのように感じた。
怒りと羞恥と悔しさで、全身が震える。
「ち、違う! あれはちょっとびっくりしただけで…」
「はいはい。わかりましたよ」
幸野は棒読みで返事をすると、ドアに手をかけた。
「それじゃ、新しいのできたら持って来いよ。一番に見るから」
いっそのこと一生持っていかないでやろうか。
そんな思いが脳裏をかすめた。
けれど私の中の何かが、それはいけないとストップをかけた。
心臓がまだうるさい。でもこれは決して、あいつにドキドキしたからなんかでは絶対にない。
ただ不意をつかれたから、それだけ。
左胸にそっと手を当てる。
シンデレラと王子様も、初めて会った時、これぐらいドキドキしたのかな。
お互いに一目惚れだもん。きっと、すごくドキドキしたんだろう。
手がうずき始めた。
私はすでにカバンに入れていたペンケースから、シャープペンを出した。
そして新しい原稿用紙を広げる。
今だったらなにかが書ける。あいつだって、思わず夢中になってしまうなにかを。
根拠もなくそう感じ、私はひたすらペンを動かした。
その一時間後、ついに脚本が完成した。
文化祭まであと一日。
校内のお祭りムードは最高潮に達していた。
私たち文学部は、私が書いた脚本の続編を、小説として展示することに決めた。
三人で意見を出し合い、私が原稿にまとめる。
こんなに書くことが楽しいと思ったのは、生まれて初めてだった。
何も考えなくてもペンが進む。
まるで目の前で、登場人物たちが動いているかのようだった。
明日には本番とあって、演劇部の練習もラストスパートを迎えていた。
私も一応、体育館のステージ脇で脚本係として観ていたが、どこも完璧に仕上がっていた。
特に幸野は、どこから見ても忠実な姫のナイトだった。
練習が終わると同時に、私は幸野に話しかけた。
「お疲れ。よかったと思うよ」
「だろ?」
ああ、否定はしないんだ。
得意げに笑う幸野に、呆れつつもつられて笑う。
「でも俺、あの脚本すげーいいと思う。やればできんじゃん!」
「だから偉そうなんだってば」
幸野はニッと歯をのぞかせた。
「そういえばさ、小説も展示するんだろ? 劇の続編ってことで」
「うん。さっき完成して、みんなで読んでた。今、顧問の鈴木先生が印刷してくれてる」
「ふーん。な、俺にも読ませてよ」
「だったら明日見に来てよ」
「絶対いく」
力強い返事に、なぜかホッとする。
頑張って書いてよかったな。
幸野が出し抜けに、不思議そうにいった。
「おまえさ、確か就職希望だったよな?」
「うん。うち、貧乏だし」
「俺はてっきり、おまえは小説家になりたいんだと思ってた」
思わぬ言葉に、表情が凍り付くのを感じた。
「…え…」
「あ、やっぱそうなんだ。じゃあ大学いって、もっと勉強すりゃいいのに。あんな面白いもんかけるんなら、絶対プロでも通用するのにさ」
無責任な発言に、私はついカッとなった。
「勝手なこといわないでよ! プロでも通用する? そんなことあるわけないじゃん。私程度の小説なら、この世で吐いても捨てきれないぐらいある。みんなみんな、どれだけ書いてもどれだけ賞に応募しても、それでもプロにはなれないんだよ。夢を叶えられるのは、ほんの一握りの選ばれた人間なの。私じゃない!」
だって私はシンデレラじゃないから。
見た目も心もきれいじゃない、どこにでもいる普通の地味な女の子だから。
だから何も期待しないで。
私は、シンデレラになんかなれっこないんだから。
突然怒り出した私を、しばらく幸野は呆気にとられて見ていた。
けどやがて、硬い表情でつぶやいた。
「そりゃそうだろうな」
低く出された声に、私はびくっとした。
「最初から諦めてるやつに、本気で夢を追いかける権利なんかねえよ。聞いた俺がバカでした」
フラッと背を向けると、幸野はさっさと体育館をあとにした。
けど私は間違ってなんかいない。
だってそうでしょう?
シンデレラはもともと美しいお嬢様だった。
だから王子様の目にも留まったの。
もしもシンデレラが私みたいな地味で平凡で暗くて存在感の薄いやつだったら、王子さまだって素通りしてたに違いない。
この世には、選ばれた人間とそうではない人間がいる。
私は生まれた時からそうではない人間。
一生誰かの影で、地味に暮らしていくんだ。
小説家になんか、なれるわけがない。
私は頭を振ると、自分も体育館を出た。
翌日の午前十一時。ついに一回目の公演が始まろうとしていた。
体育館に設けられた観客席は超満員で、私は仕方なく、二階にある通路から眺めることにした。
隣には沙希とさっちゃんもいて、緊張の面持ちでステージを見つめていた。
ステージの幕が上がる。
最初に見えたのは、お城のセットだった。
バルコニーからお姫様が身をのりだし、地面にいる騎士に話しかけている。
誰かが「ロミジュリかよ!」とツッコミを入れた。
『もしやあなたは、クラウド…。我が王家の騎士の一人、アイザック・クラウドでは?』
ひざまずいていた幸野が顔を上げた。
『ああ、姫さま。今はその名を呼ばないでいただきたい。今の私は、姫を慕う愚かな男。国王を裏切りし、卑しき者なのです』
我ながらクサいセリフだ。
それを真顔で堂々といってのける幸野もすごいけど。
しかもさまになってるし。
『どうかクラウド、お願い。わたくしを連れて、どこかへ逃げて! 明日には父が、わたくしの婚約者を連れてまいります。見ず知らずの男性の妻にされるなら、今ここで喉をかき切ります!』
『姫! なんということを。あなたのお父上が連れてこられるのは、かの隣国の王太子。必ずやあなた様を幸せにしてくださるというのに』
『わたくしの幸せは、わたくし自身が決めることです。わたくしはあなたといることが、なによりも幸せなことなのです』
姫はそういうなり、長いドレスをたくし上げ、バルコニーからジャンプした。
幸野が見事に受け止め、二人は互いに見つめ合う。
『姫…。そこまでのご覚悟があるのならこのクラウド、死ぬるまで姫をお守りするしだい』
『連れていって、どこまでも。あなたと一緒なら、いばらの道も漆黒の森も、光り輝く天の国です』
二人は手と手を取り合い、一頭の馬に乗って国を飛び出した。
途中、王の追手に行く手を阻まれ、騎士は殺されそうになるが、姫がそこで剣を抜いた。
『手を引きなさい。その方に手を出すことは、わたくし自身を手にかけるようなもの。さあ、いきなさい!』
しかしついに二人は捕まり、国に戻されてしまう。
騎士は反逆罪として死刑にされることが決まった。
『私が死ぬことであの方が幸せになるのなら、いくらでもこの命を果ててくれよう。さらば、愛しき姫よ。どうか一日でも早く、あなたの心から私の姿が消えますよう』
ついに騎士が処刑される。
そんな時、一人のみすぼらしい服を着た女性が動いた。
何とそれは、美しかったはずの姫君だった。
姫は長い髪をバッサリと切り、絹のドレスを捨て平民の服を着ていた。
『その方を殺すのなら、わたくしもどうかご一緒に! わたくしはもう姫ではありません。どうかためらいなく』
そういって、自ら絞首台にあがった。
どの役人も、姫を殺すことはできなかった。
そして姫が命をかけて守る騎士にも、手を出せなかった。
役人たちは、二人を遠い国に逃がすことにした。
ただの平民の夫婦として。
こうして二人は、ようやく結ばれることができたのだった――。
幕が下りると同時に、スタンディングオベーションが起きた。
あちこちから拍手と口笛が鳴り響き、やむ気配がない。
回廊と抜けステージの裏に行くと、演劇部が劇の成功を祝っていた。
幸野はまだ鎧を身に着けたまま、部員に抱きつかれて笑っていた。
私が見つめていると、幸野も気づいた。
けどすぐに目をそらされてしまった。
その後、二回目も三回目も劇は大成功で、温かな拍手に包まれていた。
姫と騎士のその後が気になるという観客も多く、文学部も初めて展示室にお客が来た。
三つ用意してある原稿をむさぼるように読むお客を見ながら、さっちゃんが耳打ちしてきた。
「高校最後にいい思い出になりましたね、真輝先輩」
「うん…そうだね」
それよりも私は、最後に幸野に無視されたことが気になっていた。
確かに冷たいこといっちゃったけど…なんか、悲しいな。
午後三時になると発表も終了し、イスが片づけられた体育館で表彰式が行われた。
大賞は当然のごとく演劇部で、幸野が代表として賞を受け取っていた。
すごいな、幸野。キラキラしちゃってるよ。
あんなに頑張ってたんだもん。うれしいに決まってるよね。
きっとあいつ、本気で俳優になりたいんだろうな。
演じるのが好きで好きでたまらないんだよね。
表彰が終わると生徒たちもざわつきが戻った。
みんながまだ祭の余韻に浸っている。
そんな中、まだステージに立っていた校長から、意外な一言が発せられた。
「最後に今年はもうひとつ、特別賞を贈りたいと思います」
一気に全員が騒ぎ始めた。
まだ賞をとっていないクラスや団体が、食い入るように校長を見ている。
校長はにこにことしながら、たっぷり間をあけて叫んだ。
「校長特別賞――文学部!」
ハッと息を飲む。
心臓が止まったかのような感覚がした。
隣にいた沙希が悲鳴を上げた。
そこで私は、今の言葉が空耳ではないことを悟った。
校長がいった。
「それでは文学部の部長さん、ステージに」
沙希がどんと私の背を押した。
私はまだ夢を見ているような気分で、ステージに向かった。
緊張と喜びと、そして信じられないという気持ちで、足が震えていた。
校長は私と向かい合うと、にっこりと微笑んだ。
「あなたの小説、私も拝見しました。素晴らしかったです。またぜひ、あんな作品を書いてみてください」
口を開いても声が出ない。
私は賞を受け取り、ただ頭を下げた。
館内で拍手が沸き起こった。
沙希が涙を流しながら手を振っている。
さっちゃんも二年生の列から、長い髪を揺らして喜んでいた。
そして――幸野の姿が見えた。
私と目が合うと、幸野は一瞬気まずそうにした。
だけどすぐに、ニッと笑って親指を立てた。
心臓が一段と早く動き出す。
私はうつむきながら、ステージを下りた。
賞を持つ私に、沙希が抱きついてきた。
「やった! 真輝、あんた最高だよ。あんたのおかげ! 特別賞だなんて…。今まで一度もお客が入ったことすらなかったのに!」
「うん…。私も信じられない」
夢見心地のまま、私は答えた。
シンデレラは美しいお姫さま。私は平凡で地味な女の子。
けど私は今、初めてなにかに選ばれた。
今なら私、勇気を出せる。
表彰式の後、私は一人の背を追いかけた。
幸野は私が息を切らしながら追いつくと、目を丸くさせた。
「どうした?」
「わ…私…」
息を整え、つばを飲み込む。
それから私は、まっすぐに幸野を見た。
「私、小説家になりたい。ううん、なる! 道は遠いかもしれないけど、いつか絶対になってみせる」
幸野は心底驚いたようだった。
「マジで?」
「なんだか…自信が出てきたんだ。私、書くのが好きだよ。自分も人もワクワクドキドキするような、魅力的な物語を書きたい。誰もが夢中で読んでくれるような、そんな物語を書く人になる!」
私は宣言した。
しばらくの間、幸野は無言で私をじっと見ていた。
やがてくっと笑みを漏らした。
「その目は本気だな。よし! 俺も負けねえから」
「あんたなら大丈夫。絶対に俳優になれるから。私が保証してあげる」
自分でいって照れくさくなり、私は目をそらした。
沈黙するのが嫌で、わざと明るい声を出した。
「でも、あんたにはお礼しなきゃね! あんたのおかげで、夢をあきらめずに済んだから」
「お礼?」
「うん。ねえ、なにがいい?」
幸野は考え込むように腕を組んだ。
やけに時間がかかり、すっかりまわりに生徒はいなくなっていた。
あんなににぎやかだった校内は、シンと静まり返っている。
「あの…なにもないの?」
しびれを切らし、私はたずねた。
すると幸野は、ようやく口を開いた。
「じゃあひとつ目」
「…いくつあんのよ?」
「いいから、いいから」
幸野は屈託なく笑った。
「名前で呼んでもいい?」
「えっ?」
「だから、真輝って呼んでいいか」
思わぬお願いに、私は戸惑った。
「べ、別にいいけど…」
「じゃあ次! 俺のことも名前で呼んで」
「さ…聡…くん?」
「うーん、できれば呼び捨てで」
聡…か。なんだか照れくさい。
思えば私は、ずっと彼の名前を呼んだことがなかった。
「これだけでいいの?」
「いや、最後にもうひとつ」
急に聡の表情が、きりっと引き締まる。
私はついドキッとしてしまった。
見つめ合うこと数秒、聡が呟くようにいった。
「俺と…て、ください」
「え? なに、聞こえないよ」
蚊の泣くような声量に苦笑を漏らす。
すると聡は、なぜか顔を赤くさせた。
「じゃ、じゃあ今度こそいうからな! 次に聞いてなかったとか、それなしだから」
「わかったよ。で、なに?」
聡は私に向かって右手を差し出した。
「ずっと前から、真輝のことが好きだった。だから…俺と、付き合ってください」
そういって、深く頭を下げられる。
その光景が信じられず、私は目と耳を疑った。
今…なんていった?
好きだった、って聞こえたけど。付き合って、とも。
いやいや、ありえないから。私ってば、今日はいいことばっかりありすぎて、ちょっとおかしくなってるよ。
私の心を読んだかのように、聡がいった。
「い、いっとくけど、嘘じゃねえからな! こんなこと、演劇以外じゃいったことねえし。そもそも…ただの演技なら、ここまで緊張しねえし」
聡はまだ顔をあげていなかったけど、わずかに見える耳が真っ赤に染まっていた。
嘘じゃ…ないの?
ドキドキと心臓が早く動いている。
私はそれにせかされるように、彼の手を握った。
「それでお礼になるなら…。よろしくお願いします」
「マジで!?」
「うん」
聡がようやく顔を上げた。
今までに見たことがないぐらいの、満面の笑顔だった。
シンデレラはみすぼらしい服を着た、とても美しいお姫さま。
魔女に魔法をかけてもらって、きれいなドレスに身を包み、カボチャの馬車で舞踏会に行く。
そこで王子様に見初められて、やがて二人は――…。
そんなこと、現実にはないと思っていた。
結局は選ばれた人間だけが、勝ち組になれる。そう思いはじめたのはいつからだろう。
だけど私は、もう選ばれなかった人間じゃない。
彼というただ一人の人に選ばれた。
それって、すごく素敵な奇跡じゃない?
これで私も、『霞色のシンデレラ』
久しぶりに短編を書きました。
いや、長い…(;´Д`)
先日、学校で文化祭があったので、そこで思い立ち書いてみました。
私もやってみたかったんですよねえ、脚本…。
ある意味、私の憧れなのかもしれません(´-ω-`)
ここまで読んでくれた方々、大変ありがとうございました<(_ _)>
こんな長くてまずい小説をお読みくださるなんて、とてもお心が広い方たちなんでしょう…。
評価や感想などいただけると光栄です(*´ω`*)