番外編4 「志布志湾=狂演 9月1日―1日目」
友人が第一部の戦車部隊の戦いを読みたいといっておりましたので、書いてみました。
高速で飛翔した徹甲弾は数秒を経て、次々に目標に命中していった。
結果は――撃破!!
当然だ。と中村は満足げに口元をさらに釣り上げる。
傍目には見られない狂相となっているが気にはしない。今は狂気と冷静さが求められる時であるからだ。
この戦車の120ミリ砲はただの120ミリ砲ではない。
設計を全面的に見直し、ドイツのレオパルド2A6型が搭載しているような55口径120ミリ砲を上回る初速と威力を実現した特別製なのだ。
おかげで、長すぎる主砲を森林や市街地の構造物にとられてぶつけるなどという無様をさらすこともなく、軽量化されているため取り回しもいい。
難点は5000メートル以遠での命中率が若干低下することや最大射程の低下であるが、これは自動照準装置や砲安定装置によっていくらでも解決することができた。
そもそも日本列島において5000メートル以遠で砲弾だけを使った撃ちあいをする場所など極めて限られている。
そして、こうした一種の割り切りのため10式戦車は全備重量44トンという車体で高い攻防性能を実現していたのだ。
機動性?
40トンの車体に1200馬力を搭載した戦車と、60トンの車体に1500馬力を搭載した戦車のどちらが馬力に余裕があるのかを考えれば答えは明らかだ。
しかも、これは戦闘出力ではない。
「やれるかもしれない。」
中村はそう呟いた。
見たところ、敵の主力となる99式戦車A2型はまだ揚陸されていないか、こちらに向かってきていない。
動けているのは水陸両用戦車くらいなものだ。
そして目の前には揚陸した物資と装甲されてはいないが貴重な各種車両たちがある。
と。
「RPG!!」
車長が叫んだ。
歩兵が対戦車ロケット弾(RPG)を放ったらしい。
しかし――
衝撃が車体を揺らすも、しかし中村たちは無傷だった。
複合装甲は、ただの整形炸薬による攻撃を跳ね返したのだ。
弾着の感覚が二重であったことを考えると、どうやらアクティブ防御システム(対戦車ロケット弾を自動迎撃する散弾システムのようなもの)対策として弾体が二重になり囮が先行するタイプであったらしい。
だが、10式戦車は装甲という盾で攻撃を跳ね返したのであった。
「後方観測班より急報!敵水上艦、接近しつつあり!」
通信手が叫ぶ。
観測を続けていた改造無人偵察機が、上陸支援にあたっていた敵の水上艦艇の接近を探知したのだ。
中村は舌打ちをしようとして、やめた。
水上艦が搭載する130ミリ砲による直接砲撃は確かに脅威だ。だが、それをものともしないだけの機動力は備えている自信がある。
「各車、一撃離脱に徹せ!攻撃終了後は各個に脱出!カクトウ(加久藤)―北12で会おう!!」
モニターの向こうでは、いよいよ態勢を立て直したらしい上陸部隊が戦車をこちらに向け始めている。
中村は舌なめずりした。
先ほど噛んだ舌先がヒリヒリし、喉がカラカラになっている。
敵は、やはり99式戦車。砲身をさらに長砲身に換装した99式戦車A2型だ。
昨年の南沙紛争でヴェトナム軍を殴殺したという中国軍ご自慢の「虎」。
10式の初陣相手にとって不足はない・・・!
――ほぼ同時刻、南九州の各洞窟陣地で逼塞していた日本国防陸軍の戦闘用車両群は、敵橋頭保に対し強襲を敢行しつつあった。
師団単位ではなく、戦闘用車両群のみが高速で突貫してくるという予想外の事態に中国軍は一時的に混乱。
休む間もなく投入された水陸両用戦車と、揚陸されたばかりの戦車がにわか作りの防衛戦を展開するも乱戦に持ち込まれたのである。
海岸地帯は日中が誇る鋼鉄の猛獣たちの狂宴の舞台となりつつあった――
【用語解説】
「海岸丘陵地帯」――南九州らしい火山灰が降り積もった台地。いわゆるシラス台地である。
本来はリンなどの栄養分が乏しい土壌なのだが、日本人の長年の努力により栄養分が飽和状態に達し、火山から供給されたミネラル分が豊富な肥沃な大地となっている。
作中においてはかつて桑畑だった耕作放棄地と、海岸沿岸であるために吹き込んでくる潮風を利用したミカン畑が広がっている場所を戦車で乗り越えた。
斜面の傾斜は40パーミル以上ときつく、そんなところを一直線に突撃できた10式戦車の高性能がしのばれる。
なお、火山性であるため古代の大噴火に伴い誕生した洞窟などの空洞も多く、彼らはそうした場所に潜んでいた。
「麓」――丘陵の反対側から丘を飛び越え、海岸線を砲撃した。
ライフリングを刻んでいない滑腔砲であるためこの場合命中率は期待していない。
目くらましの一環である。それでも弾着観測をやっているあたりは「たまに撃つ、弾がないのが、玉にキズ」とうたわれた旧自衛隊時代からの貧乏性が偲ばれる。
「咽頭マイク」――戦車の車内は、エンジンや主砲、その他の機械類がたてる騒音で満ちている。そのため真横で怒鳴られても言葉は聞こえないほどであった。
そんな中でも命令を伝達するために喉に貼り付けるタイプのマイクを使ってヘッドセットに声が伝えられるシステムがとられている。
某戦車アニメで喉のあたりにある黒いものがそれ。使用するときには雑音や振動を伝えず、うまく声が伝わるようにマイクを手で押さえることが多い。
「44口径120ミリ砲」――日本製鋼製の新型砲。10式戦車に搭載されている。
口径(砲身の長さ)こそかつての90式戦車と同じであるがまったくの新設計砲である。
砲の威力を55口径砲相当かそれ以上に上げたうえでさらに軽量化するという日本的な変態性能を誇る。
加えられた改良は、マズルブレーキの廃止や排煙装置の圧縮空気動力化(仏のルクレール戦車と同様)、薬室の形状見直し、それらを包括する形での砲身材料見直しなど。
新開発の新型徹甲弾を使用した場合、60トン級の第3.5世代主力戦車でも余裕をもって撃破できるとされる。
要するに「砲身が2割ほど軽くなったくせに威力が通常の1.5倍以上に上がっている」と考えれば当たらずとも遠からずである。
「霧島山麓」――南九州の中央部にある火山地帯。作中においては都城市から国分市一帯にかけて西部方面特科隊とその指揮下にかき集められた火砲類が展開し、長射程をいかして志布志湾に砲撃を見舞っている。主力はロングノーズと呼ばれる99式155ミリ自走榴弾砲(射程約30キロ)である。
ただし、203ミリ自走榴弾砲は射程が短いために志布志湾岸においては鰐塚山地や高隈山地からの砲撃にとどまっていた。
(多くは鹿児島市近傍に配備され吹上浜に向けられている)
「同時多目標照準システム」――10式戦車に搭載されている機能のひとつ。戦車ごとのデータリンクにより照準が向けられているかどうかを瞬時に判断し、敵味方識別信号を発していない目標に自動的に照準をあわせる。「動くコンピューター」と称される10式戦車ならではの機能である。そのため、作中のように確実に撃破できるものに対しては走行しながら次々に砲撃を見舞うことも可能。
敵にするのなら悪魔のような機能である。
「初速1500メートル…初速2000メートル」――物体の運動エネルギーは重量×速度の2乗で求められる。
第2次世界大戦中の戦車砲の初速が900メートル台であったことを考えれば、その威力がどれほどのものであるのかよくわかるだろう。
なお、初速2000メートルは実際に達成されている(某エアコンメーカーが製作)。
「レオパルド2A6」――ドイツが誇る傑作戦車レオパルド2の改良型。主砲を55口径120ミリ砲に換装し、装薬のエネルギーをさらに効率的に弾体に伝えることで砲撃の威力を増大させている戦後第3.5世代の代表的な戦車である。
しかし、長砲身120ミリ砲は砲身だけで全長6.6メートルにも達し、市街地などでは取り回しの悪い代物になってしまっている。
また、砲身の重量が増大したために車体重量も60トンの大台に乗ってしまっており防御力関連の改修からさらに重量が増大している。
しかしそれも善し悪しで、強力な55口径120ミリ砲は大平原での遠距離からの敵戦車撃破には威力を発揮する。
「RPG」――対戦車ロケット弾のひとつ。歩兵が携帯できる対戦車装備である。その真価は整形炸薬という特殊な整形を施した炸薬によって爆発のエネルギーを一方向に集中(モンロー効果)し装甲を溶かしてしまうというものであった。
しかし、複合装甲により耐熱性に優れるセラミックが用いられたり、飛んでくるロケット弾を散弾で自動迎撃するアクティブ防御システムが開発されるようになるとこれもまた無敵の矛ではなくなった。
現在は、アクティブ防御システムに囮を反応させてから本命を突入させる新型や装甲の薄い戦車の上面を狙う型が使用中で、作中で用いられた。
「99式戦車A2型」――中国軍が誇る主力戦車。
1999年に制式採用された99式戦車を改良したもので、出力1500馬力のディーゼルエンジンで63トンに達する車体を高速駆動させる。
主砲は60口径125ミリ滑腔砲。当初は140ミリ砲を搭載する計画であったが重量が重くなりすぎるために断念。エンジンをウクライナ製の実績ある小型高出力エンジンに換装し、その分の容積を大型化した主砲に割いている。
装甲は複合装甲と爆圧反応装甲リアクティブアーマーをあわせたものであるが、素材工学としては西側に一歩劣る中国側は相対的に装甲を小型化できていない。
そのため、強力な主砲によって撃たれる前に撃つというある種の割り切りがされている。
しかしその実力は決して侮れるものではなく、作中においては前年に勃発したヴェトナムとの武力衝突においてヴェトナムのT72戦車改良型を一方的に撃破してそのコンセプトの正しさを証明した。
年100両単位で量産がなされ、現在の中国軍の主力をつとめている。
作中においては南京軍区の主力部隊として300両あまりが南九州に侵攻した。