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「つ…疲れた…」
呪いの城を後にしたのは15時過ぎだっただろうか。辺りが薄暗くなってきた、ちょうど夕暮れにようやく自宅前へと到着した。
普段は電車やバスを使うから、なかなかこんな長距離を歩くことなどない。
でもこの疲れは、単に長時間歩いたことによる疲れだけでなく、今日起こった出来事にも十二分に原因があるだろう。
ああ、ゆっくり湯船にでも浸かって、この疲れを癒したい!
自宅の門をくぐり、玄関の前まで来てハッとする。
「鍵…」
自宅の鍵がない。
しまった。………自宅の鍵も鞄のなかだ。
財布や携帯の事だけを考えていて、すっかり鍵のことは忘れてしまっていた。
―――『あれ?父さんたちも出掛けるの?』
――――『そうなの~。悠斗さんと久々にお出かけ』
明らかに余所行きの服を着ていた母の姿と、その会話を思い出す。そう、両親も出掛けると言っていたのだった…と言うことは、不在の可能性が高い。
ダメ元と言うヤツで、それでも一応インターホンを鳴らす。
…やはり返事はない。
ハアアアア 。
私は深くため息を着いた。今日何度目の溜め息だろうか。言わずとも、回数など覚えていないが、これまでの人生の中で今日が一番溜め息が多かったに違いない。そう断言できる。
目の前に我が家があるのに入れない、このもどかしさ。
私は玄関ポーチの階段に腰掛け、足を伸ばす。
いっそこのまま大の字で寝てしまい。ワンピースが汚れようがもうどうでも良い。
ハアアアア。
また深い溜め息が出る。
お金もない。鍵もない。携帯もない。そして何より今日はツイてない。もう無い無い尽くしだ。
ただただ地面を見つめる。勿論そこに何が在るわけでもないのだが。
数分、もしかしたら数十秒だったのかもそれない、ぼやーっと地面を見つめていたが、そんなことをしていても、当然何も変わらない。
ああ!
こんなところでウジウジしていても仕方ない!友人の家にでも言ってお世話になろう!
そう気持ちを切り替えて、私は勢いよく立ちあがった。
携帯もないから「今から行く~」なんて連絡出来ないが、突然出向いても大丈夫そうな友人には一人心当たりがある。
頭の中に、幼なじみの名前を思い浮かべる。幸いにも幼なじみの家はここからそう離れてはいない。
ポンポンとお尻辺りの汚れを払い、いざ行かんとばかりに歩きだす。
自宅の門から道路へ足を踏み出し歩き出した時、今から向かおうとしている方向から一台の立派な黒い車が向かってくる。
近づいてくる車の、そのボンネットにはあの有名なスリーポインティッドスター。
メルセデス・ベンツですか!しかもリムジン!一体どこのお金持ちだろうか。
この辺りは一般住宅地。大きなお宅も勿論あるけれど、流石にそんな運転手つきの車を乗っている人などいないから、少し驚いてしまう。
世の中にはやっぱりお金持っているのねー。
そんなことをポヤンと思いながら歩いていると、自分の横にその車が止まる。
何!?
心の中で驚きの声をあげた私。
すると運転手が降りてきて、後部座席の扉を開ける。扉からはまずは長い御御足が見える。
おお!モデルさん?
しかしモデルさんがこんな一般住宅地へ何の御用?
立ち去れば良いのに、私は出歯亀よろしく、車から降りてこようとするその影を見つめる。スッと後部座席から立ち上がり、私の瞳に映ったその人物は―――
「遙さん」
―――今一番会いたくない男だった―――…