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<7>

彼が受話器を置いたその頃―――



私はエレベーターの下降ボタンを連打していた。


今日程、高層ビルを恨んだことはない。


あああ!どうしてラウンジが一階ではないの!?お金持ちの考えることなんてわからない!


セレブの気持ちを味わいたいとか、高いビルから景色を眺めたいとか、そんな気持ちはどこへやら。湧いてくる気持ちは、この建物へ不満だけだった。建築者やホテルからしたら、ただの八つ当たりだろう。


「もうっ 早く早くっ!!」


ボタンを連打したからと言って、エレベーターが早くやってくるわけではないのに、押さずにはいられない。足を踏みつけてやったが、そこまでのダメージではないだろう。追いつかれてしまう可能性が高い。だから出来るだけ早く、ここから脱出しなくては!


ポーン

エレベーター到着を告げる音と到着した台をお知らせする為のランプが点灯し、扉が開く。

そして開いたと同時に身を滑り込むようにして乗り込み、一目散に一階を押し、そしてまたも”閉 ”を連打する。―――勿論エレベーターを呼んだ時と同様、連打したからと言って早く閉まるわけではないことは重々理解しているが、やはり心理的に蓮出せずにはいられない。


扉が完全に締まり、それに安堵し、フゥと溜め息を漏らす。そのまま壁に背を預け、ズルズルとエレベーターの床へ座り込んでしまう。


「もう何なのよぉ…」


あんのバカ父!

何がお茶だけよ!やっぱり裏があったじゃない!とんでもない男を押し付けてきやがって!


心の中で暴言を吐く私。


最初、見た目も良いし、身のこなし方も洗練されていたから素直にカッコイイと思った。それは認めましょうとも!でも初対面の人間に「諦めて自分と結婚しろ」と言い放ち、挙句抱きついてくるなんて有り得ない!例えこれが仕組まれたお見合いだったと仮定しても!


自分が一目惚れされるような女ではないと、十分に理解しているから尚更だ。


もしかしたら、色恋沙汰に慣れている女性なら、それなりに身を振れたかもしれない。けれど、恋愛経験もほぼなく、所謂“フツー”女の代名詞である私が、そんな事出来るわけがございません!


エレベーターのフロア階数を案内するランプがどんどん移り変わっていく。幸いにも誰も乗り込んでくることもなく、1階まではもう少し。床に座り込んでいた私は、エレベーターから降りる為に立ち上がる。


この建物から出たら真っ直ぐ家に帰ろう。父へ文句の一つでも言ってやらなければ気が済まない。そして責任とって、私は介さずに、あの美青年イケメンと話を付けて貰おう。


立ち上がったその時、私は自分の両手が空なことに気づいた。


「あ…鞄…」


腕を掴まれた拍子か………もしくは抱き締められた時に落としてしまったのだろう。焦っていたこともあり、今の今まで、鞄がないことに気付かなかった。

だからと言って流石に取りに戻るつもりもない。


大切なものと言えば、携帯に財布くらい。

財布には多少の現金と本人確認書類(身分証)、クレジットカードは入っているが、いくらなんでもそう言ったものに手を出すような人とは思えなかったから、きっと大丈夫だろう。携帯だって、ロックを掛けているし、数日なかったとしても生きていける。

困るとしたら、今から帰宅するまでの電車賃くらい。


――――時間はかかるが、歩いて帰れない程の距離ではない。幸い靴はローヒール。天気も良すぎもせず、悪すぎもせず。


よし!気分転換にもなるし、歩いて帰ろう!

そう自分で自分を励ました。


“ポーン”とエレベーターへ乗り込んだ時と同じ音がし、ランプと共に一階に着いたことを告げる。

エレベーターの扉が開き始めため、私はゴクッと息を呑む。


可能性としては低いが、あの男が一階にいる確率はゼロではない。流石に人の往来の多いホテルエントランスで無体な真似はしないだろうが、念には念を入れておこう。


扉から足を踏み出してキョロキョロと周りをみやるも、あの男と思わしき姿はない。


助かった!

どうやら彼に与えた一撃は大分有効だったらしい。


優雅さはどこへやら。そんな欠片すらなく、ズカズカと進む私。

優雅に歩く人の多い中、こんな忙しなく動いているのは、ホテルマンを除いて自分だけのような気がするが、もうそんなことは気にしない。

私は出来るだけ早足で出口(エントランス)へと歩く。


もう少しでこの呪われた城から脱出できる!そう思った瞬間、そんな私を止めるように、行く手を阻む影が現れる。


「渡辺様」


ベル・キャプテンだろうか。黒服でビシッときめている男性が声をかけてきた。

なっ 一体、何!?


「申し訳ございませんが、こちらへいらっしゃいますようお願いいたします」


彼は業務用スマイル全開で、絶対に聞けないお願いをしてくる。このホテルの従業員に声を掛けられるような謂れなどない。嫌な予感しかしない。


「いえいえいえいえいえいえ!急用が出来まして、今すぐ!い・ま・す・ぐ・に向かわなければいけないので」


動揺を隠せない私。明かに言いわけにしか聞こえないが、断りの言葉を返す。しかし流石はプロ。そんな私の応対をみても、顔色一つ変えない。


「恐れ入ります。オーナーより、あちらでお待ちいただくようにと指示がございまして、お急ぎの所恐縮ではございますが、ご協力をお願いいたします」


オーナー?はて?何故このホテルのオーナーが私を呼ぶのか?

全く心当たりがない。


「人違いだと思います!」


きっぱりと言い切り、エントランスへ足早に移動する。言わずもがな、黒服の男は私の後をついてくる。


「渡辺さま、お待ちください」と黒服の男は私の名を呼ぶが、完全に無視!私は歩を進め、エントランスの扉をくぐろうとする。


さあ、ドアマン!私の為に扉を開けて!自由への扉を!

私はそのまま進もうとするも、扉は開かれない。ドアを開ける仕事の彼が、ドアを開けてくれないのだ。


「申し訳ございません。オーナーよりこちらをお通ししてはならないと指示がございます」


なっ!ドアマンまで!もうどうなっているのよ!

あなた達も仕事とは言え、すみませんー!これだけは協力できませんからー!


「お仕事ご苦労さまです!でもそれだけは聞けませんー!」


そう叫び、ドアマンの仕事を奪い自分で扉を開け、外へ駆けだす。ダッシュだ。


「あ!渡辺様!」


私の名前を呼ぶ黒服とドアマンの声が聞こえたが、無論、完全無視してマグノリア・タワーから逃げ出した―――。



*** *** ***


エントランスでは―――


「オーナー。申し訳ございません。お止めすることができませんでした」


「………そうですか」


オーナーと呼ばれ、そこへ立っているのは―――女性もののハンドバックを手にした小田切蓮だった。


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