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プロポーズ【propose】… 申し込むこと。特に、結婚の申し込みをすること。求婚。(大辞林より)
そう!求婚!それは乙女の憧れ!一生の思い出!
海辺で?レストランで?夜景をバックに?それとも映画のようにドラマティックに?
女の子だったら、多少なりとも憧れたことがあるはず!
なんと私、渡辺遙!プロポーズされました☆
プロポーズの言葉?ふふふ。ここだけのヒ・ミ・ツね。―――諦めて結婚しろと言われました。
…
……
………。
そもそも結婚って、諦めてするものだったかしら?
*** *** ***
事の始まりは、父の頼みごとだった。
「頼む!遙!一生のお願いだ!この通り!」
「もう~父さんの一生のお願いは何度あるのよ」
顔の前で手を合わせ「遙さま~」と南無南無と拝んでいる父を、半ば諦め顔で見やる。基本、父のお願いは碌な事がない。
「取り合えず、要件次第。話だけ聞くわ」
「は~る~か~!さすが僕の可愛い娘!」
「その可愛い娘に、変なこと頼もうってわけじゃないよね?」
父の瞳を逸らすことなく見つめると、スススと目線を逸らす。………逸らされた視線を追うように、父を見つめると、更にはうっと息を呑み込んだ。気のせいか、額に汗が滲んでいる。
………そこまで緊張するような案件なのだろうか?やはり嫌な予感がする。要件を聞くことすらやめた方が良い気がしてきた。
「やっぱり、聞くのもやめる。無かったことにして」そう言おうとした瞬間、父の口から思わぬ名称が飛び出した。
「遙はマグノリア・タワーズに行ってみたいと言ってたよね?」
「え!マグノリア・タワーズ!?」
父から発された単語に心が弾み、思わずオウム返しをしてしまった。
マグノリア ・タワーズ。
出向いたことは無くとも、その名前だけであれば誰もが知っていると言っても過言ではない、各国のセレブ御用達の日本屈指の超高級ホテル。アラブの七つ星ホテルよろしく、全室スイート。そして宿泊もさることながら、トップブラントのブティックからスパにスポーツジム、レストランと至るものが詰まっている平民にはなかなか手の届かない、憧れのホテル。
そのスイートルームなるものを味わってみたいと思ったことはあったけれど、きっと一生お目にかかることはないだろう。
一般庶民である私のささやかな夢は、スイートルームで過ごしたいとか、そんな大それた事ではなく、そのマグノリア ・タワーの中にあるラウンジでアフタヌーンティーをすること!
三段重ねのケーキスタンドで、下段はローストビーフやタマゴが挟まれたサンドイッチ、中段は焼きたてのスコーン。勿論、スコーンにはクローデットクリームやイチゴジャムをたっぷり付けるの。そして上段はケーキやプチタルト。
それをあのラグジュアリーでセレブレティ溢れる空間でゆったり、王道のダージリンと一緒に戴くの!
世界のセレブから見たら、可愛いらしい、ある意味では可哀想なちっぽけな夢でしょ?
でも世のセレブ達はアフタヌーンでもハイティーでも、いつでも出来るかもしれないけど、私の様な下々の者は違うのです!
たかだかラウンジ!されど最高級ホテルのラウンジ!アフタヌーンティーだけでも、結構なお値段だし、何より数か月単位での予約待ち。
心の中では“一般庶民”なんて言いつつも、私含め、一瞬でもセレブな気分を味わいたい人って多いのね。
「そう!皆が憧れマグノリア ・タワー!今週の日曜に行って貰えないか?遙の希望通り、あの(・・)マグノリア ・タワーでアフタヌーンティーが出来るぞ~クローデットクリームたぁっぷりのスコーンが食べれるぞ~」
私のアフタヌーンティーに対する気持ちを煽るように、囁く父。まさに悪魔の誘惑!
でも私は知っている。悪魔の誘惑には、それなりの代償があると。
「………すご~く魅惑的なお願いごとだけど、マグノリア ・タワーでお茶してハイ!終了!ご苦労さまってわけじゃないでしょ?………なに、企んでるの?」
ギロリ、父を睨むとまたもや視線を逸らす。あ・や・し・い。
「い…いや…そんな難しいことではないよ?本当にお茶をするだけでいいんだ」
「ホントに?」
「う…うん?」
「何で疑問形!正直に言いなさい!」
言い淀む父を追い詰める。
「い…いや、日曜日にマグノリア ・タワーでお茶をしてくるだけでいいんだ、本当に。た…ただね?一人ではなく、会って貰いたい人がいるんだ」
「会って貰いたい人?…誰?」
「うん。僕の知り合いの息子さん。僕も一度会ったことがあるけれど、すっごく好青年だから!きっと遙も気に入ると思うよ!ちょうど歳も近いし!本当に彼と会って、お茶をするだけでいいんだよ?」
「は?」
何がどうなって、父の友人の息子と会わなければならないのか。ましてや初対面の男とお茶をしなければいけないのか。
全く分からない。
しかも自分で言うもの物悲しいけれど、恋愛経験が殆どなく、気の利いた洒落た話も出来ないこんな普通普遍の女と、そんな好青年が自らお茶をしたいと考えているとも思えない。―――絶対に裏がある。
「嘘ね。本当のこと言いなさいっ!」
嘘をひた隠しする子供を叱るように、父に言葉を投げる。―――全く。これではどちらが子供か分からない。
「本当だから!本当に一緒にお茶をしてくるだけでいいんだよ~ぉ。それに僕が可愛い娘を危ない目に合わせるわけないでしょ?周りにもお客さんはいるだろうし、気が合わないようなら帰ってきてもいいから~」
「何で私がその息子とお茶をしなきゃいけないの?」
「…実は最近、彼の大切な人が亡くなってね。塞ぎ込んでいたようだから、連れ出したいと思っていたんだ。ただ家族や僕みたいなおじさんが誘ってもつまらないでしょ?だったら少しくらい若い子がいいよね~と思って。そこで僕の麗しき宝である、心優しい遙にお鉢が回って来たってわけ。ちょっとした伝手もあって、遙のマグノリア ・タワーでアフタヌーンティーをするって言う夢も一緒に叶えてあげられそうだったしね。まさに一石二鳥?」
「…はぁ」
所謂、傷心と言うわけね。確かに大切な人が亡くなったのなら、塞ぎ込んでしまう気持ちも分からなくはない。
しかし一石二鳥と言う表現は如何なものか。
私にとってマグノリア・タワーでのアフタヌーンティは確かに魅力的。でも見も知らぬ男と気まずい時間を過ごすことになることを考えたら、プラスマイナスゼロ。きっとその空気のお陰で、美味しいものも美味しいと感じられなくなってしまうんじゃない?そう考えたら、私にとっては何一つ利がないように思えてきますが。
「でも何で他人の私?彼にだって友人はいるでしょ?初対面に私より、事情知る友人の方がいいんじゃないの?」
ふと湧いた疑問を父に投げかけてみる。
「――――事情を知らない他人にだからこそ、打ち明けられることもあるとは思わない?」
真面目な表情で、そう父は言った。………確かに身近な人だからこそ、話づらいこともあるかもしれない。
アフタヌーンティーの誘惑と、ほんのちょっとの道徳心と。それらに押されて、私は決心した。
「わかった。とりあえず日曜日、マグノリア ・タワーに行くわ」