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「とりあえず、僕と結婚して下さい」
「はい?」
私の間の抜けた声が響く。
目の前にいるのは世に言う美男子。黒髪に銀縁の眼鏡が良く似合い、身なりも良い。スラリとして、背も高め。
そんな美男子に結婚を迫られている女。それは私、渡辺遙。
女性にしたら少し背が高めで、それが少しだけコンプレックス。
顔立ちは恐らく普通。目の前の眩い男に釣り合うかと聞かれたら、きっと言い淀むだろう。その程度。
残念ながら、美男子を瞬時に虜にするとか、そんなテクニック持ち合わせていない。
それなのにっ!
何と言うことでしょう!出逢ってものの数十分、見目麗しい青年から告白どころかプロポーズされました!きっと私の眠れる魅力が遅ればせながら開花したのね!やっほーい!
………今日はエイプリルフール(4月1日)だったでしょうか?
頭の中でカレンダーを思い浮かべる。
うん。エイプリルフールはもう、とうに過ぎている。
「―――かさん?遙さん?」
「あっ はい!」
私の名前を呼ぶ声でハッとする。
思わぬ予想外の出来事に、一瞬我を忘れそうになっていた。いけないいけない。
“普通”と書いて渡辺遙と読む。そう言っても過言ではない。そんな自分に、逢ってそうそうプロポーズしてくる男なんて、いくら見栄えが良くてもまともなわけがない。
そして本能がこの場から立ち去れと言っている。逃げなければ!
「すみません、ちょっとぼうっとしてました。幻聴まで聞こえてしまいまして。お忙しい中、時間を割いて戴きましたが、気分が優れないので、帰らせて戴きます」
私は美青年にそう言い放ち、鞄を手に取って立ち上がった。彼に背を向け、出口へ向かおうと一歩踏み出したその瞬間、グイと腕を掴まれた。
(え!)
いきなり腕を掴まれ、バランスを崩した私は後ろに倒れこみそうになる。
転ぶ―――!次に来るであろう痛みを覚悟していたが、それは訪れず、代わりに美男子の胸に、背から飛び込むこととなった。
「すっすみません」
彼に背を預け、上目遣いに見上げる格好となってしまったが、私はとりあえず、お詫びの言葉を言う。
美しいお顔が想像以上に傍にあり、且つ、見た目よりもガッシリとした体躯にドキリとしてしまう。―――グットルッキングな男性の胸に抱え込まれるのは、世間一般的な女性ならば悪い気はしないでしょ!
―――でもそれは時と場合によるのだと、私は痛くそれを思い知ることになる。
「あ、あの、ご迷惑をお掛けいたしました。もう大丈夫ですので、離して戴けますか?」
まだ掴まれたままだった腕を離して貰うよう、お願いをする。
考えて見れば、この男が私の腕を掴んだからよろけてしまっただけで、私はお詫びをする必要はない。けれど、この場からフェイドアウトする為に、ここは穏便に済ませなければ。そう穏便に。穏便に。
お願いした甲斐あってか、掴まれていた腕が離された。と、そう思った瞬間、後ろから抱き締められた。
(ギャーーーッ!!!)
私は思わず、声にならない叫びをあげる。すると耳元で、それはそれは美しい声で悪魔が囁いた。
「ご理解戴けてないようなので、もう一度言いますね」
「諦めて僕と結婚して下さい」
別途連載している小説と出だしが似てしまいました…。
ワンパターンですみません。
7/18 誤字、文章を修正しました。