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役立たずスキル再翻訳で追放されたけど、世界の概念を書き換える最強チートでした。辺境の貧乏村を最高の楽園に開拓します  作者: 黒崎隼人


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第5話「豊穣とは、満たされることへの感謝である」

 収穫祭の熱狂が冷めやらぬまま、村は新たな活気に満ち溢れていた。


 有り余るほどの麦、そして芋。村の食料庫は、創設以来、初めて満杯になった。村人たちは、生まれて初めて「満腹」という感覚を味わい、その幸福を噛み締めていた。


「カイリ、見て見て!このパン、すっごく白くてふわふわだよ!」


 リリアが、焼きたてのパンを僕の目の前に突き出してきた。

 【再翻訳】で豊穣の大地と化した畑で育った麦は、品質も最高級だったらしい。その麦から作ったパンは、貴族が食べる一級品にも劣らない、見事な出来栄えだった。


「すごいな。パン職人になれるんじゃないか?」


「えへへ、そうかな?でも、これは小麦粉がいいだけだよ。カイリの魔法のおかげ」


 リリアはそう言って、幸せそうにパンを頬張る。

 その姿を見ているだけで、僕も幸せな気分になった。


 村の食料問題は、完璧に解決した。

 道具も、家も、水も、何1つ不自由はない。

 もはや、忘れられた谷は、この国で最も豊かな村と言っても過言ではないだろう。


『さて、これからどうするか』


 僕は、リリアが焼いてくれたパンを食べながら、今後のことを考えていた。

 このまま、この村で静かに暮らしていく。それもいい。

 でも、この豊かさを維持し、さらに発展させていくためには、何かが必要だ。


『金、だな』


 そう、貨幣経済。この村は、今まで自給自足で、外部との交流もほとんどなかった。だから、金という概念が希薄だ。

 しかし、これから先、何か新しいものを手に入れるためには、どうしても金が必要になる。例えば、塩や薬、あるいはもっと高度な道具など。


 幸い、僕たちには売るものが山ほどある。

 この最高品質の麦や芋は、王都に持っていけば、とんでもない高値で売れるはずだ。


 僕は、その考えを村長さんに話してみた。


「ふむ、交易か……。考えたこともなかったわい」


 村長さんは、長い髭をしごきながら、腕を組んだ。


「この村は、昔から外部の人間をあまり受け入れてこなかった。忘れられた谷、という名前の通り、忘れ去られることで平穏を保ってきたからのう」


「ですが、これだけの食料があるんです。このまま村で消費するだけでは、いずれ腐らせてしまうだけですよ」


 僕の言葉に、村長さんは頷いた。


「それもそうじゃな……。分かった。カイリ君の言う通りにしてみよう。だが、王都までは遠い。誰が、この荷を運ぶというんだ?」


「僕が行きます」


 僕は、即答した。


「カイリ君が?しかし、一人では危険じゃ……」


「大丈夫ですよ。それに、僕が行くのが一番いい。この作物の価値を、一番分かっているのは僕ですから」


 僕の決意が固いことを見て取ると、村長さんはそれ以上何も言わなかった。

 こうして、僕が村の代表として、収穫した麦を王都の市場で売ってくることが決まった。


***


 出発の準備は、すぐに整った。


 村で一番頑丈な荷馬車に、麦の袋を山のように積み込む。馬も、僕がこっそり【再翻訳】で「そこらの駄馬」から「王家の軍馬並みに屈強な馬」に書き換えておいた。これなら、長旅も問題ないだろう。


 出発の日の朝、村人たちが総出で見送りに来てくれた。


「カイリ君、気をつけてな」


「必ず、無事に帰ってくるんだぞ」


 口々に、僕の身を案じる言葉をかけてくれる。

 なんだか、家族に送り出されるような気分で、少し気恥ずかしい。


「カイリ、これ、持ってって」


 リリアが、布に包んだ何かを僕に手渡した。


「なんだ、これ?」


「お弁当。あたしが作ったんだ。道中で食べて」


 包みを開けると、中には焼きたてのパンと、干し肉、それからチーズが入っていた。


「……ありがとう。助かるよ」


「うん。……ねえ、カイリ」


 リリアは、何か言いたそうに、もじもじしている。


「なんだ?」


「……絶対、帰ってきてね。あたし、待ってるから」


 その言葉は、ほとんど囁きに近かった。

 彼女の頬が、ほんのりと赤く染まっている。


 僕は、そんな彼女の様子に、心臓が少しだけ、きゅっとなるのを感じた。


「ああ、分かってる。必ず帰ってくる。約束だ」


 僕は、彼女の頭をぽん、と軽く叩いた。

 リリアは、驚いたように顔を上げたが、すぐに、満開の花のような笑顔を見せた。


「うん!」


 僕は、リリアと村人たちに手を振り、荷馬車の御者台に飛び乗った。

 手綱を握り、馬に合図を送る。

 馬車は、ゆっくりと動き出した。


 忘れられた谷を、僕は生まれて初めて、外から見た。

 緑豊かな谷間に、新築同様の家々が並び、その向こうには黄金色の畑が広がっている。

 なんて美しい村だろうか。

 ここが、僕の居場所だ。


『必ず、帰ってこよう』


 僕は、改めて心に誓った。


***


 王都までの道中は、驚くほど順調だった。


 屈強な馬に「再翻訳」された馬は、疲れ知らずで走り続け、盗賊や魔物に襲われることもなかった。まあ、もし襲われても、その辺の石ころを「ゴーレム」にでも再翻訳すれば、簡単に追い払えただろうけど。


 数日後、僕は王都の城門をくぐった。

 追放された日以来、初めて見る王都の景色。

 あの時は、絶望と憎しみしか感じなかったこの街並みが、今はまるで違って見えた。


『さて、まずはどこで売るか』


 市場を歩き回り、いくつかの穀物商の店を覗いてみた。

 どの店も、それなりに賑わっている。

 僕は、その中でも一番大きくて、人の出入りが激しい店を選んだ。

 「ガルシア商会」という看板が掲げられている。


 店の前に馬車を止めると、すぐに恰幅のいい店主らしき男が出てきた。


「いらっしゃい。お若いのに、見事な荷馬車と馬ですな。何かお売りになるものでも?」


 店主は、品定めするような目で僕と馬車を眺めている。


「ああ。最高品質の麦を売りに来た」


 僕は、荷台から麦の袋を1つ下ろし、口を開けて中身を見せた。

 黄金色に輝く、大粒の麦。


 店主は、その一粒を指でつまみ上げると、眉間にしわを寄せた。

 そして、おもむろにその麦を口に放り込み、がりがりと噛み砕いた。


 次の瞬間、店主の顔色が変わった。

 見開かれた目には、信じられない、という色が浮かんでいる。


「こ、これは……!?なんだこの麦は!?」


 店主は、慌てて袋の中に手を突っ込むと、さらに多くの麦を掴み、匂いを嗅いだり、光に透かしたりしている。


「こんな麦、見たことがない……!香り、艶、粒の大きさ、どれをとっても完璧だ!一体、どこの畑で育てれば、こんな化け物みたいな麦ができるんだ!?」


「それは企業秘密だ。で、買うのか?買わないのか?」


 僕は、わざとふてぶてしい態度で言った。

 足元を見られてはたまらない。交渉は、常に強気でいかなければ。


「か、買う!買いますとも!これを全部、売っていただきたい!値段は、言い値で構いません!」


 店主の目は、もはや血走っていた。

 商人としての本能が、この麦がとんでもない価値を持つことを見抜いたのだろう。


『よし、食いついた』


 僕は、心の中でガッツポーズをした。

 そこからは、とんとん拍子に話が進んだ。

 僕が提示した値段は、相場の3倍。普通なら、門前払いされてもおかしくない法外な価格だ。

 しかし、店主は二つ返事でその値段を受け入れた。それどころか、「これだけの品なら、もっと高くてもいいくらいです」とまで言った。


 荷台の麦は、全てガルシア商会が買い取ることになった。

 僕の手元には、ずっしりと重い金貨の袋が残された。生まれて初めて手にする、大金だ。


「あの、お客様。もしよろしければ、今後もこの麦を、うちの店に卸していただけないでしょうか?もちろん、今日と同じ、いや、それ以上の価格で買い取らせていただきます」


 店主は、腰を九十度に曲げて、僕に懇願してきた。


「考えておこう。また気が向いたら、寄らせてもらう」


 僕はそう言い残し、空になった荷馬車に乗って、ガルシア商会を後にした。


『大成功、だな』


 これで、村に必要なものを何でも買うことができる。

 僕は、市場を回り、塩や砂糖、香辛料、薬、そして新しい服や本などを買い込んだ。


 買い物を終え、王都の門を出ようとした時だった。

 ふと、見覚えのある紋章を掲げた馬車が、僕の隣を通り過ぎていった。

 赤地に、金色の獅子。

 ――アルクライト公爵家の紋章だ。


 すれ違い様、馬車の窓から見えた横顔。

 それは、僕を追放した兄、アルフレッドだった。

 彼の顔は、何かに思い悩むかのように、険しい表情をしていた。


 僕と兄の視線が、一瞬だけ交わった。

 しかし、兄は僕に気づく様子もなく、そのまま王城の方へと去っていった。

 まあ、当然か。ボロボロの服を着た家出少年が、まさか自分の弟だとは思うまい。


 僕は、兄の乗った馬車が見えなくなるまで、その場に立ち尽していた。

 胸の中に、特に何の感情も湧いてこなかった。

 憎しみも、怒りも、悲しみも。

 ただ、遠い世界の出来事のように感じられた。


『もう、僕とは関係のない人たちだ』


 僕は、手綱を握り直し、馬車を走らせた。

 目指すは、僕の帰りを待つ人たちがいる、あの村。

 僕の、本当の故郷。


 早く帰って、リリアの笑顔が見たい。

 ただ、それだけを思った。

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