第4話「再建とは、壊れたものを直す以上の意味を持つ」
翌日、僕は村人全員を集会所の前に集めて、一つの宣言をした。
「今日、この村の畑を、生まれ変わらせます」
僕の言葉に、集まった村人たちはざわめいた。
「畑を?」「どうやって?」「カイリ君の不思議な力でも、土地そのものは無理なんじゃ……」
不安と期待が入り混じった視線が、僕に突き刺さる。
まあ、その反応は当然だろう。
道具や家を直すのと、死んだ土地を蘇らせるのとでは、ワケが違う。ゲームで言えば、アイテムのエンチャントと、マップそのもののエディットくらいの差がある。
「カイリ、本気なの?」
僕の隣に立つリリアが、心配そうに尋ねてきた。
「ああ、本気だ。もちろん、やってみないと分からないけど、試す価値はある」
僕は頷き、村人たちに向き直った。
「これから僕がやることは、皆さんには魔法のように見えるかもしれません。でも、これは僕のスキルによるものです。どうか、驚かずに見守っていてください」
前置きは、これくらいでいいだろう。
僕はリリアと村長さん、そして数人の村人と共に、問題の畑へと向かった。
改めて見ても、ひどい土地だ。
地面は白っぽく乾ききっており、ところどころに深い亀裂が走っている。雑草すらまばらにしか生えていない。生命の気配が希薄な、まさに「死んだ土地」だった。
「本当に、こんな土地が蘇るのかねえ……」
村人の一人が、諦めきった声でつぶやいた。
無理もない。彼らは何十年も、この土地に裏切られ続けてきたのだから。
僕は畑の中心に立ち、ゆっくりと目を閉じた。
意識を集中させ、魔力を練り上げる。この数日間で、スキルの使い方にもだいぶ慣れてきた。魔力消費の感覚や、効果範囲の限界も、なんとなく掴めてきている。
今回の対象は、この広大な畑全体。
今までで最大規模の【再翻訳】だ。失敗する可能性も十分にある。
『いや、失敗は許されない。この村の未来がかかってる』
僕は、自分の認識できる限りの畑の範囲を、頭の中に描き出す。東の小川から、西の森の入り口まで。南の丘陵から、北の村はずれまで。その全てを、一つのオブジェクトとして捉える。
そして、スキルを発動する。
これまでで最大級の魔力を込めて。
『スキル【再翻訳】、発動!』
僕の頭の中で、2つの概念が激しく衝突する。
対象となる現在の概念――『生命力を失った不毛の大地』。
そして、これから書き換える未来の概念――『あらゆる作物を育む豊穣の大地』。
ズズズ……ン、と。
地面が、わずかに振動した。地震とは違う、もっと地中深くから響いてくるような、重たい振動。
村人たちが、息を呑むのが分かった。
「な、なんだ……!?」
「地面が、動いてる……?」
僕は目を開けた。
そして、目の前で繰り広げられる光景に、自分でも驚愕した。
カサカサに乾いていた土が、みるみるうちに潤いを取り戻していく。白っぽかった色は、生命力に満ちた黒々とした色へと変わっていく。地面を走っていた亀裂は、まるで傷が癒えるように、ひとりでに塞がっていく。
それは、まるで世界が早送りされているかのような、幻想的な光景だった。
「……土の、匂いがする」
リリアが、震える声で言った。
そうだ。今までこの畑にはなかった、あの豊かな土の香りが、風に乗って鼻腔をくすぐる。雨上がりの森のような、生命力に満ちた匂いだ。
やがて、振動が収まった。
僕の目の前には、さっきまでとは全く別の畑が広がっていた。
ふかふかとした、黒い土。触れれば、しっとりと湿り気を帯びている。どこを掘っても、ミミズや微生物が元気に活動しているのが分かるだろう。
完璧な、理想的な畑土だ。
「……成功、か」
僕は、安堵のため息をついた。
魔力を一気に使ったせいで、立っているのがやっとなくらい、頭がくらくらする。
僕の背後では、村人たちが言葉を失って立ち尽くしていた。
ある者は膝から崩れ落ち、ある者は天を仰ぎ、またある者は、ただただ涙を流していた。
「……夢、じゃ……ないのか……?」
村長さんが、震える手で土をすくい上げた。その手の中で、黒い土がほろりと崩れる。
「おお……おおお……!神よ……!」
村長さんは、その場にひれ伏して、天に感謝の祈りを捧げ始めた。
いや、村長さん、感謝する相手は神様じゃなくて僕なんですけど。とは、さすがに言えなかった。
「カイリッ!!」
リリアが、僕に駆け寄ってきて、勢いよく抱きついてきた。
「すごい、すごいよ!本当に、畑が……畑が生き返った!」
「ああ。これなら、きっと大丈夫だ」
僕は、リリアの背中をぽんぽんと叩きながら言った。
彼女の体は、喜びで小刻みに震えていた。
***
その日から、村の雰囲気は一変した。
誰もが希望に満ちた顔で、新しい畑を耕し始めた。生まれ変わった農具を使えば、ふかふかの土を耕すのは驚くほど簡単だった。
僕たちは、麦や芋の種を蒔いた。
すると、信じられないことが起きた。
種を蒔いた翌日には、もう小さな芽が出ていたのだ。
そして、その芽は、ぐんぐんと、目に見えるような速さで成長していく。
「なんだこりゃあ!昨日蒔いた種が、もうこんなに育ってる!」
「水やりが追いつかねえ!」
村人たちは、嬉しい悲鳴を上げながら、作物の世話に追われた。
【再翻訳】によって生まれた豊穣の大地は、僕の想像を遥かに超えるポテンシャルを秘めていたらしい。
作物が育つのを待つ間、僕は村のインフラ整備にも着手した。
まずは、水路だ。
今までは、村の東側を流れる小川から、桶で水を汲んで運んでいた。これは大変な重労働だ。
僕は、小川から畑まで続く、新たな水路を作ることにした。
もちろん、クワやスキで掘るわけじゃない。
僕は、地面に向かって手をかざした。
『【再翻訳】、発動。対象、この「平坦な地面」。翻訳後の概念、「畑まで水を引き込むための水路」』
ゴゴゴゴゴ……。
地面が、ひとりでに裂けていく。まるで巨大なモグラが地中を進むかのように、土が盛り上がり、みるみるうちに水路の形ができていく。
そして、小川の水が、まるで意志を持っているかのように、その新しい水路へと流れ込み始めた。
「おおおおおおおっ!!!」
見ていた村人たちから、地鳴りのような歓声が上がった。
もはや、彼らは僕が何をやっても驚かない。ただただ、神の御業を見るかのように、その光景に熱狂していた。
次に、僕は井戸を掘った。
村の中心にある、枯れてしまった古い井戸。
『【再翻訳】、発動。対象、「枯れた井戸」。翻訳後の概念、「清らかで美味しい水が無限に湧き出る井戸」』
ゴポポポッ、という音と共に、井戸の底から勢いよく水が湧き出してきた。あっという間に、井戸はなみなみと水で満たされた。
汲み上げて飲んでみると、驚くほど冷たくて、美味しい水だった。
農具、家屋、畑、水路、井戸。
村の生活に必要なものが、僕のスキルによって、次々と生まれ変わっていく。
忘れられた谷は、もはや「忘れられた」場所ではなかった。それは、奇跡が起きる場所、「希望の谷」へと変貌を遂げつつあった。
***
僕がこの村に来てから、1ヶ月が経った頃。
畑の麦が、見事に実った。
黄金色に輝く麦穂が、風に吹かれてさわさわと揺れている。その光景は、まるで絵画のように美しかった。
収穫の日、村は祭り一色となった。
子供から老人まで、誰もが笑顔でカマを振るう。
収穫された麦の量は、今までの何十年分にも匹敵するほどだった。
その日の夜は、盛大な収穫祭が開かれた。
広場には焚き火が焚かれ、村人たちがその周りで歌い、踊る。
僕とリリアは、少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
「すごいね。みんな、あんなに嬉しそう」
リリアが、幸せそうに目を細めて言った。
「ああ。本当に、良かった」
僕も、心の底からそう思った。
自分の力が、誰かをこんなにも笑顔にできる。
その事実は、僕の胸を温かいもので満たしてくれた。
「これも全部、カイリのおかげだよ。ありがとう」
リリアは、僕の顔をまっすぐに見つめて、言った。
「礼を言われるようなことじゃない。僕が好きでやったことだ」
「それでも、あたしは言いたいんだ。カイリ、この村に来てくれて、本当にありがとう」
彼女の真剣な言葉に、僕は少し照れてしまって、視線を逸らした。
焚き火の光が、リリアの横顔を赤く染めている。
『……悪くない』
追放されて、全てを失ったと思った。
でも、今、僕の手の中には、確かにある。
かけがえのない、温かいものが。
この居場所を、この笑顔を、守りたい。
僕は、夜空に誓うように、強く、そう思った。




