エピローグ「そして、物語は概念となる」
あれから、10年という歳月が流れた。
辺境の小さな村だった「希望の谷」は、今や、大陸でも有数の、独立都市国家「カイリア」として、その名を知られるようになっていた。
……そう、結局、町の名前は、リリアとミナに押し切られる形で、「カイリア」になってしまった。
最初は、恥ずかしくて、自分の名前が呼ばれるたびに、びくびくしていたものだが、今では、すっかり慣れてしまった。
僕は、このカイリアの、初代都市長として、日々、町の運営に携わっている。
と言っても、堅苦しい仕事ばかりではない。
僕が作った、この町の基本的なルールは、たった1つ。
「誰もが、自由に、そして、幸せに暮らすこと」。
それだけだ。
町には、様々な人種、様々な職業の人々が集まり、活気に満ち溢れている。
かつて僕を追放した王国とも、今では、対等な立場で、国交を結んでいる。
アルクライト家は、あの後、権威を失墜し、すっかり没落してしまったと聞く。
父や兄が、今、どうしているのか、僕は知らない。
知りたいとも、思わなかった。
僕の隣には、いつも、2人の女性がいてくれる。
一人は、太陽のような笑顔を絶やさない、美しい女性に成長した、リリア。
彼女は、僕の公私にわたる、最高のパートナーだ。
町の運営で、僕が頭を悩ませていると、いつも、的確なアドバイスをくれる。
そして、時には、僕の手を引いて、畑仕事に連れ出してくれる。
「あんたは、たまには、土に触ってないと、ダメになるからね」というのが、彼女の口癖だ。
もう一人は、しとやかで、美しい銀髪を持つ、ミナ。
彼女は、かつての怯えた少女の面影はなく、芯の強い、優しい女性になった。
彼女は、町に作られた、孤児院の先生として、子供たちの面倒を見ている。
子供たちに、絵本を読んでやっている時の、彼女の優しい眼差しを見るのが、僕は、大好きだった。
僕たち3人の関係を、人は、色々と噂する。
でも、僕たちにとって、そんなことは、どうでもよかった。
僕たちは、ただ、かけがえのない、家族だった。
***
ある晴れた日、僕は、3人で、思い出の丘の上にいた。
眼下には、僕たちが、共に作り上げてきた、美しい町並みが広がっている。
「本当に、大きな町になったね」
リリアが、感慨深げに言った。
「うん。みんな、しあわせそう」
ミナが、優しく微笑んだ。
僕は、そんな2人を見ながら、静かに、自分のスキルについて、考えていた。
【再翻訳】。
この力は、僕に、多くのものを与えてくれた。
でも、この町を作ったのは、本当に、僕の力だけだったのだろうか。
違う、と僕は思う。
この町を作ったのは、リリアの、太陽のような明るさだ。
ミナの、誰かを思いやる優しさだ。
そして、この町を愛する、全ての人々の、希望だ。
僕のスキルは、ただ、その「きっかけ」を、作ったに過ぎない。
「不毛の大地」を「豊穣の大地」に変えることはできても、そこに、作物を植え、育て、収穫するのは、人々の力だ。
「戦意」を「郷愁」に変えることはできても、その先にある、平和な未来を築いていくのは、人々の意志だ。
僕の力は、万能ではない。
でも、だからこそ、いいのかもしれない。
不完全だからこそ、人は、手を取り合い、協力し合うことができるのだから。
「ねえ、カイリ」
リリアが、僕の顔を、覗き込んできた。
「あんた、今、幸せ?」
唐突な、質問だった。
僕は、少しだけ、考える。
そして、隣にいる、リリアとミナの顔を、見つめた。
彼女たちは、僕の答えを、静かに待っている。
僕は、心の底から、こみ上げてくる、温かい感情を、そのまま、言葉にした。
「ああ。定義上、これ以上の幸せは、存在しないと思う」
僕の答えに、2人は、顔を見合わせて、花が咲くように、笑った。
僕たちの物語は、いつか、終わるだろう。
僕も、リリアも、ミナも、いつかは、この世界から、いなくなる。
でも、僕たちが作った、この「カイリア」という町は、僕たちが紡いだ、「希望」という物語は、きっと、これからも、ずっと、続いていく。
人々の心の中で、新しい「概念」として、生き続ける。
そう、信じている。
僕は、2人と共に、僕たちが作り上げた、美しい世界を、いつまでも、眺めていた。
風が、僕たちの髪を、優しく、揺らしていた。




