本日の休憩
三題噺もどき―ななひゃくごじゅうはち。
くるりと、えんぴつを回す。
視界の端をその先端が素早く横切っていく。
削れた芯の先が月明かりを受けて、小さく光る。
「ふぅ……」
机にかじりつくような姿勢になっていた背中を伸ばし、息を吐く。
そのままの勢いで、椅子の背に体重を預け、体の力をすこし抜く。
ギシ―と椅子の悲鳴を背中に感じながらも、体重を預けるのをやめない。
「……」
回したえんぴつは机の上に置き、書き込みをしていた紙だけを目の前に持ってくる。
かけていた眼鏡が下にズレていたことに気づき、上にあげる。
これはブルーライトカットの入った、ただのパソコン作業用のものだから、外してもいいのだけど。まぁ、まだパソコンをいじるかもしれないから外すのは後にしよう。
光の反射のせいか若干見づらさはあるにはあるが。
「……」
目の前に持ってきた紙をじぃと眺める。
抜けがないか、見落としがないか、間違いがないか。
……同じことを言っていただろうか。いいかどうでも。
ようはミスがないかという事を、確認しているだけだ。
「……」
一枚目が終わり、二枚目を手に取る。
「……」
さすがに慣れた作業ではあるのだけど。
目が疲れるし、細かいモノを見るのもなかなかに大変なものだ。
「……」
今こうして確認をしてはいるが、あとでもう一度確認をしなくてはいけない。
一度離れてから気付くこともあるからな。
「……」
二枚目の終わり、そのまま三枚目に手を伸ばした。
「ご主人」
ところで、お呼びがかかった。
「……」
ヘンな姿勢のまま固まってしまった。
いつまでたってもノックというものを覚えない、うちの従者が部屋の入り口に立っていた。
もういちいちノックをしろと言う事もなくなったが、やはり言い聞かせた方がいいのだろうか。
別に急に開けられても何も問題はないのだけど、何かしていたらどうするつもりなのだろう。
「……別に何もしないですけれど」
「勝手に読むな」
「別に読んでません。分かりやすいんですよご主人は」
「……」
そう言うのはお前だけだとは、言わないでおこうか。
大抵他のには何を考えているか分からないと言われることの方が多い。
まぁ、表情なぞとうの昔に抜け落ちているだろうから当たり前なのだけど。
「それより休憩にしましょう」
「……あぁ、」
時計を見ていなかったが、もうそんな時間だったのか。
今日は久方ぶりに、なかなかに集中の続く日だったようだ。
大抵は同じ時間に集中が切れ始めて、コイツがそろそろ来るだろうと思いながら仕事をしているのだけど。
「……何を作ったんだ?」
机の上をすこし片付けながら、鼻を動かす。
開かれた戸の奥から、キッチンの香りが漂ってきていた。
やけに甘い匂いがする……最近はハロウィンだからと言って黒かったり紫だったりはたまたオレンジだったりのものを作っているのだけど。
「今日はチョコレートです」
「……チョコ?」
また珍しくシンプルなものを作ったのだな。
「正しくは、チョコフォンデュです」
「……」
なるほどそれでこんなに胸焼けしそうな甘い匂いが漂っていたのか。
甘いものが嫌いなわけではないが、何事にも限度というモノがある。
「……苦めのコーヒーを作ろう」
「じゃぁ、ココアを淹れますね」
たまにこいつは訳の分からないことを言うな。
まぁ、味は保証されているから、ほどほどに楽しむとしよう。
「……しかしまた何で突然」
「なんとなくです」
「……なんとなくでやっていいモノではないだろう」
「いいんですよ」
お題:オレンジ・えんぴつ・チョコレート




