瞬きのスポットライト
千秋楽の夜。
満席の劇場。
舞台中央に立つ陽翔は、スポットライトの強烈な光に包まれている。
観客の視線は、彼の一挙手一投足に注がれていた。
陽翔は舞台俳優としての名声を手にしていた。
役者の道を志し、身一つで劇団に入団。つらく厳しい下積み時代を経て、ここ数年でようやく主演を務められるようになった。
そんな陽翔にこの舞台の主演オファーが来たのは1年くらい前のこと。
家族を守るために自己犠牲を選ぶ主人公の物語だ。
脚本を受け取った瞬間から、陽翔は心のざわめきを抑えられなかった。
物語の最後の台詞が、彼の胸に強く響いたのだ。
『何かを選ぶことで、何かを失うこともある。それでも……』
稽古中、その言葉を繰り返すたびに、何年もあえて見ないようにしていた感情が揺れ動いた。
……何度も断ろうかと思った。
しかし、陽翔はその感情に蓋をし、稽古中も、公演が始まってからも、完璧な演技を追求し続けた。
それが、己の選んだ道だから。
そして迎えた千秋楽。
物語のクライマックス。
陽翔の声が劇場全体に響き渡る。
『何かを選ぶことで、何かを失うこともある。それでも……後悔なんてない。……愛しているよ』
その瞬間、陽翔の瞳から涙がこぼれ、頬を伝った。
涙はスポットライトの光を受けて輝き、観客は息をするのも忘れるほど彼の涙と演技に魅了された。
陽翔の声に代わり、静寂が劇場を包み込む――それが終演の合図だった。
幕が降り、舞台袖へと下がる陽翔に、真っ先に駆け寄ってきたのは監督だ。
厳しいことで有名なこの監督が、まるで子どものように興奮しながら陽翔の両肩をつかんで叫んだ。
「陽翔! どうしたんだよ、最後の涙! 今まで涙なんて流してなかったじゃないか!」
そう。最後の場面で涙を流したのは、この千秋楽が初めてだった。
稽古中も、昨日までの公演でも、陽翔は涙を流していない。
脚本の中にも、ト書きにすら「涙を流す」とは書かれていなかった。
陽翔の涙に驚いたのは監督だけではない。他のキャストやスタッフも同様だ。
彼らが陽翔をもみくちゃにしていると、
「ハ・ル・ト! ハ・ル・ト! ハ・ル・ト!」
客席から拍手と陽翔コールが始まった。
監督、キャスト、スタッフたちが慌ててカーテンコールの準備をする中、彼らから解放された陽翔は、舞台袖の奥に置いておいたスマホを手に取った。
電源を入れて、連絡先を開く。
少しスクロールして止めた画面に浮かび上がるのは、「実家」の文字。
劇団に入団してからは、一度も使ったことのない連絡先だ。
昔のことを思い返しながらぼんやりスマホをいじっていると、
「陽翔さん、もうすぐですよ。名前を呼ばれたら舞台中央に進んでくださいね!」
「え? あ、ああ……ありがとう」
スタッフの声掛けで現実に戻った。
舞台の方に目をやると、いつの間にやら幕がまた開いている。
監督や脚本家、キャストたちが、一人、また一人と、名前を呼ばれて舞台に出ていく。
そのたび、客席から大きな歓声と拍手が湧き起こる。
陽翔は画面をタップして元あった場所にスマホを置き、舞台袖に戻り、名前を呼ばれるのを待った。
大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
息を吐ききったところで名前を呼ばれた。
カーテンコールのスポットライトが、再び陽翔を照らし出す。
観客からの歓声と拍手を受けながら、陽翔は一瞬、目を閉じる。
まぶたには、スポットライトの鮮明な光。耳には、目を閉じていっそう強く鳴り響く拍手と自分の名前を呼ぶ声。そして、心に浮かんでは消える今日までの日々――。
陽翔は目を開け、顔を上げ、鮮烈な輝きと熱狂の中へと一歩を踏み出した。
しし座は孤独なエンターテイナー




