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当たり前のその先に

久美子は湯気の立つ味噌汁を手に、食卓を整えた。

亮太が制服の袖を引きながら席につく。

仕事から帰ってきた真司も手を合わせて箸をとる。

家族で囲む夕食の時間は、久美子にとってなによりもの幸せだ。


「亮太、今日は部活、どうだった?」

「うん、まぁ普通かな」

久美子に声をかけられ、亮太は言葉少なに答えながら箸を進める。


短い返事にも、日々成長する亮太の姿が垣間見られて、久美子は安心感を覚える。

どんな形であれ、こうしてみんなで家族でいられれば、なにも言うことはない。




真司はご飯を口に運びながら亮太の方を見る。

高校生になってから、亮太も急に男っぽくなってきた。

リビングの棚に飾ってあるほんの数か月前の家族写真には、まだあどけなさの残る亮太が写っている。

真司はふと久美子に視線を移した。

「……俺たち、なんだかんだで長いこと一緒にいるな」

「そうね。亮太もこんなに大きくなったし」

久美子は微笑む。


その短いやり取りの奥で、真司はある記憶をそっとすくい上げていた。

久美子と話し合ったあの日――それは、2人が将来について本気で向き合った日だった。

『努力ではどうにもならないことがある。自分たちでは世間一般で言うところの家庭は築けない。それでも、一緒に生きていきたい』

久美子に誓ったその言葉は、今も真司の心に深く刻まれている。

そして、亮太の存在が、その後の自分たちを導いてくれた。


「進路とか考え始めてるのか?」

「え? 僕まだ高校に入ったばかりだよ?」

真司の気の早い問いかけに、亮太はあきれながら苦笑する。


亮太もいずれ大人になり、この家を出ていくのだろう。

でも、食卓を囲むこの家族の談笑が、あの日の選択は間違いではなかったと証明しているはずだ。

真司は改めてそう感じた。




亮太は箸を動かしながら2人の会話を聞いていた。

夕食の時間は、自分にとってごく普通のことだ。

けれど、今日みたいに、心のどこかで小さな違和感を抱く瞬間がある。


(長いこと一緒にって……夫婦なら当たり前じゃん。今日って、2人の結婚記念日だったっけ? ……いや、そもそも、2人とも結婚記念日を教えてくれないんだよな……)


不思議なことはまだある。

家族写真は3年に1度という変なルールだ。

なんでも、自分が生まれたときの写真は早々にデータが飛んで失われてしまったらしく、あまりの喪失感にそもそも写真を撮らなければいいのではないかという結論に至り、でもやっぱり少しくらいは……ということで、自分が3歳になったときにこのルールを施行したのだとか。

確かに、自分の一番古い写真は3歳のときのものだ。


リビングの棚に並べられた5つの写真立て。

昔と今とでは、この家族写真を見ていて感じることが違う。

ここがどれほど大切な場所かは分かっている。

それでも、その奥にあるものを知りたがっている自分がいる。




夕食の後片付けを終え、リビングで1人、久美子は棚に並べられた家族写真を眺めていた。

写真の中の3人の笑顔を見るたび思う。

あのとき――真司も自分も、別れて他の人と結ばれたとしても、家族や家庭というものを作れないと分かった日――このままで、2人で一緒にいることを選んだ。

そして、亮太が2人に「1つの答え」を与えてくれた。

なにも間違ってなどいない。

形式も血も関係ない。

これが真司と自分にとっての家族なのだ。


それでも、亮太の姿を見て、胸に問いが浮かぶことがある。


「いつか亮太に、本当のことを話さなくてはいけないのかしら……」


ふと漏らした言葉は、静かなリビングに吸い込まれていった。

かに座は家庭人

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