マリーへ。
マリーには、特別なおやつがあった。
それは、丸い缶に入った、ふわふわのミルククッキー。ひと口かじるだけで、ほんのり甘く、優しい気持ちになる。
毎年決まった日になると、知らない間にテーブルにいつもの缶が置かれている。それは小さい頃からずっと続いているが、母が買ってきている様子もない。
「お母さん、これ、誰がくれるの?」
そう聞いても、母はいつも何も言わずに微笑むだけだった。
その日、マリーは缶の底にある文字に気づいた。
「あれ……?」
今まで気づかなかったが、かすかに文字が刻まれている。
『マリーへ。君が生まれたときに渡すはずだったもの』
「私が生まれたとき……?」
不思議に思いながらさらによく見ると、日付も添えられていた。
日付は、19年前。
「19年前? この日……何の日だろう?」
日付に心当たりはない。自分の誕生日というわけでもない。
そもそも、マリーは10歳。19年前に、マリーへのメッセージが書かれるはずがない。
何かヒントはないかと、マリーは母の机の引き出しを開けてみた。
そこには、一冊の古いノートがしまわれていた。母がずっと大切にしているものだ。
開くと、最初のページには一言の言葉が書かれていた。
『マリーへ。』
次のページにはミルククッキーのレシピ、レシピの最後には日付もあった。缶の底の日付と同じだった。
「あれ? この字……」
マリーは、ノートの字に見覚えがあった。
まだもう少し幼い頃に見た、母の机の上に置かれていた、古い便箋。
『世界で一番、君のことが好きだよ。』
字はまだ読めないながらも見ていたら、母が恥ずかしそうに引き出しの奥へしまい込んだ、父から母への手紙。
「お父さんの字だ……」
父は、マリーが生まれる前に亡くなっている。
このノートは、父が残したもの。
その中に、ミルククッキーのレシピが書かれている。
さらにページをめくると、もう一行、違う色のインクでメッセージが書かれていた。
『このクッキーを、いつかマリーに届けてほしい。』
「こらこら、マリー。人の引き出しを勝手に開けちゃダメって、いつも言ってるでしょう?」
ノートに見入っていたら、母が隣に立っていた。
母はノートをそっと閉じて大切そうに抱え、マリーをテーブルへと促し、自分も椅子に腰かけ、
「これはね、お父さんがマリーのために作ったレシピなのよ」
テーブルに置いたノートに両手を添えて、ぽつりとつぶやいた。
「でも、19年前じゃ、私まだ生まれてないよ?」
「ええ。でも、マリーのためなの」
「? どういうこと?」
「……お父さんはね、ずっとマリーのことを想っていたのよ。マリーのことも……マリーのことも……」
「???」
きょとんとするマリーの顔を見つめ、母は静かに微笑み、ほんの少し目を伏せた。
マリーは、缶の中の最後のクッキーを手に取ってそっと口に運んだ。
「うん……おいしい」
その甘さは、いつかの時間からそっと流れてきたようだった。
おうし座は甘いものが好き