第92話 オウカ襲来
「――オウカ・アキツシマ⁉」ナルシスは、廊下に現れたその人物に驚きを隠せなかった。「何故、ここに?」
彼は、聞き慣れない随分大きなエンジン音が続いたのを不思議に思ったのだ。ましてそれがここで一度止まったとなると、様子を見に行かないわけにはいかない。誰か自分以外の人間がここに来たということになる。もしそれが別の同盟相手だったとすればその情報は得たかったわけだが――そこにオウカがいたというのは、ナルシスにとって大きな衝撃だった。
「あら、ダイモン様。ご機嫌麗しゅう」
一方のオウカは全く動じた風もなくワフク姿で軽く会釈をした。カンザシがちゃりんと金属音を立て、彼女の涼し気な態度を更に加速させた。
「あ、ああ、ご機嫌だ……」ナルシスは、おかげで更に動揺した。「ってそうじゃない。何故君がここにいる。何しにここに来た」
「あら、これは異なことを仰いますわね。私はダイモン様のいるところなら火の中水の中アナタ様の布団の中、どこでも参りますわ♡」
「それについては今すぐにでもキャーと叫びたい気分だが……質問の答えになっていないぞ」
「それはそうでしょう。冗談ですから――あ、でももちろん私のアナタ様への想いは本物ですわよ⁉ それは嘘ではなくってよ⁉」
…………。
正直、ちょっと嘘であってほしかったが……。
「ま、まあいい。それよりどうして僕がここにいると知っていた? 君が知れるとは思えないんだが……」
人気のないところで車を乗り換えたのもそうだが、そこから先はヒライズミ家による情報封鎖があったはずだ。いくら愚恋隊が優秀な情報収集班を持っているからといっても、この一財閥の能力を超え得るものではないはずだ。ナルシスはそう考えた。
「?」が、オウカは首を傾げた。「ダイモン様。少々勘違いをなさっているようですわね?」
「何がだ」
「結論から言えば、私はアナタ様がここにいることを知らなかった――別件で呼び出されたということになりますわね」
「別件――いや、呼び出された? ヒライズミ家にか?」
「ええ。当然ですわね」
当然?
なおのこと、ナルシスには状況がよく分からなくなった。愚恋隊は独立した組織であったはず。まさか、ヒライズミ家が新たに声をかけたのか? ……いや、彼らは私兵を持っている。軍事的にはそれで充分なはず。それにそもそも、いつの間にオウカと連絡が取れるほどのコネクションを構築していたというのだ、既にそれがある初恋革命党を通さずして――?
「……オウカ。一つ聞きたいことがある」すると、ナルシスはある一つの可能性に辿り着いた。考えづらい話ではあるが、あり得ないとまでは言えない。「まさか、君たち愚恋隊は、ヒライズミ家に借りがあるのか? それも、物理的な?」
よくよく考えれば、彼らが勢力を回復したというのは、変な話なのだ――単に彼らの唱える主張に賛同した人間が増えただけでは、そうはなるまい。確か、彼らの資金源はあくまでも引退者によるものだったはず――いくら新規加入者が増えたからといって、それもまた増えるわけではない。
だとすれば、どうやって新隊員たちの装備や、訓練費とその場所を調達しているのだろうか? ――手っ取り早いのは、誰かから借りることではなかろうか、ということだ。
「――」オウカは、あっけらかんとした顔で言った。「ええ。お借りしています。それが何か?」
「……おいおい」
ナルシスは、頭を抱えたい衝動に駆られたが、オウカの前でそうするのは何とか堪えた。
はっきり言って、最悪の事態だ。
どのような方法で革命をするにせよ――それがヒライズミ家抜きでやるという方法であるならば――愚恋隊はその先鋒として重要な役割を担うはずなのだ。いくら初恋革命党も軍事部門を持っているといっても、その大半は素人が武器を持っただけの存在である。そして訓練も大々的にはできていない。
それがどうだ。
実際には既に初恋革命党と同じ軛に陥っている。
それはつまり、ナルシスのプランは破綻したと言ってもいいということ――しかもオウカはそれについて何ら警戒をしていない。
「何の問題があるのですか?」オウカは不思議そうに続けた。「私たち愚恋隊もヒライズミ家も同じ方向を向いている。アナタ様方と同じように、です。ならば手を組むのが上策というもの――違いまして?」
「違わないさ。違わないが……」
「アナタ様にはこだわりがおありなのでしょうが、生憎と私はその辺り貪欲でして。そうでなければ組織というものを生かしておけないのです。アナタ様にしたって、彼らから力を借りたのでしょう? ……なら何もそこに違いはないではないですか」
「…………」
ナルシスは冷や汗を掻いた。どうしてオウカほどの人間がこの程度のカラクリに気づかずにいられるのだ? それともただ返せばいいというものと誤認しているのか? 確かに、愚恋隊の戦力からすれば返すことが可能と判断するのもおかしくはないが……しかし、その返すという行動が、結局は上下関係を作ってしまうということになるのに。
「オウカ――」ナルシスの焦りは言葉になった。「それなら、少し話がしたい。いずれにしても、革命をどう進めるかについて、相談したいことがある。これは初恋革命党党首として同盟相手である愚恋隊頭領の君への依頼だ。受けてくれるな?」
「それはもちろん。でもそれは先約を済ませてからのこと。今日の夜にでも時間を作るということでよろしいかしら?」
「先約?」
「ガンイチロウ様に決まっているでしょう――出資者への挨拶回りはテロ組織の基本でしてよ」
――それでは遅すぎる!
ガンイチロウと話してからでは、彼の持つ毒に汚染されてしまう。きっと、彼は更なる出資や物資提供を申し出るだろう。革命遂行のためという方便を使って、愚恋隊を絡めとるだろう。
もしかすると、ガンイチロウはそれすらも織り込み済みなのかもしれない。初恋革命党が愚恋隊と関わりがあるということを愚恋隊経由で知っていたとしたら、呼びつけたのも離間を狙った策として放ったに違いない。
「どうされました、ダイモン様。随分顔色が――」
「オウカ・アキツシマ」彼の声を遮って、ナルシスはその肩を掴んだ。「頼む。この僕に付き合ってくれ」
そうするしかないと思った。何としても、愚恋隊を自分の側に置いておかねばならない。そのためには、ガンイチロウに先んじて、かつ彼にできないほど腹を割って話す必要がある。先手を切り、その勢いのまま離さないように繋ぎ止める。それしかない。
「ひゃ、ひゃい⁉」だがその瞬間、彼の頭から湯気が飛び出した。「付き合っ……⁉」
「ああ。少しの間でいい。五分でも構わない。君の時間を僕にくれ。大事なことなんだ」
「そ、そんな、五分だなんて……私は一生だって……」
一生?
何か変な言葉遣いだと思ったが、オウカのそれはいつだって一風変わったものだ。その延長上にあるものだろう。どこかロマンチックに言いすぎる癖があるのだ、彼は。
「む? そうか? ……じゃあ行こう。ここじゃ困るだろう」
それからナルシスはオウカの手首を掴んで連れて歩こうとした。予想より細いそれに戸惑うこともない。そんな時間はもったいない。後が詰まっているというのなら、尚更だ――変に遅れて怪しまれるのはそれはそれで困ったことになるだろうという考えがあった。
「ちょ、ちょっと⁉」
が、オウカの方はどうにも慌てた様子だった。振り解いたり立ち止まったりはしなかったが、躊躇というか、不準備に直面している様子であった。
「ン、何だ?」
「あの、どちらに……?」
「僕の部屋だ。といっても、ゲストルームだが……」
「へ、部屋⁉」
「嫌か?」
「いえ全然⁉ でも……その、こちらにも心の準備というか」
一瞬その言葉にナルシスは首を傾げるが、すぐに思い当たる。
「ああなるほど、スズナのことが気になるか」
「え、ええ、まあ……」
「こちらとしては彼女が一緒にいてくれた方がいいとは思うのだが――」
「⁉」
「――まあ、そちらが気にするのなら別の方法を取るだけのことだ。そこら辺の男子トイレでいいか?」
「よくありませんが⁉」
「女子トイレの方がよかったか? しかし僕は見てくれも男だからな。そういうわけにもいかない」
「そういう問題ではありません……! 私、初めては布団を敷いて三つ指ついてと心に決めておりますの。アナタ様がお望みならどのような形でもと思いましたが、そのような猥雑なことを仰るのは……!」
「?」猥雑?「初めてでもないだろう。僕と君との仲だろ?」
「仲だからです! いや、そういうわけでもなかったとは思いますし初めてだと思いますが……とにかくこういうことはもっと慎重に……!」
「…………」
慎重に。
確かにその通りかもしれない――ナルシスはふと立ち止まって、自分が少し急ぎすぎたことを感じた。これでは、呼びつけるようなやり方をするガンイチロウとそれほどやっていることは変わらない。いくら統帥権を握った――のだろう、幹部会に通して――とはいえ、やっていいことと駄目なことはある。これは後者だ。
「……分かった」ナルシスは振り返った。「君がそう言うなら、一度待つことにしよう。今日の夜、ゲストルームへ来てくれ。スズナが寝静まったら外に出て合図する。それでいいか?」
「……!」オウカの目が何故か光り輝いた。「ええ、ええ! もちろんですとも!」
それから、ナルシスの手を横から両手で握り込む。そのどこか恍惚とすらしている表情にナルシスはやはりどこか違和感を覚えたが、それを問い質すことができるほどの判断材料は彼になかった。
「オウカ・アキツシマ様」そして、その時間も。「ガンイチロウ様がお待ちです。お早く……」
黒いスーツを着たヒライズミ家の私兵が、オウカを呼んだのだ。彼はそれにええありがとう今行きますと返事をしてくるりと身を翻した。少し甘い桃の香りがしたような気がナルシスにはした。
「それではダイモン様。また後で――御機嫌よう」
「ああ。御機嫌よう」
そう言ったナルシスは、最早さっき覚えた違和感について、全て忘れてしまった。
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