第85話 大暴落
ゲストルーム――ハナレには、既に布団が敷かれていた。何平方メートルあるのかも分からないほど広い部屋を中心にいくつかの小部屋が点在している。既に布団は敷かれていて、どういうつもりか枕は隣り合っていた。
「さて……」ナルシスはそれを端と端にずらしてから、荷物を脇へ置いた。「話し合おうじゃないか、スズナ君?」
スズナは、そのとき部屋の隅や調度品などを見て回っているようだった。彼女の実家だろうに、ここには来たことがなかったのか? ……いずれにしても彼女はそれを続けた。まるで語り合う必要などないかのように。
「スズナ君。君が非協力的なのは今の今に始まったことではないが、だとしてこれはあまりにナンセンスだ。そろそろ僕たちの協力関係に悪影響を及ぼすレベルに入っている。いい加減にしたまえ」
「悪いがこっちは今取り込み中だ。少し待て」
「ホテルの部屋じゃないんだ。一々部屋の欠陥を事前チェックして後で指摘されないようにする性格でもないだろう、ガンイチロウは」
「どうかな? 俺にはそうは思えないんだがな」
そう言って、彼女は一瞬だけ振り返り、手に持っていた小さい何かをナルシスに向かって投げた。手首だけを利かせたのに、それは放物線ではなくほとんど直線で彼の額に向かった――のを、彼は彼であっさり掴んで見せた。
その手を広げてみると、そこにあったのは何かの機械のパーツ――だったものだった。だったものというのは、それが潰されているからである。彼女が潰したのだろうか?
「何だこれは」
「盗聴器だ。家具の陰やらに落ちていた。今探知機を使って虱潰しにしているところだ」
「……そんなことをしていいのか? というか、潰していると言っていいのか?」
「向こうもこれぐらいは織り込み済みだろう――むしろ、その言葉はアイツにこそ返すべきだと思うぜ。こんなことを将来の同盟相手にしていいのかってな」
「……どうかな、部下の暴走と言うことはあり得る」
「だったら、それを黙認しているのは問題だろう。認識していないとしたら、もっと問題だ」
そう言いながら、スズナはテキパキと、持ち込んだらしい探知機とやらで一つ一つ破壊していった。指先一つで――それが一体何キロの握力なのかは想像したくもないが、それが発揮されないまま話し合った場合のことは、もっと想像したくもなかった。
「さて、終わった――それで、何を話すんだ?」
「単刀直入に言う。」ナルシスは仕切り直すように、言った。「君、どこまで話した?」
「どこまでって?」
「情報だ。どこまでガンイチロウに渡した?」
「…………」
「黙っていても大体想像はつく。ほとんど全てだろう。恐らく僕の本当の目的についてもバレている。君が明かしたとしか考えられない」
本当の目的。
エーコ・ノ・オオクラ=キャビネッツのため――革命を起こすと。
「何故そう思う?」
「僕と君との対比にシャルルとエーコさんを使った」
「……それだけか?」
「違う。そこだけ、だ――そこだけ、わざと見せてきた。他は知らないふりをしていたが、敢えて感づかせるように動いた。全ては君と僕とを仲違いさせるようにな」
「なら、こうして問い詰めるのは間違った行為だろう。まんまと奴の思惑通りに動いている。今すぐやめるべきだ」
「ああ、そうだな。だが続ける。君はずっと黙っていたわけだ。党主である僕に対して、誰が君の背後にいて党を支援しているのかを」
「聞かれなかったからな」
「聞かれなくても示すべきだった。これほど重要なことを黙っていたのは副党首として怠慢だというものだ」
「その理屈でいくなら、お前だって党首として怠慢なんじゃないのか? カネとモノの出所を知ろうともしなかったのは、お前だ」
「先に隠したのは君だ。君に開示する義務がある。僕にはない」
「なら、本当の目的を全党員に明かしてみろ。隠すことが罪だというのなら」
「君の場合、隠した結果党の不利益になっていると言っているんだ」
「ああそうかもな。俺のせいで党は乗っ取られるかもしれない。だがそうでもしなけりゃその前に党はなくなっていたよ!」
スズナはそう言った、後にすぐナルシスの反論が続くと思っていた。彼ほどの人間が、これしきの反論で黙るはずもない。きっと売り言葉に買い言葉が返ってくると思った。
「乗っ取られる?」しかし彼は、首を傾げた。「どういう意味だ?」
「……は? 何言ってんだお前? 気づいていないのか?」
「気づいているさ。君が彼に借りを作ったことぐらいには。しかし既に同盟に向けた合意形成はできた。彼はそれに関してこれといったアクションは取らなかった。それは彼が君から得た情報を充分な対価として認識しているということだ。問題は君が情報という取り返しのつかないものを明け渡してしまったということだが――」
「おいおいおいおい」スズナは思わず立ち上がった。「何を甘いこと言ってんだ⁉ 勢力はアイツの方が大きい。その意味が分かってんのか⁉」
「だが世間的な知名度はこちらが上だ。世論はまだヒライズミグループが裏切ることなど知らない。一方の僕らはまだ彼らほどの物理的実力はない。お互いにできないことを任せ合うからの同盟だ。そのために君は彼と引き合わせたんじゃないのか?」
「引き合わせたのは――」スズナは、目線を逸らす。「ガンイチロウ本人の意思だ。俺のじゃない」
「……何だと?」
「確かに必要だとは思った。単独で革命を起こしたところで上手くいくとは思えなかったからな。だが最後まで迷った。だからお前に目的地を告げなかった。告げられなかった」
「保身のためじゃないのか? 情報を漏らしたことがバレるのを少しでも遅くしたかった」
「それなら最初から引き合わせないだろ。それならお前が気づくまで分からない。そして俺はヒライズミ家と結んだ功績を手土産にお前に取り入るはずだ」
「……なら何故そうしなかった」
「だから言っただろ、ガンイチロウの指示があったからだ。トウキョウを出た辺りで命令が下った。逃げる先なんて限られているのを見越してのことだろう。汚い手だ」
「…………」
なるほど彼女の主張には矛盾はない。仮にあったとしてそれを指摘することにあまり意味はない。本質的な問題はそこにないからだ。
しかし――事実関係が変化すること。
それが大いなる問題だった。
「君の話が真実だとすれば、」ナルシスはそれに気づく。「僕らは自分自身を売り込みに来たわけではないということだ。売るのではなく買われる側。ならば値札をつけるのは恐らく僕らの方ではない。彼ら――ヒライズミ家の方となる」
呼び寄せたのではなく呼び立てたのならば。
呼び立てたのではなく呼びつけたのならば。
それをした主体が、ヒライズミ家であるならば。
初恋革命党の価値は、大きく下がる――!
「…………」
ナルシスは何も言えなかった。確かに、スズナの言う通り、ヒライズミ家なしには初恋革命党はここまで大きくなることはなかっただろう。同時多発演説事件のときになくなっていてもおかしくはなかった。
だが、そうであるという事実は、今や初恋革命党の存在を――その独立を危うくするものとなった。その報いるべき恩は、今や返済期限の迫った借金とそうは変わらない。革命が成ったあと、彼らが何を要求するのか想像もつかない。あるいは要求する必要すらないのかもしれない、必要でなくなれば捨てることだって――
ナルシスは、今になってガンイチロウの掌の大きさを思い返していた。その中で彼は踊ることもできずに握り潰されようとしている。
のかもしれない。
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