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第84話 全量検査

「…………これは」


 イカロスの眼前で、一台の車が内部に燻りを抱えて佇んでいた。山道の緊急退避所に乗り上げてそれはその自動車としての一生を終えている。元は白かったのだろうボディは炎に溶かされ骨組みだけになっていた(ところどころ塗装が残ってもいる)し、そのせいでナンバープレートも判読不能。エンジントラブルからこうなったのか? ……少し考えづらい。一番激しく燃えているのは開け放たれたボンネットではなく座席だ。そこに誰かがいた形跡を少しも残さぬようにしたに違いない。


「この車が発見されたのは一昨日の昼間です。」サイタマ管区の職員は資料を見ながらそう言った。「消防に山火事と通報があり、駆け付けたところこれが。例の車両でしょうかね?」


 例の車両、というのは、トウキョウから何も乗せずに発車したあの車両である。白いワゴン車。それをここまでの追尾するのは非常に骨が折れた。それが特徴のないどこにでもいる車だからということではない。


 カメラ映りが悪かったからだ。


 彼らに運があるのかこちらに運がないのか、とにかくカメラにはっきり映ってくれない。ナンバーも運転者も何もかも分からないのだ。本来それでも分かりそうな正確な車種まで不明なままだ。あくまで白いワゴン車というまま――そんなものは、人間で言えばちょっと大柄で色白という程度のものだ。探せばそこら中にいる。


「足取りからすれば、そうでしょう。」だから、こう答えるしかない。「これと思しき車がカメラに最後に映ったのが数キロ手前の池の近く。それ以外の似た自動車は全て別方向へ抜けたことが確認できている。消去法でこれだということになります」


 逆に言えば、特徴のある車――例えばナンバーが確認できるとか運転手が分かるとか――は「それ」ではないということが言える。無論、この車が調査対象期間の前からずっと放置されていて、放火趣味のある何者かの練習台になった可能性は無論あるが、だとすればその放置された期間に目撃情報があるはずだ。そしてそれはない。だから違うと言える。


 これは、正真正銘、トウキョウから来たあの車だ。


「しかし、何の情報も残されていないとは。こうも激しく燃えていたのでは、DNAサンプルも取れません。実際、放火事件として鑑識が調べましたが、激しく燃えていて使えたものではなかったと」


「一方で、骨は見つかっていない」イカロスは車の中から視線を彼の方へ移した。「ここが最終目的地であったはずもない」


「それはそうですが」


「問題は、ここ周辺で国民携帯端末の位置情報が途切れているということです。まだ見つかっていないだけで、この周辺に携帯は捨てられているはずだ」


「充電が切れたのでは? トウキョウからサイタマまで距離がある」


「一方で通信記録はない。通信していたら基地局にアクセスログが残る。使っていないのに充電が減るはずはない」


「……だとして、何だと思います? アナタの言う通り誘拐なら、トウキョウにいる時点で捨てるのでは?」


「…………」


 それはそうだ。


 この違和感――誘拐されたとするには犯人に計画性がなさすぎる。どの誘拐事件でも、被害者の国民携帯端末を捨てるのは犯人が必ずする行動の一つだ。なのに、ナルシスたちはサイタマまでずっとそれを持たされたままだったということになる。まるでそれが必要だったかのように。


(だとすれば、あの職員が言うように、ただの家出か?)


 しかし、家出とすればそれはそれで不自然だ。この車がここにあることが、その最大のものだ。彼とは別の人物が運転してここに来ているのは明らかなのだから、誰かがその家出に協力したということは間違いない。しかし家出に協力者がいるというのはそもそも変な話だ。しかもその協力者はわざわざ車を一台犠牲にするだけの代償を払っている。いくら何でも献身的すぎる。


 ならば、これらが矛盾しないで解決される結論とは?


「……ポンペイア二中職?」職員は沈黙を続けるイカロスに首を傾げた。「どうされたので?」


「……いや、」が、彼は首を横に振る。「何でもありません」


 どうにも、まだピースが足らない感じがある――結論を出すには、まだ早い。恐らく、ここが彼らの目的地とは思えない――あまりに周辺に何もなさすぎる――から、まだ先があるはずだ。そこがどこなのか分からない以上、また痕跡を追いかける必要がある。


 それに、一方で分かったこともある。


 スズナ・ルーヴェスシュタットの関与だ。


 彼女の位置情報を元にイカロスはここに来た。それはナルシスと共にあったのだ。だとすれば、彼女もまた拉致されているか――あるいは拉致犯そのものの可能性もまだある。前述の通り、彼女ならば家に怪しまれずに侵入できるからだ。もし家出説が正しいとすれば、協力者の一人ということになるだろう。いずれにしても最重要人物だ。


 尤も、後者の場合やはりこの車がネックになるわけだが――


「そういえば、ここからハイウェイまでは?」イカロスはふと思い出して言った。「確か、そう遠くはないはずだ」


「え? ……ええ。池からこっちに来る道の途中で曲がれば十分ほどでハイウェイに乗れますが……」


「それだ! 犯人は池の辺りで車を乗り換えたに違いない。そこで二手に分かれ、片方はここで車の処分を。もう片方はハイウェイに乗ってどこかまた遠くへ行ったんだ」


「それ、どうやって証明するつもりです? あの辺にはカメラはない。そしてこちらはその乗り換えた車の種類も分かっていないのに」


「それは……」一瞬、イカロスは言葉に詰まった。「待ち合わせをしたはずです。道路状況によっては時間通りに来れなかったはず。どちらかはどれぐらいかの時間この周辺で待ったはずだ。そしてそれは新しい車の方の可能性が高い」


「どうしてです? 道を通ってくるのはどっちも同じこと――」


「新しい車は現地で調達される可能性が高いからです。少なくともトウキョウから来たはずはない。ならば道のりは短くなるか空いていたはず。そしてそうなればなるほど遅延のリスクは減る。遅延しなければ当然待ち時間は長くなる」


「……だとして問題は残ります。道のりの予想時間は実際に走れば算出できるとして、ここ周辺を通った車全てを確認しなければならないでしょう。しかもその通過ルートを予想して……それは、どうするんです?」


「当たり前でしょう」


「いや、だからどうするのかと、」


「だから、やるんですよ。」イカロスは平然と言った。「一両ずつ、検証する。それ以外に方法はないんですから」

高評価、レビュー、お待ちしております。

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