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第82話 ヒライズミ家、その沿革

 車がサイタマを出、グンマを抜け、トチギを過ぎ、フクシマに至ってもなおスズナとナルシスは言葉を交わさなかった。正確には彼の方は交渉のテーブルが開かれていることを示していたのだが、そのつもりでいたのだが、彼女の方はそれに乗ってこなかった。相変わらずずっと窓の外を見ている。


 そうこうしている内にもう車はミヤギすらも越えてイワテに入った。この辺りは農業プラントのドームが立ち並ぶばかりで、いかにも長閑な田園風景であった。それすら段々少なくなってきたところで、ナルシスは車の前方に妙な建物を見つけた。


「……?」


 それがよく見えるようにそうしたわけではないのだろうが、車はハイウェイを降りてその方へ向かっていく。そうすることで、それがノ・オオクラ邸よろしくのニホン様式家屋であることに気づいた。白いのはシックイで壁が構築されているからだろう。その上にカワラが乗っていて、黒光りしている。しかし、それにしてもなお大きい。あれだけ広く感じたノ・オオクラ邸が都会の片隅に何とか捻じ込まれた矮小なものに感じられるほどだ。


「……スズナ君」どうせ聞いたところで答えまいと思いながらも、ナルシスは一応口に出した。「アレは何だ?」


 その予感は当たった。結局彼女は答えない。いい加減、ナルシスは彼女との信頼関係を見直すべきだとすら思った。いくら何か不機嫌になるようなことがあったからといっても、こうまで拒絶するのはシンプルにコミュニケーション上のマナーを侵犯している。彼はふん、と鼻を鳴らして、彼女に倣って窓の外の光景に視線を向けた。


「ヒライズミ家」しかし彼女はそのとき不意に言った。「その邸宅だ」


「…………」その唐突さに、ナルシスは反応が遅れた。「何だって?」


「ヒライズミ家だ――それぐらいは知っているだろう」


「そりゃあな。Britzubeの運営会社をはじめ、この極東列島行政区の食糧生産の大半を担うヒライズミグループの……だろ」


「ああ。そのヒライズミだ。彼らはここに本拠を置いている。元を質せばカマクラ・エラにも遡ると言っているが、それは流石にこじつけが過ぎるだろうな。少なくとも今の規模に上り詰めることになったきっかけは、第三次世界大戦直後の食糧難だ」


 ――急に喋り出したな、この女。


 ナルシスは内心それを怪しんだ。そのとき車は塀の縁に辿り着いた。白い壁がナルシスのすぐ横を高速で通り抜ける。が、いつまで経ってもそこに切れ目はない。


「三次大戦以前は、信じられないことだが、地べたに直接作物を植えてそれを収穫していたのだそうだ。覆いはある場合もあったが、大抵は野ざらしだし、その覆いにしてもビニールで作られた程度のもの。今のコンクリート造りのそれとは比較にならない――これでは天候に大きく依存する育て方しかできなかった。だから核の冬が来たあの年代にはその収穫量は大きく減少して、人口も維持できなくなった――そしてそれが回復しきってはいないのが今現在の人類だ」


「歴史の授業なら充分知っている。数字にして精々エド・エラ程度なのだということもな。だがそれを急に語り出して、一体どうした――」


「人類はそうして滅亡の一歩手前までいったわけだが」スズナは、ナルシスの言葉を無視した。「実際にはそうならなかった。何が起こったのかと言えば、二つの出来事があった。一つは自由意志に基づく恋愛あるいはその放棄を禁止し強制的に男女を婚姻させる好意対象者割当制度の導入。当時は結婚のみならず生殖行動も強制された。そしてそれにより増え始めた人口を維持するために作られたのが、食糧生産プラントだ。それを開発・建設したのが、ヒライズミ家初代当主ゲンジロウ・ヒライズミというわけだ」


「…………」


 最早、ナルシスはスズナに何を言っても無駄だというのを感じた。何か、彼女には意図がある――少なくとも何らかの不安というか不安定さから饒舌になっているのではない、彼女はそういう人物ではない――のであろうという直感があった。


「尤も、当初、ヒライズミ家は単なる一大学の研究者の家庭でしかなかった――しかしゲンジロウは食糧生産の完全養殖を成功させたその功績から企業を立ち上げ、それがヒライズミグループとして大成する。技術の輸出の際に蓄積されたネットワークのノウハウを元にBritzubeのようなインターネットサービスまで展開するというのだから、随分な商才があったわけだ」


 もちろん、Britzubeはヒライズミグループだけの持ち物でもないし、大体は三次大戦前に敷設されていた海底ケーブルが生き残っていたことに依るところは大きいが――とスズナは補足を加えつつも、更に続けた。


「そして代々、ゲンジロウの作り上げたその遺産を元にヒライズミ家は脈々とその勢力を大きくし続けた。同時期にできた食糧生産会社を吸収し巨大化。今じゃホッカイドウ・トウホク地方の実権は彼らが握っているという噂もある。そしてその噂はかなり実態に近い」


「……スズナ君。そろそろ僕の質問に答えてもいい頃だと思わないか?」


「ああ。言いたいことは大体言い終わったからな。それで、何だ?」


「目的地というのはそのヒライズミ家の邸宅――だというのは僕にはもう予想がついている。でなければこんなところでハイウェイを降りたりはしないし、君が長々とヒライズミ家の成り立ちについて語ることもないわけだ」


 ――そしてその真の目的は。


 そのヒライズミ家と同盟を組むことにある――のだろう?


「…………」


「沈黙ということは否定はしないんだな、スズナ君。」ナルシスは足を組んだ。「もし本当に彼らが革命に賛同してくれるならば、カントウより北の運動については一旦脇に置き、カナガワ以南に注力することができるようになるわけだ。僕らにとって大いに助かる話だ」


 初恋革命党が実際に革命を起こすにあたって問題だったのは、活動拠点の集中するトウキョウという立地だった。確かにそこは極東列島行政区において経済的にも政治的にも中枢部であると言える。穏健路線であるならば、そこを拠点として運動を始めるのは当然である。


 が、いざ過激路線となると、そうはいかない。人口密集地であるが故に国民団結局の事務所が多くあることやそれらが一種の要塞線のように作用することなどは大した問題ではない。人口が多ければその分同志となる人間も割合に乗じて多くなり、数では圧倒できている。それに国民団結局内部にも一定数シンパがいて、彼らは有形にしろ無形にしろ妨害や反乱を行い、各拠点を孤立させるだろう。


 故に、一度革命が起こればトウキョウの中心部を制圧するのは容易だと思える。


 上手くいけばカントウ中心部――かつて首都圏と呼ばれた地域まで見えてくる。


 では「大した問題」というのは何か。


 それは、それらを支配したあとのことだ――そこは、囲まれているのである。


 どこまでも広がる平野。


 そこにはよく整備された道路があり、各所に補給拠点となる国民団結局の事務所が存在する。もし革命が首尾よく第一段階をクリアしたとしても、第二段階で四方八方――もとい三方六方から国民団結局の武装職員がやってきて、それら全てに対応しなくてはならない初恋革命党は分散したところを集中攻撃され蹴散らされるだろう。


 その三方を囲まれた状況で、背後は海ですらない。湾なのだ。どこかの島に逃亡するにも陸伝いにどこかの田舎へ隠遁するにもその針路は制限される。国民団結局は逃げたと見るやその少ない船舶を湾の出口へ集結させればいいだけである。


 ならばどうするべきか? ……そもそも分散しなければよい。正確には、しなくても済むよう戦略状況を形成することが必要だ。


 つまり、放置して構わない後方を作る。後背地を作る。そのためにナルシスたちは一路北に向かったわけだ。そうして連携を強化しておく。より面積と人口の多い南西部よりホッカイドウ・トウホク地方しかない北部の方が相手にしやすい。少数精鋭で北部が持ち堪えている間に敵の主力にこちらの主力をぶつけて南西部で叩くという戦略である。


 サイタマ支部や同地に退避していた愚恋隊に声をかけていたのは、そういうわけだ。彼らは北部において持久戦をしてもらう必要があるのである。


 が、ヒライズミ家が味方に回るとなれば、状況は大きく変わる。北方の国民団結局はトウホク地方からの彼らとカントウ中心部からの初恋革命党に挟まれる格好になるからだ。


 それだけではない。恐らく、彼らの支配領域は既にグンマやトチギ、場合によってはサイタマまで及んでいる可能性がある。その根拠は、例の検問だ。この車は内通者のいるそこを通るよう仕組まれていたのだろうが、だとして国民団結局内部にそれがいるということは、既に初恋革命党がそうしているように、内部にネットワークを持っているということ。それは有事の際には同地の国民団結局を機能不全に陥れるだろう。


 そして、これも恐らくだが、ヒライズミ家も何らかの暴力装置を持っていることは想像できる――初恋革命党ですら、今や国民団結局からの退職者を元に軍事部門を水面下で独自に作り始めているのだ。ないはずはない。


 だとすれば、後背地は、何もない場合より容易に創出される。


 カントウ中心部を支配した後には、稼働全戦力をカナガワ以南に差し向けることができる――当初の想定より戦力が増えるわけである。それが革命運動を進める上で有利に働かないはずはない。


「だがスズナ君」ナルシスはスズナに鋭く視線を向けた。「これはかなり僕たちにとって都合のいい予想だ。今まで何の縁もゆかりもないヒライズミ家が自由恋愛主義革命という犯罪行為に支援をするのかどうか?」


「縁はあるだろう、Britzubeの――」


「ああ。動画についてはお目こぼしを頂いている。しかしそういうことではない。今までのそれは法的な根拠に基づく黙認だ。だがこれからは明確に法に反する行動をするわけだ。これは無視できるような小さな違いではない」


「…………」


「そして、彼らとの接点がまるでないということが大問題だ。もし彼らが本当に自由恋愛主義に好意的ならば今までの活動に対して何らかのアクションがあったはずだ。それは、僕の知る限りは、ない。あるいは――」じろ、とナルシスは彼女を睨みつけた。「本当は既にそれがあって、必要になった今活かそうというのかな、スズナ君?」


 目星はついている。スズナの平生の暮らしぶり、彼女を学園に入れるだけのコネ、不透明な初恋革命党の経理状況、不法な銃器の存在。最近の軍事部門創出におけるあれこれもそれに付け加えて問題なかろう。ありとあらゆる不自然が、ヒライズミ家の支援があったとしたらという仮定一つで解決される。


 スズナは、それを突きつけられても、窓の外から目線を動かさなかった。その態度は、ナルシスの神経を逆撫でした。


「スズナ君……!」


「……ああ」彼女は、視線を少しも動かさず、言った。「大体お前の想像通りだ」


「なら、君は工作員だったわけか。最初から」


「工作員? ……それは違う。そんな簡単な代物ではない」


 ――それならば、一体どれほど楽なことか?


 彼女はそう言って、溜息を深く吐いた。


 そして車は止まる。


 ドアが開いて、彼女はそこから降りる。


「?」


「俺は孫娘だ――ヒライズミ家現当主、ガンイチロウ・ヒライズミの」

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