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第78話 サイタマ談判(後編)

 目を覚ますと、そこは雪国だった。


「――――」


 などということはない。雪のように白いオウカの肌が目の前にあっただけだった。


「うわッ⁉」


 だがその距離の近さに、ナルシスは思わず仰け反った。すると彼は椅子に座らされていたらしい。そのまま受け身も取れずに椅子ごと後ろへ転倒する。目を閉じ、唇を突き出した彼もその音で現実に帰ったらしい。何事かと目を開けた。


「あ……」そのときオウカの顔が少し紅潮したのにナルシスは気づいていた。「ナ、ナルシス様。お目覚めですか」


 それからオウカは愚恋隊の制服であるところのセーラー服の裾を少し恥ずかしそうに弄った。何をしていたのか――それはきっと彼の直前の表情にヒントがあるのだろうが、あまり知りたくないなという気分が先行したので、ナルシスは考えるのを止めた。


「……ああお目覚めさ。」そう言って立ち上がる、「お目覚めだとも」


 ことはできない。手も足もやはり動かない。椅子に縛り付けられていることは何となく予感できていた。前もそうだったからだ。転寝した記憶もないのに起きたら椅子に座らされているときは大体こういうことである。


 即ち、拉致監禁。


「…………」


 慣れたとは決して言えないが、それほど驚きもないのも何というか悲しいものだとナルシスはそのとき知った。


 何というか、空しい。


 ああ今回はこういう感じなのね、という諦観がある……。


「え、えっと」顔を赤くしたまま、オウカはもじもじとそう言った。「あまり驚かれないのですね?」


「ああ、こういうことは人生で二度目だから――」


「――二度目⁉」オウカは嘆くように大声を上げた。「そんな、初めてはどなたに⁉」


「いや、そんなことはどうでもいいだろう……」


「よくありませんわ! アナタ様の自由を奪う行為など、本来二度もあってはなりません! 一体どこの馬の骨でしょうか? 絶対にこの私が捕まえて懲罰にかけてやります!」


 …………。


 一度ならいいのか……?


「いえ、そんなことはありません。今のは言葉の綾です。アナタ様は誰より自由であるべき存在。何人たりともそれを妨げることは許されない」


「……じゃあ今僕の置かれている状況は何だ? 今まさに自由を奪われているんだが」


「アナタ様を縛り付ける不逞の輩からの保護活動であり、そこには正当な理由があります。よってこれは拉致監禁ではありません」


「そうか、じゃあ今僕を椅子に縛り付けている縄の方から僕を保護してくれ。腕が下敷きになって割と痛い」


「それはできません。助け起こすことはできますが」


「何でだよ」


「申し上げたはずです。これは保護なのです。アナタ様と私との間を引き裂こうとする陰謀からの」


「さっきと内訳が違う気がするんだが……?」


「失礼、言葉の綾です」


「さっきから便利だなァ言葉の綾! じゃあせめてその綾をもう少し解いてから発してくれよ!」


 そう言うと、ぴく、とオウカの眉が動いた。それから彼は口を真一文字に結んで何も言わずにナルシスの椅子を起こしてみせた。それからその正面に回り直すと長い髪を少し整え直して、一度深呼吸。それから目を開ける。


「では申し上げます」


「な、何だ急に改まって……取り敢えず椅子を立ててくれてありがとうだけど、綾のついでに縄も解いてくれないかな……」


「私はアナタ様のことが好きです」


「…………」


 綾を解きすぎだ……!


「愛しているのです、ナルシス様。このオウカはアナタ様のためなら命を捨ててもいい覚悟でおります!」


「お、落ち着けオウカ・アキツシマ! 僕に縋りつくのをやめろ! あと命は捨てなくてもいい!」


「そう仰られても、とはいえ私にできることと言ったら命を懸けて戦うぐらいしかありません。この私に残された唯一の取柄なのですよ? 暴力は」


「いくら何でもそれ以外にも何かあるだろう……意外と卑屈なんだな君……」


 閑話休題。


 それどころではない。


 そのことにナルシスは気づいていた。


「君の愛が誰に向いているのかは一旦措いておくとして、だ……」咳ばらいを一つ。「どうして僕は君と二人きりの状態になっているんだ? 初恋革命党の他のメンバーはどうした?」


「措いておくには惜しい話題です。もう一時間ぐらい続けませんか?」


「話が進まないんだよ。真面目にやれ」


「そうお命じになるなら従いますが――無事です。少々眠ってもらったり支払いを任せて置き去りにしたりはしましたが、それ以上の危害は加えていません」


「支払い?」そこまで言って、ナルシスの脳裏には若干の記憶が蘇ってくる。「……ああ」


 そうだ、カフェで同盟交渉という話だったのだ。それを、ナルシスはスズナに代理で出席するよう仕向けた。何故なら彼はオウカに一度殺されかけた身であり、交渉が決裂した場合の戦闘能力という意味ではオウカに比肩し得るものはスズナぐらいしかいない。


 そして何より。


「…………」


 信用し得るものなのかどうか――それが分からなかった。主席行政官の一件だけではない。シンジュクの一件も、彼ら愚恋隊が関わっていないという保証はなかった、彼らが武闘派集団であるからには。


「酷いですわナルシス様。」しかし、目の前のオウカは悲しそうに言う。「私がこの日のためにどれほど努力をしたのか知らないのですか? アナタ様と再びお会いするために、一体どれほど……あの振袖だって、アナタ様のために下したものだったのに」


「…………」


「それに、あの方――スズナさんって仰ったかしら、彼女、私のそういうところを察してくださらなかったから。ちょっと我慢の限界を超えたので、事前待機させていた部下に命じて拉致させていただきました」


 ということは、ここは愚恋隊のセーフハウスの類だろう。辺りにはオウカの部下が山ほど待機しているに違いない。脱走などは不可能だろう。当然救出も期待できない。それに――それ以前に、愛と憎しみは表裏一体。彼の「愛している」という言葉が刀の一閃に変わるのは一瞬後かもしれない。


「……なるほど」だから、交渉だ。それ以外に生き残る道はない。「君の事情は理解した。僕の方に少々配慮が足らなかったかもしれないな。すまないことをした。彼女が鈍くてどうしようもないことなんて分かり切っていただろうに、こうまで繊細な君へ会わせるなどどうかしていたよ」


「分かっていただければいいのです! では私と共に山奥の隠れ家で二人仲良く暮らしましょう! 既に古民家を一つ押さえてあるのです。これをコツコツ改修して……」


「すまないがそれはできない。僕には成すべきことがある――君にもあるはずだ。そうだろう?」


「…………」オウカは、小さな笑顔のまま、固まった。「それは、そうですわね?」


 恐らく、愚恋隊の頭領としての顔だろう――と、ナルシスはそれに震えながら感じる。あのホテルで幾度となく目にしてきた顔だ。今の彼には、きっと上っ面の愛の言葉などは効かず、むしろ逆効果になるだろう。そんなものを出そうものなら、二の句を継ぐ前に喉から上が自由落下する。


「僕の要求から先に言えば――」ナルシスはそういう動揺を隠して言った。「君たち愚恋隊を初恋革命党の傘下団体として加えたい。指揮権は従来通り君にあるが、統帥権は僕に預けてもらいたい」


「それはまた随分な要求ですわね。現場ではともかく、どの現場にするかはアナタ方が握ると? アナタ方の態度はそれを欲するにはあまりに傲慢であったように思われますけれど」


 ――本人が来ないなど、言語道断。


 そういうことだろう。だがそれは先ほどから言っていることの視点が少し変わっただけ。視線の色が少しキツくなっただけ。腰に佩いた刀の束には手が掛けられていない。ならばまだ交渉の余地はある。


「それについては謝罪する――少々、君たちを信用しなさすぎた。そうできない事情も一つあったのだが、だとしても護衛を連れて僕が行くべきだっただろう。改めて陳謝する」


「事情? ――ああ、ルイの件ですか」


「そうだ。スズナから聞いているな? 彼の暗殺事件があったのでは――それにもし君たちが関与していたとすれば、君たちを信用するのは難しくなる。シンジュクの一件もそうだ。」


「不思議なものですわね、これから暴力革命のための装置を手に入れようという人間が、その装置そのものには潔白を求めるというのは」


「それは君の言う通りだ、しかし僕にとって暴力革命というのは最終手段だった。その最終手段に至るまでの道が誰かに整備されたものだったとして、その誰かが君たちだったとしたら――その言われるがままに踊るのは危険だというのが、僕の考えだ」


 ふむ、とオウカは顎に右をやった。そのもう一方の手が刀の束に置かれたのに、ナルシスは内心震えた。それは自然と、無意識にそうしただけのことなのだろうが、何らかの予備動作のように彼には感じられた。そうして十数秒オウカは迷った末に、言った。


「結論から言えば、私たちは関与しています」


「……そうか、ならば」


「ですが」オウカは若干割り込み気味に言った。「ああなるはずはなかった――と断言できる」


「? どういうことだ?」


「諜報員はいたということです――行政区内で起きた自由恋愛主義的なデモは全てチェックしています。無論、内いくつかは私たちの宣伝部門がフィクサーとなって起きてはいますが……それはある程度お互い様でしょう?」


「サン・マルクスの演説に感化された人々がデモを起こすという意味でなら、イエスだ」


「そういう意味で言っています。そしてあのシンジュクのデモはそのいくつかの内の例外、私たち以外の人間が起こしたものだった。しかも大規模な――そこで私たちとしては人員を潜り込ませて調査をしていたわけです。同業者ですからね、我々としてもそれに乗っかって規模を拡大できるならそれに越したことはない」


「なるほど、関与していた、というのはそういう意味か。確かにしていないとは言えない」


「これについては信じてもらうしかありませんが、私たちはその諜報員たちに武装はさせていなかった。そうでもなければ民間人に紛れての情報収集など不可能だからです。あくまで彼らはセンサーであって、アクチュエーターではない。それに、あの場で国民団結局を攻撃してみせたところで、実際に起きたことのようになるだけということを私たちは経験上知っています」


「しかし、あの場には武装した一団がいた――それが攻撃をしたせいで、事変は起きた」


「その通り――我々以外の何者かが、そこにはいた」


 彼らは策謀した。


 彼らは扇動した。


 彼らは行動した。


 結果が――あの血の海。


「彼らは、過激派を自認して止まない私たちよりも過激な手段を取ることに躊躇のなく、しかも大局観に欠ける……あるいは事態が動くこと自体を望んでいるように思える。もしかすると、自由恋愛主義者ですらない可能性すらある」


「自由恋愛主義者ですら?」


「騒擾を望むだけの者という意味です――その騒擾に乗じて、自らの目的を成そうという機会主義者。私たちはその掌の上で踊らされているとすら感じられる」


 そして恐らく。


 彼らこそがルイを殺した。


「これはシンジュクとは違い明白に断言できますが、ルイを殺した看護師は私たちの手の者ではない。既に病で余命幾許もなくよって実権もほとんど残されていない彼を殺してみせたところで、得られる結果は戒厳令へ正当性を与え、彼を支持していた『市民』の報復感情を増幅するだけのことでしょう。無論そうして退路を断つことによって革命の機運を高めたと言われればそれまでですが……それがありなら何とでも言えます。『内閣』家による自作自演ともね」


「…………」


「故に、競走だと私たちは今の状況を認識しています。例の何者かが自らの目的を果たすのが先か、私たち愚恋隊が革命を成し遂げるのが先か」


「掌の上で踊らざるを得ないなら、自分の踊りを貫き通すということか」


「しかし、互いの勢力と能力を考えれば独唱というわけにはいかないのもまた事実。だからアナタ様も私たちと手を組もうというのでしょう?」


 愚恋隊は最早革命に必要不可欠な武力と情報を。


 初恋革命党は固より必要不可欠な思想と宣伝を。


 それぞれ、お互いに提供する。


「それに、アナタ様には恩義がある――命を救われ、部下を救われ、組織を救われたそれに報いないわけにはいかない」


「……条件を呑むと?」


 統帥権を、初恋革命党に渡すと?


 ナルシスがそう言うと、ふ、とオウカは息を漏らした。


「それは少々急ぎすぎですわね――私たちも五年前レベルに規模を回復して組織が大分変化しました。このレベルのことを私個人で決めるわけにはいかない。一度幹部会にて協議する必要があります」


「……だろうな」


「私個人としては悪い話ではないと思っていますがね。通すにはそれ相応の時間と労力を要する。お時間を取らせて申し訳ない」


「構わないさ。どうせ今日の今日で決まるとも考えていなかった。君のことが信用できると分かっただけ、大収穫だ」


「そう言っていただけて、私も嬉しく存じますわ」


 それから、オウカはそっと手を差し伸べた。それは、きっと握手を求めているのだろう。しかし、ふとそこで彼はぷっと吹き出して笑った。


「? ……!」


 そうだった。まだ拘束されたままだった。


 ナルシスは手を同じく伸ばそうとしてそれに気づいた。結局オウカはしばらく笑っていたが、それが一段落してすぐに――文字通り一瞬の間も置かずに――その縄を解き、彼を解放した。


「さて」ちゃんと握手をしてから、ナルシスは溜息を吐いた。「これから大変だな」


「ええ。二人の、初めての共同作業ですわ。必ずやり遂げ――」


「いや、そうじゃなくて――そっちではなくて、オウカ、君その前にやるべきことを忘れてないか?」


「? 何をです?」


「だから――君におちょくられて怒り心頭のスズナを、どうにか宥めなくちゃならないってことを」

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