第62話 初恋革命党会議
「さて、問題は」ナルシスは、党員たちを前にしてそれを指し示した。「これだ」
相変わらずどうやって見つけて来るのか分からないボロ屋という名のアジトで、ナルシスはアリグザンダーから借りた端末を操作してその画面をプロジェクターに映し出していた。
そこにはSNSやBRITZUBEの画面が切り取られて点在し、一つの抽象画のように白いキャンバスを埋め尽くしていく。その意味するところを読み解くには美術の才能は必要ない。文字が多少読めれば分かることだった。
「第十三学園の怪⁉ 自由恋愛主義的選挙の是非を問う!」
「自由恋愛主義者がついに『内閣』家を動かしたんだろ、それの一体何が問題だってんだ? 初恋革命党万歳!」
「例の週刊誌の記事では何でか伏せられてるけど『内閣』家のホープって言やシャルル様だろ? 何だってそんなことするんだ? 脅されてるとかじゃないよな?」
「『内閣』家なんてのは時代遅れの代物だってはっきり分かる。未だに支持してるやつは考え直して、どうぞ」
……エトセトラ、エトセトラ。
それはコントラバーシャルでプロズ・アンド・コンズ。そして往々にしてアグレッシブで、もし言葉が物理現象をも引き起こすのならば、そこには万単位の掴み合いが発生することだろう。
「……けど、」アリグザンダーが言った。「それのどこが問題だってんだ?」
「その通りです。この単純馬鹿の肩を持つことなど到底あり得ませんが、政治的な言論対立なんてものは、大抵攻撃的なものでしょう」
「何だと⁉ 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぜ⁉」
「私が言ったのは馬鹿は馬鹿でも『単純馬鹿』です。私が単純ですか? ……そうではない以上、その論理は破綻している」
「じゃあ俺も心置きなく言えるな、バーカバーカ」
「よせ、馬鹿コンビ」ナルシスは冷然と命名して、言った。「問題は大ありだ。一学園の問題にしては状況が過熱している。これに乗じるのは却って危険だ」
当然のことながら、現行社会制度の牙城である第十三学園が自由恋愛主義者に阿ったことは、「市民」の間に、そして学園に子供を通わせているような層の人間たちに大きな衝撃を与えた。
前者はそこに希望を見つけ。
後者はそこに疑念を抱いた。
するとそこには対立が生まれる。ただでさえ存在する格差はそれを助長し、こうしてインターネット上でも衝突が生じるわけである。
「け、」アリグザンダーは吐き捨てた。「じゃあ立候補しなけりゃよかったろ、何でテメェの尻拭いを俺たちがやらなきゃなんねェんだ」
「程度の問題を言っているんだ、アリグザンダー。タイミングもな。僕たちは勢力を取り戻して今まで以上の規模になっているが、だからといってこうまで膨張した問題に対する処理能力はない。それに、これを煽ることは簡単だが、その先にあるのは暴動だ。そこに血が流れる可能性は捨てきれない」
「ですが、」キーンが口を挟んだ。「これがそもそも当局の連中の狙いだとしたら?」
「狙い?」
「そうです。煽って炙り出し、そこを一網打尽にする。見せしめとしての効果も狙っているでしょう。代理とはいえ主席行政官が変わったのです。方法が変わったという可能性もあるでしょう」
ナルシスは、そのとき顎に手をやって考えた。もしも今まで見てきたシャルルの言動が全て演技かナルシスの勘違いであったとしたら? もしも彼の中に「大反動」のときからずっと燻ってきた自由恋愛主義者に対する反感があってそれが計画を作り上げたのだとすれば? それは起こり得るのか?
「……ないな。」ナルシスは、首を横に振った。「あり得ない」
「しかし、その根拠は?」
「理由は二つ。その可能性は今までの僕の観察全てがひっくり返ることを前提としなくては成り立たないからだ。全てが嘘や勘違いで構成されているというのはいくら何でもあり得ないし、それなら何だってありだ。今までの弾圧だって、今日の自由恋愛主義の勃興を助けるためだ、と言うこともできる」
「なるほど、二つ目は?」
「二つ目には、そもそも、これが彼の意図した通りのことのようには思えない、ということだ。あくまでも僕の観察眼を前提とした意見にはなるがね」
「…………」
「あの男の本質はあくまで善良だ。彼からしてみれば、自由恋愛主義者の主張を一部受け入れて実験的に採用してみて溜飲を下げさせようという試みであるに違いない。その実験場として学園を使い、失敗しつつあると考えるべきだ――それに、もし彼が僕らの殲滅を企図しているのなら、初めからもっと公的な立場に対する選挙制の導入をちらつかせるはずだ。それこそ、議会制の導入だとかな」
――ナルシスは、このとき個人的な確執については触れなかった。それに触れれば尚更彼自身への風当たりが強くなるということもあるが、それはシャルルの名誉をも傷つける可能性があると思ったからである。
「……なるほど」幸い、その隠蔽にキーンは気づかなかった。「それで、どうするおつもりなのです? 仮にアナタの考えが正しいとして、このまま手を拱いていては失望を招くでしょう。何か手を打たなくては」
問題はそれである――もちろん、一番楽で安直な手はナルシスをサン・マルクスの名において支援することだ。そうすれば対立の構図は明らかとなり、社会に対して大きな一石を投じることになる。
しかし、その選択には投じられるそれと同じぐらい大きな問題がある。
ナルシスの立場だ。
「直接支援表明や支持をすれば、僕、正確にはナルシス・ポンペイアとしての僕が初恋革命党やサン・マルクスと繋がっているという疑いを与えるし、実際に一度疑われている身としてそれは避けたい。第一、それは事実なのだし」
「事実どころか張本人だしな」
アリグザンダーが混ぜっ返した。
「しかし」キーンはそれを横目で見ながら言った。「だとすれば何もできないということでは? その危険を押してでも支持を表明するべきです」
「君が積極策を主張するとは珍しいな、キーン」
「私はただ現状の混乱に乗じてでも社会変革をするべきだという意見です。態勢が整っていないとしてもこの機を逃せば、次にいつ同様のチャンスが来るかどうか分からない」
「その意見は理解している。だが、もし僕が逮捕された場合、あのセバスティアーノ・コルシカンがそれを口実に再起する可能性も考慮に入れなければならない」
セバスティアーノ・コルシカン。
一度ナルシスを完膚なきまでに叩きのめした男。
そして、質問の「異能」を持つ男。
その能力には弱点もある――自分が意図したはいかいいえで答えられる質問にしか効果がない、が。
「国民団結局にしても、疑惑のある人物のリストぐらいは持っているだろう。それをしらみつぶしにされれば、幹部が全滅する可能性だってある。あれはそういう力だ」
そこで、とナルシスは言う。
「僕ら初恋革命党が支持するのは選挙制度そのものであって、特定の候補者ではないという手を取ろうと思う――僕は単純に僕個人の能力を使って選挙戦を戦うことにする。党からは直接の支援を受けない」
「あくまで、判断は各有権者に委ねると?」
キーンの疑問に、ナルシスは頷く。
「実のところ、既にシャルルは目的を全て達成してしまっている。選挙制度を試験的に導入することも、世論に問題を投げかけることも――」そして、ナルシスとの対決の場を設けることも。「だから、選挙に勝つことそのものは彼にとって本来必要と言うわけではないんだ」
あくまでも、これはシャルルの自己紹介に過ぎない。
自分はこういうリーダーなのだという所信表明演説に過ぎない。
そしてそれは、ある程度までは同意できる内容ではある。
ならば――初恋革命党としては許容し協力する、ということである。
「ちょっと待てよ」アリグザンダーが言った。「お前、それはおかしいじゃねぇか」
「アリグザンダー。君の言いたいことは分かる。君の意見は、以前僕が言ったような自発的改革行動という党の方針に反するというのだろう?」
「そうだぜ。『内閣』家の連中の言うことってのは、明日には変わってるかもしれねぇ。そう言ったのはお前だぜ、ナルシス。利用すると言えば聞こえはいいが、結局は掌の上で踊らされているだけかも」
「君にしてはよく練られた批判だ。常人より小さめの頭脳でよく捻りだした」
「へへ、それほどでも……あれ、今の、褒めてるよな?」
ナルシスは閉口して一度両方のこめかみを揉んだ。
「……何にしても、僕はこの件に関して決定を変更するつもりはない」
「は? それはどういう……」
「確かに君の言ったリスクはある。君たちへの約束を破ることにもなる……だがその分、話題性はある。リターンは充分と言える」
「さっきと言ってること違くねぇか。キーンには動くべきじゃねぇと言って、俺には動くべきだって言う。お前の言いたいことってのはどっちなんだよ」
「中庸だ」
「ソースの話はしてねぇ!」
「それは中濃だ。そして君は低能」
ナルシスは溜息を深く吐いた。
「要するに、いいとこ取りというわけさ。キーンの意見にも見るべきところはあったし、君の意見にもそれはある。それらが両立できるライン、それが僕らの取るべき方策であると僕は考える」
それに、どちらかだけを採用すれば禍根を残すしね――とナルシスはほとんど本音を零した。この穏健派と過激派双方の対立は、世情が初恋革命党にとって有利に変化してくるにつれて酷くなっていた。時折今日のように反対派閥の言いそうな意見を表明することもあるが、それは例外的である。
「だがよナルシス、」口を開いたのはスズナだ。「俺は、問題はまだ残されているように思うぜ」
「それはそうだろうさ。今までの意見は一つの前提の上に成り立っている」
「だろうが。国民団結局が強硬策に出た場合はどうする? なりふり構わずお前を拘束し、証拠を後から出すような手を使えば?」
「ああ、それについてはもう案を立ててある。だから党には保険として――」
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