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第60話 嘆かわしきは無関心かな

「この学園の最大の問題点は、」ナルシスは叫んだ。「生徒に何ら決定権も与えられず、何ら意思表示の方法もないという点にあります。それは、学園側が言うには、我々生徒を守り正しく育てるためだという――果たしてそれは正しい判断だろうか? 私には疑問に思われる! ……」


 朝の校門。挨拶運動が姿を消したのと入れ替わりに、彼はそこに演説台を持ってくることにした。駅前での演説活動と同じだ。人が通るところで意見を述べるということは、少なからず聞いてもらえる可能性があるということだ。聞き流す、というのが正確かもしれないが、それでも聞く一段階目はクリアしているわけである。


 しかし、だ。


「そもそも学園における受益者とは何か? それは学費を受け取る運営側だけではない。学園の目的が教育にあるからには、それは生徒でもあるはずだ。それはギブアンドテイク、言い換えれば対等の立場にあるべき存在である! だのに我々には意見を申し立てることすら許されていない。何故か?」


 しかし、初恋革命党のとき違う点が一つある。


 反応だ。


 それをナルシスは肌で感じていた。


 誰も、足を止めないのである――その原因は、明らかだ。


 質の違い、性質の違いである。


「つまり彼らというのは、我々を善悪の判断のつかない赤子も同然と判断しているのである。我々の言葉などは喃語も同然で、それに一々真面目に取り掛かることなどないということなのだ。我々の望みというのはその程度のものとして扱われているということなのである。しかしながら我々は十五歳になりそれ以上の年齢になんなんとする大人候補生たち。このような扱いは不当と言わざるを得ない、否、そう主張するものである!」


 駅前に集う人々というのは――多種多様だが――少なくとも自家用車を以てどこでも移動するような階級の人々ではないということである。高くても中産階級。そういう人々というのは日々の暮らしに薄っすら反感や不満を持っていて、「共和国」の体制そのものにも同じ感情を持っている人もそこには含まれる。だから初恋革命党は演説でああまで支持を伸ばしたのだ。


 だが、ここにいるのはその後者――自家用車でどこでも移動するような人々がほとんどだ。歩くときと言えば、学園の一般駐車場から校門までの距離。だから演説を聞かないわけではないが……それが効いているとは言えない。彼らは今の生活に不満を抱いていない。故にそれを変えようなどと思うことはない。そこが、一般「市民」との違いだ。


(いや、)ナルシスは内心歯噛みする。(そうでなくても――)


 そうでなくても、彼らは今回の選挙について口を出すつもりはないのだろう。そこには諦めと警戒心がある。前者は今までの信任投票からのある種の伝統としてのそれであり――即ちこんなことをしても何かが変わるわけではないというものであり、後者はこのような自由恋愛主義的なシステムに対してのものである。いくら「内閣」家の次期首班のお墨付き(あるいは肝煎り)とはいえ、それがもたらす印象は何も変わらない。


 立候補制の選挙は、犯罪的なのだ。


「私が当選した暁には、この学園に意見板のシステムを導入するつもりである! それは、我々生徒の求める改善の要求を吸い上げるシステムだ。それを元に我々生徒会は署名を行い、その結果を学園側へ通達するだろう。そしてその数が一定以上であれば、理事会や教師会での議題とすることを義務付けることで、改善の要求をしていくものである!」


 ナルシスは、生徒と学園という対立構造を作り上げた。誰もが持っている大人への反感を、「我々生徒は何もしない彼らに我慢ならない」という構図に落とし込んだつもりだった。そこに教師を含めないことで彼らからの公的な妨害を逃れるという小技も欠かさない。


 しかしその演説の手法も、聴衆の無関心には勝てるものではない。ナルシスはまるで暗闇の中に立ち尽くしているような気持ちだった。誰もいない。表情が見えない。反応すら聞こえない。ならば自分はどこにいるのだろう。何のためにここにいる?


 ナルシスは、潮時だと感じた。事実として、朝の自由時間がそろそろ終わるということもある。引き上げるしかない。ナルシスは適度なところで演説を終えると、演説台を降り、木製のそれを掴んで校舎の方へと引き返した。用具入れに返却しに行く必要があった。


 そうして、彼は校舎の人気のない方へと歩いていく。それは校門から遠く、裏手の方にあって誰からも顧みられることのない場所にある。


「――探したぜ」しかし、そこにはスズナがいた。「全く、人の呼び出しを無視しやがって」


「呼び出し?」ナルシスは首を傾げた。「何のことだ?」


「例のアレの方に送っておいただろう」


「アレ……ああ、アレか」


 例のアレ、というのは党の連絡用の裏端末のことだ。ああ、とナルシスはようやく得心がいった。それなら気づかなくても仕方ない。何故なら――


「最近アレは調子が悪くてな。通信が上手くいっていないのかどうなのか、とにかく通知が遅れるんだ」


「ふん、お前の使い方の問題じゃねーのか?」


「そもそもがどこで作られたのか分からないような代物だ。不良品は一定の確率で紛れているだろうが?」


「ま、そういうもんだろう。ああいうのは大抵既製品の不採用になったパーツを流用して生産している。そういうわけで質が悪いんだ」


「何にしても修理を頼みたい。可能なら、新しいのにしてもらえると嬉しいんだが」


「何で俺が」


「君経由で入手したものだ、君が担当だろう」


 ナルシスがそう言うと、スズナは大きく溜息を吐いて、手を差し出した。が、それは渡せという意味ではない、とナルシスは知っている。まず彼は彼女の手に自分の手を重ねると「異能」を使った。それから、スズナが反対の手で開けたスクールバッグの中に端末を放り込む。これで、端末のやり取りが誰かに見られることはない。裏端末を持っていることがバレれば、そこから芋づる式に全部が明るみになってしまう。それを避けるための措置だ。


「で、」ナルシスはスズナから手を離しながら言った。「いつ頃になる?」


「さあな。その辺は修理工廠がどれだけ手空きかどうかだ。俺には分からん。ついでに俺のも修理に出すつもりだ。いい加減バッテリーがへたってきてな」


「それはどうでもいい」


「ま、終わったら報告する……それじゃあな」


 スズナはくるりと踵を返すとそのまま歩いていく――校舎と反対側へ。サボる気だ。この間怒られただろうに、懲りないものだ。ナルシスははあと溜息を吐いて、彼女とは反対の方へつま先を向ける。急がなければならない。そろそろ予鈴が鳴る頃――


「あの」


 そこに、声がした。

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