第52話 喜劇の終わり
結局、ナルシスとスズナの行動は、不問ということで片が付いた。
それはそうであろう――知らぬ間に拉致されておりました、では、当然国民団結局のメンツが立たない。それを黙っていてもらうことを条件に、ナルシスたちは何のお咎めも受けないということになった。
そういうわけなのでもちろん、褒賞もなし。
そんなことをすれば、国民団結局の不備を認めることになるからである。
尤も――受け取るためにあれやこれやと騒ぎ立てれば痛いところのある腹を探られることになる。その辺りは諦めるしかなかった。
まあ、欲しくもない、といえばそうだったのだが。
ただ――それは公的な範囲での話。
私的な範囲では、また別だった。
ナルシスは、全てを聞いたエーコから花火大会に誘われたのである。会場はノ・オオクラ家。毎年行われるのとは別に大会を開くのだそうだ。ナルシスはその知らせに飛びついた。その日は何もかも手に着かないほどで、待ち合わせの三〇分前には会場に着くよう支度した。
そして喜び勇んで到着。
したのだが。
「前にもこんなことあったな……」
線香花火を静かに支えながら、ナルシスは首をがっくりと垂れ下がらせた。ユカタという花火の際に着るとされる民族衣装まで用意して向かった先には、エーコだけでなくシャルルとスズナがいたのである。何のことはない、エーコはまたも誰が一緒に来るかを言い忘れたのだ。
「ん、花火大会なんて、したことあったかい?」呑気そうな声でシャルルは言った。「記憶にないが……」
「いや、こちらの話だ、シャルル――それより、花火大会というからもっと盛大なものを想定していたのだが、これまた随分庶民的だな」
「期待を裏切ったかな?」
「いいや、こっちの方がいいというのはあるが……しかし線香花火オンリーというのはどうなんだ。もっと派手にバーッと飛び出るようなやつとか、簡単な打ち上げ花火とか、そういうのはないのか?」
「生憎と、これがエーコさんの好みだそうでね――今回、彼女を酷い目に遭わせてしまった。その言うことは聞いておきたいのさ」
「それで、スズナはユカタ着放題の憂き目に遭っているのか」
「憂き目なのかい?」
「……まあ、彼女の好みからすればそうだろうというだけの話だ。実際は違うかもしれない」
そのとき、シャルルの線香花火はぷつと切れた。彼は仕方なくもう一つ袋から取り出すとそれにまた火をつけてそれから言った。
「そういえば」
「何だ」
「サン・マルクス――あの事件の現場にいたそうだが、知っているかい」
その瞬間、ナルシスの線香花火も落ちた。それがゲタを履く足のところに落ちて、その熱さに彼は思わず後ろに転んだ。
「痛ッ」
「おいおい……大丈夫かい?」
「いや……大丈夫。何でもない」
「それならいいが――あの話しぶりからするとオウカ、ああ愚恋隊の長のことだが、彼は恐らくサン・マルクスに一度会っているはずなんだ。君は一応、その、彼に可愛がられたんだよな? 何か見なかったか?」
シャルルにしては踏み込んだ質問だった。そして返答に困るものだった。下手な回答をすれば、ナルシスがダイモンであることがバレそうな気がした。これは理屈でなく直感だった。
ちなみに初恋革命党の人気は再燃した――表向きには関与を否定されたが、証言が出回り、人質の解放を行ったことは周知の事実となったのだ。それを宣伝する形で動画を出せば、伸びに伸びようというものだ。
「いや、見なかった。」それはそれとして、知らないフリをするしかなかった。「完全に別室で拘束されていて、必要なとき以外はずっとそこにいたからな」
「そうか……それは残念だ」
「残念なのか?」
「ああ。オウカとは屋上で話したんだ。意外と話の分かる人だったよ。だから彼の為人だけでも分かればと思ったんだが……ううむ」
シャルルは、本気で悩んでいるようだった。ナルシスは、表情には出さなかったが、驚きを通り越して呆れていた。彼は自らの敵とも話し合いをしようというのだ。元々お人よしのきらいがある彼ではあったが、ここまでとは思いもしなかった。
だが、それはナルシスにとってもいい兆候であった。将来的に主席行政官となるのは恐らく彼である。交渉相手として、話し合う気のある相手ほど嬉しいものはない。
ただ、それは交渉で決められるよう手を回した場合についてだけだ。
そうでない状況になれば――それこそ今回のように物騒なことになれば――この限りではない。
「――ナルシス?」シャルルは、顔を覗き込んだ。「どうかしたかい?」
「ッ、いや……」彼は、首を横に振った。「質問と言えば、僕からもある」
「何だい?」
「確かこの旅行は君の発案だったよな。そうエーコさんから聞いた覚えがある」
「そうだね。それがどうかしたのかい?」
「いや、君にしては無責任なことをすると思ったんだ――護衛を排してまで四人での旅行に拘るなんて、普段あれだけ公務に邁進する君らしくないと思ってね。少し聞いてみたくなった」
シャルルは、少し固まった。合った目が見開かれて、それからうろうろと首が動いた。その揺れ動きに線香花火は耐えられず、ぽとりと落っこちて冷めていく。
「ああいや、まあ、その何だ……他に質問はないのかい?」
「ないことはないが……そんなに答えづらいことなのか?」
「いや、そういうわけでもないのだけれど、アレだ、少し恥ずかしいからね」
「恥ずかしい?」
「うん、その……君たちと旅行がしてみたかったんだ。一度――誰か護衛がついてくるわけでもない、本当の旅行を――ただそれだけだったのだけれど」
今度はナルシスの番だった、目を見開くのは。
「……!」
「まさか、こんなことになるなんてね。それは思いもしなかった。軽率だった。謝るよ、ごめんなさい」
「いや、謝ってほしかったわけじゃない。」線香花火が落ちる。「第一、テロリストがいたのは君の責任ではない、彼らは知らなかった」
「え? そうなのかい?」
「…………いや、多分だが」
「そうか……だがまあ、それなら僕の気も少しは楽だ」
そう言って笑う、シャルルはそのとき何の錘もつけられていない只の少年だった。ナルシスはそれを見て笑みを漏らした。今このときだけは、恋敵であるより先に、学年首席と次席の間柄であるより先に、友人としての彼が出た。
「ほら、線香花火、もう二本あるぞ。君も一本いきたまえよ」
「もちろん。君もいくのだろう?」
そう言って彼らは線香花火の先端を触れ合わせた。
そして火がつけられる――それはぷっくりとした火球を作り出し、それは火花を放つ。
だが、そのとき燃えたのは単なる火薬だけではない。時代といううねりに火がついたのだ。それは事件という火花を放たずにはいられなかった。そしてその一つ一つが語り尽くせないほどの熱さと激しさを持っていることを、彼らはまだ知らない。
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