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第51話 真の黒幕

「我々は『こだわりのある女装家の集団』」そう彼は名乗った。「覚えておいていただきましょう、シャルル・オブ・プレジデント=キャビネッツ。そしてエーコ・ノ・オオクラ=キャビネッツ」


 救急車はほとんど揺れない。優れたサスペンションだが、高速で動いていることは窓がなくとも何となしに分かった。度々行われる車線変更の遠心力で、だ。とすれば、既に高速道路に乗ったのだろうか?


「女装家という割には、変装の方が得意のようだが。本物の救急隊員はどうした」


「この衣装になりました。ああ命までは取っていません。寝覚めが悪くなるし足がつく。何より服が汚れる」


「下らない美意識は持っているようだな」


「女装とは自らと違う姿に――否、違う自分になるというものなのですよ。何より男らしい行為と言えます。男性にしか不可能なのですから」


「そんなことは聞いていない」


「そうですか、ではこういうのはどうでしょう?」


 そう言って、男はナイフを取り出した。剥き身のそれを、彼はベッドの上で寝かされているエーコに突き付ける――ほとんど切っ先が喉元に触れるか触れないかで、彼は手を止めた。


「……!」


「これで、話を聞いていただけるだろうか――それとも、もう少し状況を分かりやすく説明して差し上げましょうか?」


「……分かった。頼むから彼女を傷つけるのはやめてくれ。もうこれ以上――」


「どうでしょうね。私たちの目的は、結局アナタ方の殺害にあるのですから。今やってしまっても変わらないかな?」


「何?」シャルルは、思わず聞き返した。「どういうことだ?」


「言ったでしょう、私たちはアナタ方を殺したいのですよ――金のためでも名誉のためでもなく、ただ殺したい。何しろアナタ方『内閣』家の人間は、今まで異性装をする人間を異常者として思想矯正局に送ってきたではないですか。その報いを受けてもらいます」


「…………」


「しかし、よく考えれば、少しぐらい楽しんだ方が――もとい、苦しめた方がその目的に沿うとは思うのですよね。だからまずは全ての爪を剥がします――いや、先に耳と目を削いだ方がいいだろうか。そうすればアナタ方はどこから来るのか分からない恐怖に耐える必要が生まれますよね。それから指をランダムに折っていき、それで放置してみようかな。失血死って、結構苦しいと聞くのですよね」


 男はナイフを持ち上げるとクルクル回してから鞘に戻した。腰をくねらせて、上機嫌に――それが演出であろうことは想像がつく。オウカの笑みと同じだ。どんな状況でも笑っている人間ほど、恐ろしく感じられるものはない――!


「それで、どうかしたのですか? さっきから黙りこくって。恐怖で声も出ないのですか?」


「……いいや。」シャルルは、しかし、その目を見て言った。「呆れていたのさ。君の思想そのものに」


「――はいィ?」男は、笑みを引きつらせた。「アナタ、状況を分かっていますか? 私たちは、あくまでもアナタたちを殺そうという集団。私が今言った悠長な手段は、あくまで一選択肢に過ぎない。極端な話、殺せさえすれば、それでいいのですよ――それを、分かってらっしゃらない?」


「分かっている。だが――君たちは愚かだ、と言っている。オウカ・アキツシマの足元にも及ばない」


 オウカ・アキツシマ。


 その名前が出た瞬間、男はナイフをシャルルの耳の傍に投げつけた。機嫌の限界点が来たようだった――彼流のアンガーマネジメントということらしい。


「――!」


「ふん、愚恋隊か……あのテロリスト共のせいで計画が台無しだ。元々、宿泊している部屋ごと吹き飛ばす予定が、エアコンの故障のせいで狂った上、第二案もホテルジャックで実行不可能になった。その上、仲間が一人連中に捕まってしまったし……尤も、こうして捕獲できたのですから、結果オーライですがね」



「計画性がないのだな」


「臨機応変だと言っていただきたい。それに、何事も全て上手くいくばかりではないでしょう。それを我々の無能と言われるのは、非常に腹立たしい」


「そういうことを言っているのではない――まして、こちらの護衛を振り切って誘拐できた君たちを、僕は無能と呼ぶことはできないよ。だが――」


 シャルルは、それでも男の視線を真っ直ぐに射貫き返した。


「それでもオウカは、殺すのは最後の手段だったんだ――八方手を尽くして、それでもダメだったときに初めて人を手にかけるという手段を取る人間だったんだ。恨みも辛みもあったのに、それをグッと堪えることのできた人間だったんだ――だから彼らに命を捧げても構わないとすら思えたんだ。そうするだけの価値はあった。いい話し相手になったしね」


「そんなものは単に交渉のためのカードにしたかっただけだろう。それを優しさと勘違いして、哀れな男だ」


「それでも、命を惜しいと思う心は、微塵ではあってもあったのだ――だが、翻って君たちはどうだ。単に自分の受けた苦しみとルサンチマンを晴らすためだけに行動している。殺すことが目的となっている。そんなものに僕は屈したりはしない。君たちがどのような手段を取ろうと、たとえ僕の命を奪おうとも、僕の心を折ることはできない!」


 何かが千切れる音が、男の方からした。彼は瞬時にシャルルの顔のすぐ横に刺さっているナイフを引っこ抜く。そしてエーコの方へ向けた。


「言ったはずだ。我々の目的は殺害にあると――これはアナタの選択ですよ、シャルル・オブ・プレジデント=キャビネッツ。今彼女を殺す。これは決定事項だ」


「……どうかな、君にそれができるものか」


「ほうッ? ……馬鹿にしやがって、この俺を舐めているのか? ガキの分際で」


「いいや違う――だが、時間は稼げたようだな」


 そのときだった。


 どこか近くからサイレンが聞こえたのは。


「スズナ君ッ⁉」だが、その車両に乗っているのは、国民団結局職員ではなかった。「これどうやって止めるんだ⁉ 鳴りっぱなしなんだが⁉」


 それは、ナルシスとスズナだった――運転席にスズナがいて、ナルシスは助手席に座っていた。誘拐に気づいた瞬間ナルシスはスズナにそのことを伝えた。すると彼女は瞬く間に空いている車両を見つけ出し、それに飛び乗り――ナルシスも乗り込ませた。すぐに追いかけたのが功を奏し、すぐに彼らに追いついたのだ。


「馬鹿野郎、」だが、スズナはサイレンに負けないほどの大声で怒鳴った。「誰が鳴らせって言ったよ⁉」


「だって、君運転乱暴なんだもの! 揺れて触ってしまったのが、そんなに悪いのか⁉」


「悪いに決まってんだろうが、アイツらに気づかれた!」


「ところで僕ら無免許なんだが、これ大丈夫なのか⁉ 怒られる程度で済むんだろうな⁉」


「そんなこと、俺が知るかよ――乗り込む、運転代われ!」


「はッ? 僕にそんなことができるものかよ⁉」


「アクセル踏んでりゃいい! 幸い、道は空いてる!」


 そう言うと、彼女は運転席のドアを蹴り飛ばし(!)、あっという間に車のルーフの上に飛び乗った。ナルシスは一瞬戸惑い、手間取ったが随分涼しくなった運転席へ移ると、言われた通りアクセルを踏み込んで――銃声!


「うわッ⁉」


 ナルシスの周囲に火花が散ると同時にフロントガラスが叩き割られた。咄嗟に下げた頭のあった位置に銃弾が飛び、ヘッドレストを吹き飛ばす。ハンドルはその動きに釣られ左右に揺すぶられた。僅かに頭を上げて見てみると、窓から手と頭を出したテロリストが、銃をこちらに向けていた。


「馬鹿野郎!」するとスズナはルーフを叩いて凹ませて抗議した。「真っ直ぐ走らせろ!」


「振り落とされなくて結構だが、撃たれているんだぞ⁉」


「当たらなければどうということはない!」


「当たってるんだが⁉」


「じゃあさっさと連中のケツにつけろ! 突っ込め!」


 無茶な、と思ったが、さっさと終わらせなければ、この地獄は続くと思えた。彼は覚悟を決め、フルスロットル――! 銃声と被弾音がどんどん近くなるが、構わず進む、進む、進め!


「今だ!」そして、接触!「飛び移れ!」


「応よ!」


 スズナは瞬間立ち上がり、ルーフとボンネットの上を走って救急車の後部ガラスを腕で突き破り――そのまま引き抜いた。ひしゃげる金属音。ヒンジは想定外の応力に耐えかねたのだ。


「コイツ本当に人間かッ⁉」


 男は叫んで、ナイフを投げ、拳銃を取り出す――瞬間、投げたナイフを投げ返され、取り落とした。彼女の反射神経はその刀身を指先で捕らえ、すぐさま「お返し」したのだ。男はそれでも咄嗟にその辺にあったものを投げてはみるが――前世がブルドーザーという説もあるスズナを相手にしてどうにかなるものではなかった。ベッドの上を疾駆する彼女に飛びかかられ――哀れ、顔面に掌底が直撃し、助手席まで吹っ飛んでそこにいた男諸共気絶した。


「ひいぃっ」


 運転席の男はそれでも銃を向けた。この至近距離、いくら狙う余裕がなくても外すはずはない――彼は引き金を引いた! ストライカーが薬莢底部の雷管を叩き発火させ、火薬が燃焼、そのガスが弾頭を加速させると、それはライフリングによって回転を乗せられ、女の頭部へ――当たる前に、くい、っと首でかわされた。


「な」


 に、というより早く、彼の頭はスズナにぶん殴られヘッドレストと一緒に横の窓に突っ込んでしまった。それを今度は座席ごとスズナは除けると、冷静にブレーキを踏んで減速した。百数十メートルかけてゆっくりと――そして、安全な速度になったところで、路肩に擦るようにして、停車する。


「ふう……」スズナは、ようやく溜息を吐いた。「お待たせして悪かったな、シャルル、さん」


「あ、ああ……どうもありがとう」


 そんな間の抜けた返答をシャルルがしたとき、すぐ後ろ以外のところから、サイレンがようやく聞こえてきた。国民団結局が追いついたのである。

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