第50話 悲劇の終わり?
周囲をサイレンの音が埋め尽くしている。もうその音を秘匿する必要もないからだ。そしてそこら中を国民団結局の職員が走り回っていた。愚恋隊が去ったホテルの外と中を両方探して、少しでも証拠を集めようと奔走していた。何より人質にはメディカルチェックが必要だったのだ。
「全く、無茶をしたな⁉」その中で、イカロスはナルシスに言った。「自分でも分かっているんだろう?」
「ええ、もちろんですよ兄上……」
「いいや分かっちゃいない。今回は相手の気まぐれで、その、愛玩人形? 扱いで済んだものの、本来なら殺されていても不思議はない、何よりシャルル様とエーコ様を危険に晒したんだぞ⁉ それを……」
「まあまあ、お兄様」シャルルは、その傍で言った。「ナルシス君はよくやってくれましたよ。実際僕たちは無事だったわけですし――彼自身も無事だった。それをそう責め立てるものではありません。それに、彼が脱走してくれたおかげで、スズナ君が動きやすくなった、という側面もありましょうし」
「……そうなのですか?」
イカロスはスズナに視線を向ける。すると彼女は一瞬始末に困った。こういう嘘を吐くのは彼女の苦手とすることであったからだ。
「まあ……そうなんじゃないですかね」
「……スズナ君? もう少しはっきり言ってもらわないと僕の立場というものが……」
「別に役に立った気はしませんがね。一人でもできました」
「スズナ君? スズナ君⁉」
「ほら見ろナルシス。今日のお前は単に一人で突っ走っただけだ」
ナルシスはがっくり肩を落とす。本当はこの事件を影で解決していたというのに……それを表で胸を張って言える日は、きっと遠い。
「だが、まあ――」イカロスは、その肩をバシバシと叩いた。「無事でよかった。二人とも。怪我もない。結果だけ見れば大成功だ」
「…………」
その一言にも、彼は曇らされる――その言葉の裏には、彼の好意対象者がテロで失われたという事実が眠っている。それも自由恋愛主義者によるテロで――その自由恋愛主義者の一員となってしまっていることを、ナルシスは後ろめたく感じずにはいられないのだった。
「それより」だから、話題を逸らした。「シャルル。エーコさんの具合はどうなんだ?」
「ん、ああ、実はあまりよくはない。気絶したままだ。顎を蹴られたのがよくなかったらしい。今、救急隊員に見てもらっている」
「そうか――なら傍にいてやってくれ。好意対象者の君がその役目に相応しい」
そうさせてもらう――と言って、シャルルは席を立った。そして救急車に乗り込み、救急隊員と会話を始める。
「じゃあ、俺も持ち場に戻るよ。」イカロスはそれを見届けてから、言った。「無理言って抜けさせてもらったからね、そろそろ後始末をしなくちゃならない――」
「後始末?」
「そりゃそうだろうが。現場検証もしなけりゃならないし、何よりあのダイモン・オブ・ソクラテス=サン・マルクスが出たって証言もある。それに、クサナギ館を爆破したのが誰なのか――突き止める必要があるからね」
「……え?」ナルシスは思わず聞き返した。「何ですって?」
「だから、クサナギ館……爆破されたのには気づいていたんだろう? それを、」
「いえ、そうではなく……誰が爆破したか、分かっていないんですか? 本当に?」
「ン? ああ」
だとすれば――国民団結局側が爆破したわけでもないということになる。いや、実際不可能なことではあるのだ、無反動砲の精度と射程では、一番近い陣地からでも当たりはしない――いや、そもそも、シャルルたちがいるかもしれない部屋を撃つはずもないのだが。
しかし、愚恋隊でもない、というのが、オウカの言葉で。
自分たちでもない、というのは、知っていることだったとすれば。
アレをやったのは、一体誰なんだ?
「ポンペイア三中職――!」しかし、イカロスはその声に振り向いた。「どちらにおいでですか⁉」
「マズい、呼ばれてしまった。行ってくるよ」
そう言って、彼はくるりと背を向けて歩き出す。彼は気づいていないのか? この状況に――いいや、気づけるはずはない。この事件に関わった三者からの証言を全て聞けなければ、この異常事態には気づくことができない。
「どうしたナルシス」スズナは、首を傾げた。「そんな青い顔をして」
「僕の顔はいつだって白く輝いているものだが――しかしスズナ。覚えていたらでいい。君が最初に倒した愚恋隊のパンツのガラを覚えているか?」
「あ? どうしたお前、ついにソッチ側に転向したのか?」
「君が倒して僕が確認していないパンツはそれぐらいなんだ。で、どうなんだ?」
「いや、トイレの周りにいた護衛もいただろ――そいつらはイチゴパンツだったが――そういや、風呂場で倒した奴だけは、トランクスだったな。でもそれがどうした?」
瞬間、ナルシスは閃いた。答えに気づいてしまった。だとすれば、危険だ。この状況になってから二四時間以上経過している。次の手を打つのに充分すぎる時間が経っている。
――もしナルシスが彼らなら、どうするか。
彼がその方向を振り向いた瞬間だった。
救急車が、シャルルとエーコを乗せて走り出すのは。
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