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第48話 叫び続けろ

 目を開ける――すると、そこには一人の男が、人質たちを守るように愚恋隊員との間に立ち塞がっていた。ボロボロの外套を身に纏い、その堂々たる背を以て誰であるのかその場の人質に語る。


 ダイモン・オブ・ソクラテス=サン・マルクス。


 あの自由恋愛主義者が――現れた?


 いつの間に?


「やはりアナタは私の前に立ちはだかろうというのですね?」オウカは、しかし、眉一つ動かさなかった。「この裏切り者が――他の人質と共にここで死んでもらう」


「裏切り者?」ふん、と彼は笑った、のか?「どういう意味かな?」


「クサナギ館を爆破し、それを利用して私を射殺させようという魂胆だったのでしょう? 密かに爆薬を運び出し、セットする――アナタならば、可能なはずです。全てお見通しですわ」


「……それは違う、と言っても信用してもらえまいな。第一、悪魔の証明というものだ。ことここに至ってはやっていないことを証明するのは不可能に近い。だが主張させてもらう。クサナギ館を爆破したのは私ではない」


「その主張に果たして意味があるのですか?」


「あるさ――何故なら私は君に、脱出方法を教えに来たのだから」


 すると、オウカの表情はここで初めて崩れた。不機嫌そうに眉を顰めて――すぐに元の固い笑顔に戻る。ほんの一瞬の変化だった。そうして歪んだ鉄面皮を身に着けたオウカは、すぐに言い返す。


「脱出なぞ、それこそ必要のないことです。とうの昔に、我々はここで戦って死ぬことを選びました。弾薬にせよ食料にせよ、しばらくは立てこもることができる量があります。それを全て使い、ここで何が起きたのか誰も忘れないよう傷跡を残すのです。人々はフジ山を見る度思い出すでしょう――ここに愚恋隊あり、とね」


「それは愚かな選択だ」


「平和主義者を名乗るアナタからすれば、我々の選択はそう見えるのでしょう。ですが、これが我々の生き方です。命()()のものすら賭けようとしないアナタと違い、我々は常に死ぬ覚悟ができている。殺す覚悟も――それほどの覚悟もないのなら、世界を変えることなどできはしない」


「…………」


「我々は、英雄になるのです。革命に命を賭した英雄に。我々がここで散ったとして、そのとき舞った花弁を誰かが拾うことでしょう。そしていずれ大輪の花を咲かせるでしょう。そのとき革命は成るのです」


 オウカは、微笑みながら手を伸ばす――ダイモンへ。シャルルの角度からでは、その表情を窺い知ることはできない。だが何かを思案しているようだった。それでいてどこか驚きも感じているようだった――その内容までは、分からないが。


「そうか」そして、ダイモンは静かに口を開いた。「君たちも、そこに行きついたのだな」


「おや? ……アナタが理解してくれるとは意外ですわね?」


「確かに、革命が成されるのならば――その主体となる人間が、自分たちでなくてもいいというのは、合意できる話だ。もちろん、自分たちが革命を完遂することを目指すものではあるが、後世の人間がそれを成したとしても、そこに反感や不満は存在しない」


「そう。ならば当然、私と一緒に死んでくださるわよね? だって今そう言って――」


「だが」ダイモンは、遮って、言った。「花弁は花を咲かさない――ただ腐って消えるのみだ」


 ぴき、という音が聞こえた気がした。その根本にあるのが誰なのかは、言うまでもないことだった。その張本人は、サブマシンガンの銃把を強く握り締め、強くダイモンを睨みつける。


「それは言葉の綾というもの。サン・マルクスともあろう者が、そのような言葉尻を捕らえた言い様をするなど、落ちたものですわね」


「どうかな、それはその実、本質を捉えた言葉だ。英雄という言葉もそうだ。英雄などというのは、大抵死んでからなるものだ。生きながらにそうなることはできない」


「それが揚げ足取りだと言っている――!」


「そして君たちは英雄になることすらない。民衆の恐怖の象徴として宣伝され、ただ歴史の悪役として消費されるに留まるだろう。顧みられるときは、そうだな、後世の歴史家ぐらいのものだ。それを、英雄とは呼ばない」


「そんなもの、アナタの推量に過ぎない。憶測でしかない。そんなものでこの私が揺らぐと思っているのかッ? だとすればお笑いですわね」


「ならば、」ダイモンは、はっきり言った。「何故君たちは壊滅している」


「な、に――」


「『大反動』のときに君たちはあれほどの被害をもたらして――そして散った。そう、花弁を散りばめたはずだ。だが、それに呼応する動きはこの五年間、我が初恋革命党を除けばないに等しかった。そしてその我々でさえ、君たちの運動に百パーセントの追従をするものではない。つまり無関係ということだ」


「何を言っているのか分からない。我々の組織が壊滅している? 何を根拠に、」


「地区隊――ある隊員が言っていた。どこの地区隊から来たのかと。だがたかだか資金集め程度の小規模作戦で各地に分散している兵力を結集させる必要は、本来ないはずだ。裏を返せば、それだけ作戦に割ける人数が逼迫しているということを意味する――君たちは戦力の補充に失敗している」


「…………」


「このままでは、君たちは本当の意味で壊滅し、その後を追う人々も現れない――それに、仮に現れたとして、彼らにはノウハウがないだろう。芽が出る度に潰されるに違いない。君の望む形での革命は、永遠に起こらない」


 死人の声は、誰にも届かない。


 口を開くこともできず、ただ後ろ指をさされ、消え去るのみ。


 一度恐れられても、すぐに蔑まれ、忘れられる。


「だとして――どうしろと?」オウカは、項垂れる。「私たちは、世界から存在を否定されている。拒否されている。拒止されている。そんな私たちに、戦って死ぬ以外、何ができるというの?」


 私たち同性愛者は。


 この世界にいないものとされている。


「…………」


「答えなさい。ダイモン・オブ・ソクラテス=サン・マルクス。私たちが生き延びたとして、その先に何があるというのです! どうせ、世界に押し潰され、消えて、散っていくしかない私たちを、どうするというの⁉」


「……それは」ダイモンは、言った。「君たちが決めることだ」


「……⁉」


「死ぬことに意味などない。意義だって存在しない。戦ったところで何も残らない――その虚しさを埋めるのは、君たち自身しかいない! 自分の存在意義を他人に求めるな! 自分自身のことは、自分自身で掴むんだ! そして叫び続けろ――私は、ここにいると!」


 叫び続けろ。


 声を上げ続けろ。


 異論となり、異色となり、異物であり続けろ。


 そして――生き続けて、世界を変える、種を蒔け。


「ふ、」オウカには、そう聞こえたのだ。「は、は――ははは、はは、は――」


「オウカ様……⁉」フブキが、近づいて言った。「どうされるのです⁉」


「いいでしょう。処刑は中止します」


「な……!」


「クサナギ館を爆破したわけではないというアナタの言葉も信じましょう。私を殺すためなら、そもそも私のいるところに爆弾を仕掛ければいいはず。それこそ、アナタの力なら可能なことです」


「オウカ様!」フブキは、オウカの目の前に回り込んだ。「しかし、国民団結局が来ているのですよ⁉ 彼らが安全に脱出させてくれるはずがない――まして、現に我々は完全に包囲されています。脱出口など、どこにも――」


 三方に国民団結局が展開し。


 残りの一方は、湖――典型的な、背水の陣である。


 本来のそれと違うのは、背後から来る援軍などないということ。


 その牢獄めいた状況から、どう脱出するのか――


「だとして、」そんなことは、今はどうだっていいのだ。「生きると決めたのです、私は――だから、そのためだけに行動する。異論があるなら、今ここで私を斬り捨ててくださって結構! ……その覚悟が、あるのならば」


 オウカは腰の短刀を抜くとその柄をフブキに向けた。戸惑うフブキの手に、オウカはそれを握らせた。すると彼は、腰だめにそれを構える――今にも突きが繰り出されるように――が、それはオウカのタクティカルベストの目の前で、動きを止める。それが刺さらない、わけではないだろう。そういう理屈めいたことによって、ではない――その証拠に、フブキはそのまま、短刀を取り落としてしまった。


「決まり、ね――」それを拾って鞘に納めつつ、オウカは言った。「それでサン・マルクス? 実際私たちが何らプランを聞かされていないというのも事実なのだけれど、どういう考えがあるのかしら?」


 ダイモンはそのときにやりと笑った。


「恐らく、国民団結局はすぐには突撃してこない――本命の攻撃は夜中に行われるだろう。彼らにあってこちらにないのは暗視装置だ。そして今日の天気は曇り。夜襲にはうってつけだ」


「なるほど、それで?」


「一方でこの場合――敵にとって都合がいいということは、こちらにとっても都合がいいということでもある。まあ見ていろ。誰も取り逃がしはしないさ」

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