第47話 待ったをかける
人質たちの集められていた宴会場へ着くや否や、シャルルとエーコは後ろから突き飛ばされた。両手は未だに縛られていたから、彼らは受け身も取れずに真っ直ぐ床に叩きつけられ、小さく呻き声を上げた。
「これで一部を除いて全員ですわね」
突き飛ばした、というよりは蹴飛ばした張本人たるオウカはすらりとした足を引っ込める。それから、顎でシャルルとエーコに他の人質の場所へ行けと指示を出した。彼らは一瞬、その態度に翻弄されたが、それに従って這って進んだ。
「皆様――」そこへ、オウカは高々と宣言した。「大変お待たせしましたわ。まずはお詫び申し上げます。これまで大変なご不便をおかけしまして、誠に申し訳ございません」
そして、深々とお辞儀をする――人質たちは、その態度に面食らったようにどよめいた。だがそれが言葉通りの善意ではないことは、誰もが感じ取っていた。顔を上げたオウカの張り付いたような笑顔、銃把から離れない手、そして周囲の隊員の目の色が何よりの証拠だった。
「さて、皆様お気づきのように、国民団結局のお歴々は我々の警告を無視して攻撃を再開しました。我々は再三こちらの要求を伝え交渉を続けて参りましたが、その答えは銃声でしかなかったのです。その暴挙の目的は、名目上はアナタ方を救出するためなのでしょうが、現実には違う。彼らは結局、我々を処理したいがために行動を開始したに過ぎません。その証拠に、戦闘を決定づける突撃はまだなされていない。一度たりとも」
できるはずがないのだ。ホテルのエントランスまでは、曲がりくねっているとはいえ、一本道。もちろんこんなところから攻撃をしようという馬鹿はいない。だがそれ以外にしても木々や草木で遮蔽されているとはいえ、ヤタノカガミ館から俯瞰されることになる。大部隊がそこを動こうとすれば、すぐさま見つかり射撃されるわけである。
だが、そうでもしなければ、早期の突破などできない――が、それをやらない。
つまり、
「彼らはアナタ方を助ける気などないのですよ。助けるために犠牲を出すつもりなどないのですよ。そして――我々がアナタ方を最後まで利用するために生かし続けるなどという幻想に浸っているのですよ」
オウカは、サブマシンガンのコッキングハンドルを強く引いて初弾を薬室に放り込んだ。激しい金属音。するとそれは連鎖した。他の隊員たちもそれに続いたのだ。それが何を意味するのか――銃の知識が全くない人質もすぐにそれを理解した。次の瞬間に銃口が彼らに向けられたからには。
「やめてッ――!」耐えきれず叫んだのは、エーコだった。「何でもします。靴の裏だって舐めますッ。だから、お願いだから殺さないでッ! まだ死にたくないッ」
彼女は一番近くの隊員に縋りつこうとすらした。足のバネを使って近づいて――シャルルはそれを止めようと腰を浮かしたが、間に合わない――蹴り飛ばされた。その反動で彼女は大きく吹っ飛ばされ、シャルルにぶつかってようやく止まる。銃で撃たれなかったのは僥倖だと言えたが――彼女はそのまま気絶してしまったようだ、蹴りが当たったのは顎だったのだとそこに残る傷跡が語る。
「……オウカ。」シャルルは、その安らかとは言えない表情に、黙っていることはできなかった。「死ぬ前に一つ聞きたい。どうしてこんなことをする必要がある?」
「国民団結局から私たちを裏切った代償を得るためですわ。彼らが先に裏切り、この私を殺そうとした――私は話し合いを望んでいたのに。それが理由ですわ」
「だが、君たちの目的は元々金銭だったはずだ。まだ交渉の余地はある。僕の存在を彼らにリークするんだ。そうすれば――」
そこまで言った瞬間に、シャルルはオウカに顎を押さえられた。気づかれぬ内に、彼はしゃがんでそうすると、強引にシャルルと視線を合わせた。
「そんなことは――もうどうだっていいのですよ。要するに彼らの回答としては一〇億クレディ程度の出費よりも、夥しい量の出血を選んだということなのですから。だから、我々もそれに応えるまでのこと」
「しかし、人質がいなければ、君たちは死ぬまで戦うことになる。それは悲惨なことだ」
「ですから、それを選んだということなのです。彼らも――我々も。最後まで殺し合わねばもう気が済まないのです」
「……僕は君と友人になったつもりだ。その折角できた友人が死ぬというのは、耐え難い苦しみだ。まして、友人同士が殺し合うなど……だからそんなことを言わないでくれ」
「残念ですが、友情はとうに打ち砕かれた。あの銃弾が破壊した唯一のものですわ」
「ならせめて、この人たちだけは生かしてほしい。殺すのは、僕だけにしてくれ。それだけで国民団結局には通じるはずだ」
「分かっていませんわね。私が単なる感傷や癇癪で人質を殺そうと思っているとでも? 人質の監視に必要な人員を戦闘に振り分ける必要があるから処分する必要があるということですわ」
そう宣言するオウカの瞳には、炎が灯っていた。それは炎そのものを細分化してその役割を概念化したそれそのものであった。
即ち――破壊。
本来人知を超えた力。
制御不可能の神通力。
全てを壊してしまってなおまだ有り余る絶望がそこに見えるようだった。
その不気味な涼しさに、シャルルは言葉を失ってしまった。そもそもの話、何が言えるというのだろうか、一度気まぐれに人を信じた結果手酷く裏切られ、今にも壊れそうな人間に?
人の言葉に足を掬われた人間を、救う言葉などあるのだろうか?
(そんなもの――ありはしないんだ)シャルルは、諦める。(僕らは、失敗してしまったのだから)
目を瞑る。すると、離れていくオウカも、向けられる無数の銃口も、そこから飛び出てくるであろう銃弾も、見えなくなる。銃声だって聞こえなくなるだろう。沸き起こる悲鳴も遠くに感じられるぐらいなのだから。
そして、ジッと、シャルルはそのときを待った――待ったのだが。
「残念だが」その声はそのとき聞こえたのだ。「その処刑、待ったをかけさせてもらう」
高評価、レビュー、お待ちしております。




