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第44話 押し売り

 一夜明けた。柔らかいベッドの上で、ボロボロの内装に囲まれて、オウカは目を覚ます――意外にも、国民団結局の散発的な銃声は、夜は聞こえなかった。ハラスメント攻撃という概念がないわけはないのだが……まあいい。彼は布団を跳ねのけて、下着以外何も身につけていない体に制服と装備を貼りつけていった。


「オウカ様!」フブキは、そのとき急いで部屋に入ってきた。「大変です!」


「何です、騒々しい。愚恋隊たるもの、常に落ち着きを以て」


「入口のバリケードが破壊されました。機関銃も悉く……トラップも全て解除されています」


 一瞬で、寝ぼけ眼が覚醒する。彼女は急いで全ての準備を整えると、エレベーター……は破壊されているから、階段で一階の渡り廊下まで向かう。するとそこには何人かの隊員が歩哨代わりに立っていて、その背後で隊員が介抱されていた。


「これはどういうわけか。何があった……」


「わ、分かりません」その隊員は答えた。「機関銃陣地で待機していたらいきなり後ろから殴られて、気づいたらこの有様で」


「国民団結局か。奴らに浸透されたのか」


 一瞬過ったのはサン・マルクスの言っていた隠し通路という言葉であった。尤も、それは妄言の類だろうと思っていた(実際、彼の『異能』からすれば、それは必要ない)が……可能性は一つ潰しておきたかった。


「それはないかと思われます、オウカ様」するとフブキが、その疑問に答えた。「狙撃隊からの報告では、ホテルに近づく人影はありませんでした」


「彼らには暗視装置を持たせてありますものね……だとすれば、内側からの犯行ということになる」


「でしょうな……やはりあの逃亡者たちかと」


 生きていた、ということになるのか――とオウカは自らの眉間に後悔の念を浮かべずにはいられなかった。あの高さでは助かるまいと思ったが、確かに遺体は見つからなかった。それでもカタギの人間に大したことはできまいと侮ったのが、この始末だ。


「取り敢えず、軽機関銃隊をここへ。何もない無防備な状態であることを連中に気取られるな。トラップと爆薬の予備は」


「それも、奴らが処分したものと思われます。集積所から忽然と姿を消していました」


 思わずオウカは舌打ちした。これではこの通路の防御は精々機関銃が二丁だけということになる。スモークグレネードの一つでもあれば簡単に接近を許してしまうだろう。突破されてもいくらか抵抗はできるだろうが……戦闘が容易なものでなくなるのは想像に難くない。


「どうします、オウカ様。例の人質を処分し見せしめにしては」


「フブキ、それはあまり賢い選択とは言えませんね。あくまで私たちの目的は活動資金を分捕ることにあります。内患へ対処するのは、そのための手段に過ぎない。それに――」


「それに?」


「あの二人、どこかで見覚えがあるのです。もしかすればかなりの譲歩を引き出せるかもしれない。もしそうなら下手に殺すよりは、殺す殺すと脅しをかけた方が効果的でしょう」


 は、とフブキは返答した。この同じ地区隊出身の隊員は、融通の利かないところもあるが、総合的に見れば他の地区隊出身者よりも優秀であるように思われた。何より命令に忠実だ。他の地区隊出身者ではこうはいかない。それぞれにプライドや慣習があるからだ。


 だから、本来は地区隊ごとに作戦行動を取るのが基本なのだ――が、今回そうしていないのは、要するに、それだけ勢力が落ち込んでいるということである。


 五年前の「大反動」。


 その際に失われた人員は、本来今の現役層を育てるはずだったし、一八歳の引退後は社会に溶け込む諜報員として陰ながらに彼らを支援するはずだったのだ。だがその人口ピラミッドが崩壊したことで、各地区隊で育成可能な人員も減り、その練度も低くなった。情報戦では後手を取りがちとなり、資金も入手しづらくなった。


 その結果がこの事件である――最も重要な副官等は直属の人員でまとめてこそいるが、それ以外は各地区隊からの寄せ集めである以上、連携は取れているとは言い難いのが現状だ。そして報道以上の情報は限られている。これでは勝ち目が薄い。


(だが何としてもやり遂げねば)しかし、彼は進む。(いずれ起こる大革命の日に、私たちのような専門部隊は必要になるはずだ。市民部隊だけではいずれ崩壊する。組織として国民団結局に対抗し得るものでなくてはならない)


 そうして、彼は部屋に戻ろうと踵を返す――すると、そこで倒れていた隊員の端末から呼び出し音がした。


「はい、ヒノキです……」そして、彼はすぐ顔を顰めた。「何? ……オウカ様!」


 彼は痛みに耐えながらゆっくり立ち上がり、呼び声に従って立ち止まったオウカに自らの端末を渡した。


「何です」


「サン・マルクスから……」


 オウカはぴくと眉根を不随意に動かした。瞬間的に沸き立った怒りがそうさせた。勢い余って隊員の顔を殴らんばかりの速度で彼は端末を奪うと、すぐに通話を変わった。


「はい、お電話変わりましたわ。こちらオウカ」


『オウカ・アキツシマ。私からのプレゼントは気に入ってもらえたかな?』


「ええとても。今すぐにお礼がしたいのですけれど、お友達の方にお渡しすればいいかしら」


『それはとても困るな。是非とも私に直接頂きたいものだ』


「それならコソコソと隠れていないで私の前に来ていただければよろしいでしょうに。本当は欲しくなどないのでしょう?」


『否定はしない。君とはお互いに贈り物をするような利害で結ばれた関係ではなく、もっとフラットでドライな関係でいたいと思ってね』


「そう。私はアナタといかなるものにせよ関係を持ちたいなど思ったこともありませんが」


『それでも必要性が私たちを結びつけることになるだろう。そのプレゼントはそういう目的で贈らせてもらった』


「必要性を生み出しておいて、手を結べと?」


『元々、その必要はあった。君たちは情報戦に敗れ、厳重な包囲を受け、今敗北しようとしている。それが遅いか早いかの問題であって、私の行為は単にそれを明確にしただけのことだ』


「私たちが負けると? 面白い冗談を聞きました」


『補給も届かず、解囲軍を持つわけでもない君たちには、いずれ干上がるか制圧されるかの二択しかない。明白な原理だ』


「侮辱するようなら、斬ります」


『通話をかね、それとも私をかね――そのどちらも必要ない。言ったはずだ。私は君たちを助けるつもりだと。勘違いしないでほしいな』


「勘違いなどしていない。アナタは私たちに敵対行動を取った。つまり敵に他ならない」


『いいや勘違いしている。私は敵ではなく中立だ、若干君たち寄りだがね』


「そう思えないと――!」


『私は、』サン・マルクスは、その激高を遮って、言った。『国民団結局側から二四時間の休戦を勝ち取ってきた。その対価として、君たちの防備を解かせてもらった。現に、今日は静かなものだろう』


「…………」


 確かに、今朝は偵察のために近寄ってくる国民団結局職員もいなければ、それに対するスナイパーの射撃もない。これだけの無防備な状況にあっても――そして恐らく彼らはその状態にあることを知っているにもかかわらず――攻撃がないことは、停戦とやらが本当らしいと思わせるのに足る状況証拠であった。


「……だとして、」それとこれとは別だろう。「それだけが彼ら国民団結局の望みではないでしょう――二四時間ということは、人質を見捨てることになる」


『ああ。停戦の間、カウントダウンを中断してほしい、というのが彼らの要求だ』


「到底飲めませんわね。それでは私たちは防備を捨てた挙句人質を殺す権利さえ失う。どこが中立なのかしら」


『中立さ。君たちが再度防備を固めることに関しては、何ら彼らは拒否できないのだから』


「……何?」


『彼らと約束したのは、あくまで一度装備を解体するところまで。そこから先のことは何ら保障していない――だから、君たちが処刑を延期してくれるのならば、僕は武器庫から奪った爆薬等を君たちに返却してもいいと思っている』


「――――」


 オウカはそのとき気がついた。これは国民団結局との交渉などではない。相手は彼らではなく、実際には仲介人の見た目をしたサン・マルクスと交渉をさせられているのだ、両者とも。確かに、お互いの要求を伝えてこそいるが――その一方で、存在しない譲歩をも強いられている。愚恋隊は通路が解体されたことを知らなかったし、国民団結局は通路が再整備されることなど知らないのだ。


 しかし、それでもオウカの心は揺れ動いた。二四時間もあれば、この通路の惨状をある程度までは元に戻すことができる。元々、戦術的にはこちらが有利なのだ。少しの防御施設でも多大な出血を強いることができる。初期の想定とは多少異なるが、やってできないことはないはずだ。戦場において想定通りのことなど何一つないのだから。


「いいでしょう」オウカは、答えた。「爆薬が集積所に戻されたのを確認次第、私たちから国民団結局へ処刑の延期を伝えます」


 とはいえ、イニシアチブを握り直す必要はある。掌の上からいい加減降り、直接交渉に打って出るべきであろう。下手にメッセンジャーボーイにしたならば、どんな条件が追加されるか分かったものではない。


『それともう一つ、』だが、サン・マルクスはそうなる前に条件を追加した。『彼らから要求がある。それを甘受してもらいたい』


「甘受、ということは我慢しろと?」


『否定はしない――が、タダでとは言わない。彼らはクサナギ館で起きている火災を消火したいと考えている。そのために消防隊を入れたいというのだ。もちろん、ヤタノカガミ館には一歩も入れさせない。君が望むなら、その対価に食料などを仕入れさせることすら可能だと思う。どうだろうか?』


「…………」


 一度手にしようとしたイニシアチブが、転げ落ちていくのをオウカは感じた。下手にここで直接交渉を主張したならば、物別れに終わる可能性もある。その場合停戦はなくなり、無防備な状態で国民団結局と戦闘をしなければならないかもしれない。


 それは避けねばならない。オウカは一瞬下唇を噛んだ。相手が一枚上手だ――時間を止めて考えたところで他の答えは思い浮かばないだろう。


「分かりましたわ。アナタのお好きなように」


『話がまとまったらまた連絡する――それでは』

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