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第43話 交渉

「クサナギ館で爆発だと⁉」ミックススはその報告に思わず受話器に向かって叫んだ。「確かなのか⁉」


『は、はい。目の前で爆発しました……消火装置も破損しているようです。現在炎上中』


「何号室だ」


『少々お待ちを……五階の……一〇号? 五一〇号室です!』


 瞬間、ミックススの肉体は驚きに震えた。クサナギ館、というだけで、それは驚くに値した。彼らがいるのはヤタノカガミ館であり、そこから外には出ていないはず。だとすれば爆弾は事前に設置された可能性が高い。それの何が問題なのかは、言うまでもなかろう。


 五一〇号室。


 そこは、シャルルたちが予約していた部屋だ。


(情報が漏れていた? 彼らは知った上で知らぬフリをして交渉していた? そうしてこちらが油断するのを狙って?)


 内通者が少なからずいるであろうことは、織り込み済みではある。が、脅しであるとはいえ、それはあまりに効果的に過ぎた。これの意味するところは、いつでも彼らを殺すことができるということであろう。重大な切り札を持っているというアピールである――少しでも躊躇すれば、それを切ってくるかもしれない。


 対する国民団結局は――何も持っていない。金銭の供与など予算編成上短期間では不可能だし、それを「市民」が許してくれるはずがない。自分のキャリアなどシャルルやエーコが無事に帰ってくるならばどうだって構わないが、それにより自由恋愛主義運動に勢いをつけることは、避けなければならない。


 そして、そのとき、一番近くの電話機が鳴った。誰からなのかは推測がつく。今最も勢いづいている人間だろう。


「はい、こちらアラダ」


『アラダ一中職。』出たのは、やはりオウカだった。『アナタには交渉のテーブルに就くつもりがないように思える。違いますか?』


「生憎と違う。君たちの方こそ、まだこちらの回答がないのに人質に危害を加えたな? これでは交渉のしようがない。約束は守れ」


『そちらこそ、こちらはまだ動いていないというのに攻撃を加えたでしょう。クサナギ館への無反動砲攻撃とは、随分派手なことをしましたね』


 ――何だ?


 何か、噛み合っていない。


「待て、こちらは無反動砲は使っていない。クサナギ館の一件についてはそちらの行動として了解している」


『そうやって空き部屋を爆破し、その責任をこちらに擦り付けて総攻撃の口実を作ろうというのでしょうが、無駄ですわ。我々は爆発物を使用していない。つまり、アナタ方が使用した。ここに私たちしか存在しない以上明白な論理ですわ』


「だから、少し待て。事実確認を行うべき――」


『――今から二四時間後』オウカは、ミックススの言葉を遮った。『人質を二名処刑する予定です。それまでに何ら返答なき場合、彼らを処刑致します。屋上でやって差し上げますから、自分たちの無力さと無思慮さを知りなさい』


「ちょ、ちょっと待て、貴様……!」


 ぷつ。ツーツーツー。


 言い終えるより早く、電話は切られた。咄嗟に特定された直通番号にかけ直すが、出ない。本当に何らかのアクションがメディア等で確認されるまでは、全く交渉する気がないということだ。


「ポンペイア三中職」最後通牒、ということであろう。「『共和国前衛隊』はどこまで来ている」


「……は」イカロスは若干の喜びを隠しながら、言った。「爆破の情報は既に伝えておりますから、既に演習場は出発しております。あと一時間もかからずに到着するものと思われます」


 ――早いな、さては最初から準備していたな?


 そうミックススは思ったが、口には出さない。次の行動を予測して動いてくれたことを褒め称えこそすれ批判することなどできない。


「では、到着次第部隊を展開させてくれ。『共和国前衛隊』を先頭に突入し、可及的速やかに現状を収拾する――」


 そのときだった。


「アラダ一中職!」オペレーターが立ち上がったのは。「入電です!」


「今度は何だ。今は忙しい、切れ」


「ですが、サン・マルクスと名乗っています」


「サン・マルクス……? あの自由恋愛主義者のか。用件は」


「ですが、仲介をする、と――交渉を手伝う用意があるようです」


「…………」


 真っ先に疑ったのは、罠という可能性だ。何しろ相手は自由恋愛主義者――愚恋隊に比べれば多少マシというだけのことであって、その根底にある思想は変わらない。平和主義者を自称しているが、ややもすればこの事件の黒幕である可能性だってある。


 だとして――状況はあまりいいとは言えないのもまた、事実だ。あのホテルの構造上、ヤタノカガミ館への突入口は一つしかない。言うなれば隘路に向かって突撃する形になり、大軍であることは活かしづらい。いくら精鋭たる「共和国前衛隊」といえども、渡り廊下に機関銃の一つでも据えられていれば、それだけで血の池地獄をそこに作り出すことになるだろう。


 何より悪いのは、機関銃が据えられているかどうか、それすら分からないということである――偵察をしようにも接近すればどこかに潜んでいる狙撃手に正確な射撃をお見舞いされる。それも即死狙いのヘッドショットではなく足や手といった致命傷になりにくい箇所を狙うことで救助の手を煩わせる()()()()を頂いている。


 だとすれば――時間稼ぎ程度にはなる可能性があった。交渉のみで妥結することはあり得ないし許されないが、


 ミックススはイカロスに「少し待て」と言うと、わざわざオペレーターのところまで行って受話器を取った。


「こちらはミックスス・アラダ一中職だ。本件の指揮権を有している」


『ご丁寧にどうも。こちらはダイモン・オブ・ソクラテス=サン・マルクス。単刀直入に用件を言おう。攻撃は直ちに中止し、二四時間待ってもらいたい』


「…………」やはり、情報は大きく漏れているな。「残念だがサン・マルクス。それはできない。君に何の指揮権と識見があってそのようなことを言うのか全く理解できない。詳細は省くが、我々にはそれができない理由がある」


『処刑される人質が』無視して、サン・マルクスは言う。『シャルルとエーコだ、としてもかね?』


「⁉」


 さしものミックススでも、驚きを隠すのに苦労した。電話口でのことだから、表情は見られていないが、もしそうだったなら何もかも推察されていたことだろう。情報漏洩は深刻なレベルに達している。全くこの件と関わりなかったはずのサン・マルクスにまで漏れている……⁉


「サン・マルクス……」だが、隠し通さねばならない。ブラフだとすれば、危険だ。「何のことか分からない。そのような名前の人物は多すぎる。どのシャルルとエーコだ?」


『シャルル・オブ・プレジデント=キャビネッツとエーコ・ノ・オオクラ=キャビネッツの二人だ。彼らは二四時間後にこの世の者ではなくなる』


「君がそう仕向けていると我々は推測するが?」


『それは君たちの勝手だが、その間違った推測を元に行動した結果、彼らがどうなろうともいいというのか? 私としてもそれは困るのだが』


「ほう? 君が困る? 『内閣』家の人間が死ぬことがか」


『自由・平等・平和――それに私は忠実だというだけのことだ。言うまでもないことだが、「内閣」家の人間だろうとも、一人の人間として認めねばならない。そして何人たりとも罪もなく殺害されることは許容できない。それが私の活動である』


「聞こえのいいことを言う。」盗み聞いていたイカロスは不意に呟いた。「そうやって何も知らない一般市民を扇動した男が」


「君がどうあれ、」それを視線で制しながら、ミックススは言った。「我々はこの事件を収拾せねばならない立場だ。攻撃はそのために行われる。それを中止することはその義務を放棄することに当たる。それはできない」


『たとえ、隊員たちの屍を晒すことになったとしてもか』


「その隊列の先頭に立つことすら私は厭わない」


『……ご立派だ。だが義務を果たそうというのならば、そのようなやり方ではあたら命を散らすことになる。「内閣」家との論理と同じく、それを見ていられないから、こうして連絡を取っている』


「何が言いたいのかね?」


 にや、と笑う音がした、気がした。


『こちらには、君たちの攻撃進路上の障害を取り払う用意がある――ということなのだが』


 ぴく、と指先が震えた。それは、悪魔の囁きにすら感じられた。魔法を使って、お前の望みを叶えてやる。何、心配いらない、後のことは俺に任せておけ――と、耳打ちされたのだ、彼は。


 籠城している相手に強襲など、誰だってしたくない。防御の最たる形であるそれに強引に攻撃を仕掛ければ、多大な被害が出るのは間違いない。それでも他に方法がないから仕方なく覚悟を決めていたところだったのだ。


 だが、他に方法があるのならば――策謀を張り巡らせる余地があるのなら、それはそれで、一つの選択肢ではあった。


「アラダ一中職。」その思考を破るように、声が聞こえた。イカロスである。「今すぐ電話を切るべきです。彼らにそのようなことが可能とは思えません。第一、時間を与えれば防備が増強されかねない」


 だがそれもまた事実だった――こちらに何か仕掛ける余地があるということは、相手にも同じ余裕を与えるということにもなる。その間に彼らは、防備を増強し、あるいは人質を皆殺しにした後、包囲を強行突破して脱出する可能性まである。


 するとこれはジレンマであった。「旧時代」から戦史上何度も繰り返されてきたそれだ。しかも定石と呼べるものはない。先手を打って手酷く損害を受けることもあれば、手控えして満を持せば後手に回り敗退することもある。


 ミックススは決断した。


「分かった。攻撃は待つ」


「アラダ一中職……⁉」


「いずれにしても」ミックススは電話口を押さえて言った。「偵察時間は欲しい。それに君たち『共和国前衛隊』が展開するまでの時間稼ぎぐらいにはなる」


「し、しかし、それでは人質のお二方を見捨てることに――」


「分かっている――それで、どうなんだ? まさか人質を見捨てろというわけではあるまい。そこは君がどうにかしてくれるのだろう?」


『無論だ。交渉を行い、何としても処刑は取り下げさせる。盤面を振り出しに戻してみせよう』


「ン――」ミックススは一瞬だけ視線を走らせた。「ああ、それともう一つ」


『何だ?』


「彼らに、クサナギ館の消火作業に入ってもよいという許可を取りつけてほしい――宿泊客は自主避難してはいるのだろうが、隊員が入って消火しているようには見えない以上、延焼の危険性はある。ヤタノカガミ館にせよヤサカニ館にせよ、だ。人質であるとするならば、その安全は確保したい……頼めるだろうか」


 ナルシスは、一瞬言葉に詰まった。まさか向こう側から提案されると思っていなかった、というのもあるが――その一瞬の間に、司令官の言葉に何か違和感を覚えたのだ。ほんのりと、企みの響きが感じられた。何かを計画している、ような、そんな気が……。


『分かった。』だが、消火しなければ危険だというのは、承知できる話だった。『交渉してみよう』


「助かる――誰一人死なせないという一点にかけて、私たちは合意した。その合意に背くようなことはするなよ」


『もちろん。尤も、死なせないことに関して以外は、こちらも自由にさせてもらうがね』


 そう言うと、サン・マルクスは電話を切った。ミックススは受話器を置くと、ちらとオペレーターの方を見た――が、すぐにミックススは首を横に振った。逆探知の情報を捨てろ、という意味である。


「アラダ一中職」そこにイカロスは一歩近づいて言った。「何故逆探知をなさらないのです。今なら奴の正体に、」


「そんなことをすれば信用を損ねる。それに、奴らは大抵裏社会で流行っている闇端末を使っているに違いない。特定したところであまり意味はない。それより、君の原隊に到着しても攻撃は待つよう伝えたまえ。それが今の君の任務だ」


「……了解」


 イカロスは腹の底に沸きたつ反感を抑えながら、その命令を受け入れた。上長の命令は絶対である。その原則には、従わなければならない。


「それとポンペイア三中職」イカロスは一礼して、その場を去ろうとする、その瞬間ミックススは言った。「私は別に、この件に関して自己解決を諦めたわけではない。あくまでこれは時間稼ぎだ。言いたいことは分かるな?」


「……それはどういう意味でしょうか?」


「腹案がある――だがそれには準備が必要だ。それだけは君に理解してほしい」


 イカロスは、思わず上がる口角を抑えきれなかった。


「……蛇の道は蛇ですな」


「言うなよ。これぐらいの化かし合いは平然とやってみせなければな――さあ、行った行った。君の原隊が勝手に動いたら全てが台無しになる」

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