第39話 最上階
まずナルシスたちが向かったのは、ヤタノカガミ館の六〇四号室だった。
元の部屋に戻った――荷物を回収することは、この際一番大事だと言えた。
何日孤立無援で潜伏することになるか分からない以上継続行動能力を高めておきたかったというのもあるが……初恋革命党内の連絡に使う闇端末を回収しておきたかった、というのもある。もし愚恋隊が敗北した場合、まず荷物を回収するのは国民団結局になることだろう。その際にその中身を見聞されるのはマズい――というのが一つ。
「もう一つは」スズナに、ナルシスは言った。「党に連絡を取らねばならない――交渉の仲介人になることを、全世界に向けて宣言しなければならない。ダイモン・オブ・ソクラテス=サン・マルクスが関与すると見せつけねば」
「だが、どうやって? 動画を悠長に撮る余裕なんかないぞ。第一、このホテルの中で撮ろうものなら、ダイモンがお前だって分かってしまうだろう。今人質の中にいないのはお前だけなんだから」
「そのぐらい少しは自分で考えたらどうなんだ?」
「一々俺を貶めねーと気が済まねーのかお前は」
「考えろということが貶めることになるのか? ……そのぐらいのことは僕も考えてある。前に使った手を使えばいい」
「前に使った手?」
「同時多発演説――あれと同じ手を使う」
同時多発演説。
シンジュク、イケブクロ、シブヤ、トウキョウ――初恋革命党が、その四か所で同時に演説を打とうとした事件。それは結局「共和国前衛隊」に破られることになったけれども――それと同じ手。
「おい、そりゃ――」スズナの顔色が変わった。「音声だけ送るってことか? 演説だけ党に送って、その振り付けは他人がやればいいって?」
「幸い、あのときの影武者はまだ在籍していたはずだしな。いくらかの指示を一緒に送りつければ充分だろう。尤も、最終的には国民団結局へ話を通す必要があるだろうが、それはこの端末を使った通話で充分どうにかなるし、」
「それより先にやるべきことがある、そうだな?」
「その通り――交渉というのは二つの極同士の利益をすり合わせる作業だ。国民団結局にも話を聞くが、もう片方にも話を聞かなきゃならん――そして、そっちの方が楽だ。距離が近い」
そうして、辿り着いたのは――ヤタノカガミ館最上階。
一階層を丸々使った、最上級の部屋「ヒノモト・クラス」。
そこに、彼女――否、彼がいる。
オウカ・アキツシマが。
「と、」ナルシスは隣にいるスズナに目配せをした。「いうのが情報収集の結果として予想されることだが……」
「情報収集などと格好つけるな。実際には盗み聞きしたんだろが、『異能』で近づいて」
「黙らっしゃい。問題はそこではなかろうが」
ナルシスは、エレベーターから降りると、その真正面に一つだけある扉へ手を伸ばした。ドアノブを掴み、音が出ないようゆっくり回――せない。ロックがかかっている。
「予想通り、僕らの部屋同様にカードキーの類が必要なようだ。これでは入ることができない」
「じゃあどうする? 道を戻ってその辺の奴をぶちのめせばいいのか?」
「君という野蛮人は何でも暴力で解決しようとするな」
「お前を棍棒にして殴り壊すんでもいいんだぞ」
「僕という芸術品にはただ存在するだけで価値があるのだから、付加価値をつける必要はないよ。それに、そうしたところで開くものではなかろうしね」
「死ね?」
「揚げ足を取るな」
ナルシスは溜息を吐いた。よくもまあ自分はこんな低俗な女と共同戦線を張ろうとおもったものだ。数か月前の自分を殴りたい。
「よく考えてみろ――スペアを分捕ったにしろコピーを密かに作ったにしろ、ここは最高司令官室なわけだ。もし全ての隊員にカードキーを持たせていれば、僕らのような反乱者は誰か一人倒すことができれば簡単にここに入れてしまう。そうなれば逆に最高司令官を人質に取ることだってできてしまうわけだ」
尤も、あの圧倒的な能力を前に、そんなことができるとは思えないが――とナルシスは考えたが、口には出さなかった。口に出すだに恐ろしかったのだ。
「だから、信用したごく一部――副官クラスかその伝令にしか渡していないと推測できる。それに、この方法なら下っ端が指揮系統を飛び越えて報告してくるのも避けられる」
「それは理解したがよ。だとしてどうするかってところを考えているかお前? 今の説明じゃ、尚更ドアは開かねえって話になったんだろうが」
「いくら君が愚鈍だからって僕が同レベルにいると思うなよ」
「賢いと自認するならその馬鹿でも分かるよう説明しろよ」
「馬鹿と自認して開き直るな。少しは自分で考えてみろ。君でも分かる範囲だぞ」
――分かる範囲だァ?
スズナはすぐに、今までやった行動を振り返った。前述の情報収集の他には、敵情の把握。トラップやバリケードの位置の確認(交渉材料になるのだそうだ)。あとは――動画音声の録音とその送信。合流して最初にやったから、大体一時間前のことだ。
「……なるほどな、」スズナは感づいた。「そろそろ頃合いか」
「そう! 動画ができたはずだ――ちょっと早すぎるかもしれないぐらいだが、締め切りは設けておいたし、普段の動画作成でこのぐらいは慣れているはずだ」
ナルシスの計画では、初恋革命党の宣言を受けた愚恋隊が急いでオウカの元へ報告に行くという予想を立てていたのだ。今となっては再生数も落ち着いてしまった初恋革命党ではあるが、自由恋愛主義的テロが起きたことで皮肉にも思い出されるであろうということを想定に入れると、彼らの目に入る可能性は充分にあった。それに方向性は違うとはいえ同業者である。チェックしていても不思議はない。
その二人の背後で、エレベーターは開く――ナルシスはスズナを廊下の端に引き寄せた。そうして、後ろから来る人影を避ける。「異能」に化かされて何も知らずに歩く彼女の髪は茶色く短かった。そして黄色いスカーフ。
「……⁉ フブキ、」意味はないのだが、ナルシスは声を潜めた。「とか言ったな、あの隊員……しかしどういうことだ?」
「? お前の計画通りじゃないのか?」
「いや、他の階層の責任者が来るものだと思っていた。そうでなくても伝令が。だがあの隊員は人質の見張りの責任者だ。その本人が来るというのは予定外だ――」
嫌な予感がする。
ナルシスはスズナに目配せをすると、二人してフブキの背後をつけていった。すると彼はカードキーで開けるや否や、勢いよく中へ入っていった。おかげで、ナルシスたちはすんなりと侵入を果たした。
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