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第30話 いざヨコスカ

 ヨコスカ。


 それは、軍港として栄えた街である。古くはエド・ショーグネイトの時代に製鉄所や造船所が建てられたことが元になっており、第三次大戦前は現在の北米大陸行政区を支配していた国家の一つであるアメリカ軍の基地があった。


 が、それらは全て過去のものとして扱うべき情報である。第三次世界大戦以降、軍港というものは全て滅んだ。単純に核攻撃に晒されたということもあるが、すぐに訪れた核の冬によってそれどころではなくなったというのも大きい。


 しかし最も大きな要因は、「聖母」による世界統一が為されてから、破滅を招いた軍事という概念自体が徹底的に排除・迫害された点であろう。軍事力は政治力によって使われる道具ではあるのだが、その政治力が新体制により改善されてしまった以上――それを糾弾できない以上、道具の方を批判の対象とするのは当然の帰結であった。


 戦車は博物館に送られ。


 軍艦は全て武装解除。


 戦闘機はおろか、全ての航空機はその存在を規制された(ミサイルは空からやってきたのだ)。


 一時は陸海空全ての兵器が廃絶される寸前だったのだが、そのとき自由恋愛主義者によるテロが起きたため、それに対する抑止力として最低限と認められる兵器群は保有が認められた。その運用者として組織されたのが後の国民団結局である。


 ……閑話休題。


 かつてはともかく――では現在のヨコスカはどうか。


 ウミネコが鳴くその下に、その答えはある――灰色に塗装された船舶たちが、その答えだ。


 軍港に戻った、のではない――それらは全て博物館であった。戦争で破壊されなかった艦船は当時の貴重な資料として、それ自体が記念館――もとい記念艦として保存されているのである。


 もちろん、これには反対運動も根強くあった。兵器は存在するだけで罪であり、大戦を思い起こさせる負の遺産であると。しかし最終的には負の遺産であろうと遺産は遺産ということになり、保存に至ったというわけである。


「……アレが、」ナルシスは、それらの先に聳え立つそれを、知っている。「『聖母』」


 それは、一つの歴史的建造物であった。平たいサーフボードのお化けのような船体の上に、巨大な像が建立されている。その土台というのは、かつて「空母」とか呼ばれた兵器ではあるのだが、それを支配し、睥睨し、侵食するように()()は立っていた。


 彼女――とはいっても、それを女性の肉体として見るのは、一面的なものの見方というものだろうとナルシスは常々感じていた。それは樹齢千年の大木のようでもあり、立ち上る大火炎をたちどころに捉えたようでもあり、核の冬を生き延びた人類の生命力という概念を無理矢理三次元世界に具現化させたようでもあった。それを一つの型に嵌めれば、多少、女性の肉体を思わせなくもない程度の造形である。


 が、それは美術品ではない。


 が、美しいものには能力が備わっているものだ。


 が、それを「機能美」と訳すのは、あまりに直截的に過ぎる。


 が――それは現実に、世界を司り、牛耳り、管制下におくシステムであった。


 それが「聖母」。


 である。


「壮観だな」ナルシスの横に、彼女が並んだ。「極東列島行政区が寄港地に選ばれてよかった。それもヨコスカで」


「……スズナ」彼は、彼女の名前を忌々し気に呼んだ。「何をしに来た。気づいていると思うが、護衛はうようよしているんだぞ」


「何が問題なんだ? 好意対象者同士が仲睦まじく話しているに過ぎない。何も怪しまれる要素はない。気になるなら手を繋ぐか?」


 手を繋ぐ、というのは、ナルシスの「異能」を使って会話内容を隠蔽するか、という意味だ。彼には周囲から認識されなくなる、という能力がある。それのことを言っているのだ。


「…………」ナルシスは、仏頂面で逡巡した後、首を横に振った。「別にいい。どうせ大した用ではないからそんなことを言うのだろう」


 大した用なら、向こうの方から触れてくる。そういう考えだった。


「その通りだ。ここに来たのはシャルル様がエーコとイチャイチャしているのが見てられなかったからだ。ほら、あそこ」


「見せようとするな。傷を負うのは君だけでいい」


「そうかよ――それにしたって、クソデカいな。世界の中心ってだけある。あんなデカブツを、どうやって動かしているんだ? 確か、核融合じゃないんだろ?」


「核分裂、だそうだ――原子炉が生きている限りは、半永久的に動き続けることができる。尤も、数十年単位で燃料棒を交換しなければならないし、配管の交換はもっと早い。その辺の管理は自動だそうだがな」


「それに、整備をやってる連中も、国民団結局の専門部局だってんだろ? 身分や思想のはっきりしている……俺たちみたいな悪者が入り込まないように」


「……スズナ」


「わあってるっての。だから言っただろ、聞いてるやつなんていない。第一、俺たちは『ご友人』なんだぜ? 警戒する必要あるかっての」


「まあ、それはいい……問題は、これを前に、我々は『聖母』を前にしてどうすればいいかってことだ」


 我々。


 初恋革命党。


 その目指すところは――自由恋愛の解禁。


 そのためには。


「確か……利用する、んじゃなかったか? お前の話では? 『聖母』が政治を委任しているのだから、それがどうたらこうたらって」


「微妙に違うな。政治権力は第三者に委任できる、このことを、党の論理は前提とはしている。が、だからといって『内閣』家が権力を譲り渡してくれるかというのが別問題なのはこの間の一件で分かってくれたと思う」


「――」この間の一件。スズナは視線を落とす。「ああ」


 それはまさに、「内閣」家というものがその気になればどれほど横暴になれるのかということの証明とでも言うべき代物であった。


 自らの暴力装置によって逮捕するまではいい。


 それはあくまで法に則った行動だからだ。違法なのは初恋革命党であり、それを覆すには革命を成功させるしかない。


 だがその後に行われた拷問は、それこそ法によって規制された尋問手段だ。逮捕された人々の範囲もおかしい。単に通りがかっただけで拘束された人々もいた。


 そして最終的に――法を捻じ曲げたシャルルによって、彼らは解放されたのだ。それが可能なら、その逆もまた然り。誰にも知られることなく処刑することだって、不可能ではない。


 故に――「内閣」家によって制定された法や制度は、信用できない。いつだって改変可能であり、根底から覆される可能性を孕んでいるから。


「で、あればこそ」それは、前提として――ナルシスは語る。「その権力の源泉からのお墨付きを得る以外道はない。権力の委譲先を、『市民』……果ては議会に変えさせる外ない」


「『内閣』家から権力を奪うのか? だが、そのためには……」


「ああ。『聖母』そのものにアクセスし、その答えを得るしかない。それも直接、物理的に、何ら妨害を受けない状態で、だ」


 回線を通じての接触では意味がない。


 そもそも、量子通信システムのセキュリティはそれを不可能にしている。「聖母」にアクセスできるのは認証を受け、解読鍵を持っている政府機関だけであり、仮にその問題をクリアしたとしても、それは他の政府機関からの妨害を受ける可能性が高い。


 で、あるが故に、「聖母」への物理的接触だけが唯一の権力移行手段となる。それでもセキュリティシステムは存在するだろうが……「答えを知っていなければ解けない暗号」を解くよりは、確実に平易である。


「……そりゃ、まず無理だろうが」だが、それは絶対値的に簡単ということを意味しない。スズナは首を横に振った。「まずもって、『聖母』がこうして陸地にいるタイミングでなくちゃならねえだろ。船舶なんて、今どき『内閣』家が行政区間の移動用に持っているぐらいで、その他にしたって『共和国』の管轄下。奪うだけでも一苦労だ」


「もちろん、君の言う通りだ。一度出港を許せば――それに追いつくことはできない」


 各行政区は、「共和国」という行政機構によって統一されているにもかかわらず、経済的には各個に独立した存在である。


 これは、三次大戦後の食料生産が伝統的な農林水産からプラントによる集中統制生産方式に切り替わったことと、核融合発電によるエネルギー問題の解決による現象であった。完全に自給自足できている状況であるのに、何故他の行政区とやり取りをして融通をしあう必要がある? ……その中で、海運は廃れていった。今では少数種類のどうしても入手できない資源(鉄鉱石など)だけが生産拠点に送られるだけである。そしてそれらの船舶も、高速とは言えないのだ。なればこそ、「聖母」の無謬性は担保されるわけである。


「だったら、今すぐにでも動き出さなきゃならんのじゃないか、ナルシス? 停泊している間に素早く――」


「スズナ。それは不可能だ。今の党勢では武力行動など起こせはしない。僕もそれを望まない」


「しかし、」


「君という人間はいつも活発で行動的だが、一方で性急で短絡的だ。僕がその程度考えていないと思うか?」


「思う」


「そうか。では何も考えていないのは君の方だ。権限が委譲されるのを確認するのは、僕らでなくてもいいだろうに」


「…………」スズナは、怪訝そうにナルシスを見た。「は?」


「あのなスズナ君。僕たちの今の勝利条件は、『市民』の政治参画が『聖母』によって承認されることだ。権力の委譲が為されることだ。そこに僕たちが主体になるという条件は必ずしも含まれていない。主体は世界の誰でもいいから、それが確認されればいいわけだ」


「? えっと……」


「何故僕たちが今まで地道に支持を広げようとしてきたと思う? 何故この行政区にとどまらず、世界にアピールしてきたと思っている? ……それは、根を張るためだ」


「根を――」


「そう。世界中に党員という根を張る。それはいずれ網になって世界を包み込むだろう。その網の中で誰かがそれを確認したならば、それで僕たちが勝ったことになるんだよ」


 ナルシスは、手を広げる。両手を広げ、腕と胸を大空へ晒す。しかし、その中にあるものは決してただの空気ではない。大気という言葉ですら、不適当だ。


 そこにあったのは、世界。


 少なくとも彼にとってはそうであるのが当然であった。


 彼女にとっては、ともかく。


「……悠長で遠大で曖昧だな。お前の言うことは」


「そうかな? 僕ですら憧れるのだよ、世界征服は」


「そうかい。だが忘れるなよ」スズナは、踵を返した。「青春ってのは一度きりだ――初恋が一度きりであるように」


 そして、どこかへと歩いていく。一応針路上には自販機があった。話すのに飽きたから、飲み物でも買うらしい。ナルシスはそれを理解すると、じっと相変わらず目の前に聳えている「聖母」を睨んだ。


「ああ――分かっているよ」


 時間はない。


 何歳でも恋ができるというのは、この場合美辞麗句だ。


 初恋は、今しかできないのだから――そして、世界征服というのは、悪役の考えることである。

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