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第23話 スガモ・プリズン

 スガモ。


 商店街と複数の学園、そしてそれ以外が混ざり合った街――その中にある国民団結局の収容施設。そこにスズナがいるという。


 ナルシスが電話を掛けたとき、果たして三コールで、シャルルは出た。


『ナルシス、どうかしたのかい? エーコさんからも電話が来ているのだが……』


『シャルル、時間がないだろうから手短に行く。ニュースは見たか』


『ああ。残念だったね、彼女のことは――』


『知っているなら、頼みがある。彼女を釈放してやってはくれまいか』


『……ナルシス。気持ちは分かるが、』


『頼む。でなければ彼女は殺される――そうでなくても、流血が起こる』


『流血? 殺されるって――一体君は何の話をしているんだい?』


 やはり、彼は知らなかった。ナルシスは、そこに一縷の安堵を感じながら、それでいて厄介さを感じずにはいられなかった。


『無論、スズナ君の話をしている。「共和国前衛隊」が何をしようとしているのか知らないのか?』


『ナルシス、しかしそれは陰謀論というものだよ。暴徒鎮圧装備を持ち出したことについては僕も言いたいことがないではないが――』


『そんなことをする連中が、信用できるのか? 横紙破りをする連中など……!』


『でも、彼らも熱心だからそういうことをするんだ。そこは分かってあげなければならないと僕は思う。願わくは君にもそう考えてほしいものだけれど』


 ――駄目だ、これでは!


 彼は優しすぎる。相手の意図を汲み取りすぎる。それを理解した上で受け入れてしまう。恐らく彼にも超えてはならない一線はあるのだろうが、そこまでは無制限に踏み越えることができてしまう。


 そして、その世界観の中では、先に彼に取り入った方が要求を通すことができるのだ。


 その競争に、ナルシスは負けたのである。


『――分かった』敗北を噛み締めながら、ナルシスは言った。『なら代わりに、彼女に面会させてくれ。どこにいるかぐらいは、聞いているんだろう?』


『それぐらいの無茶は構わないさ。あとで位置情報を送るよ。担当者にも伝えておく』


 そう言って彼が示したのが、スガモの収容施設だった、というわけである。


(塀が高い――)能力を使って辺りを一周してから、ナルシスは思う。(やはり、面会を申し込んでおいて正解だったな。これなら、合法的に入ることができる)


 尤も、これはこれで横紙破りではあるのだが――とはいえ普通の手段では、部外者は面会どころか入ることさえできないのだ。弁護士すら、自由恋愛主義事件では面会させてもらえない。尤も、その手の事件で面会するほどやる気を見せる弁護士など稀だが。


 一方のナルシスは門番に身分証を見せて中に入り、受付を済ませた。その辺の椅子で待たされることになった彼は、五分ほど経った頃にお手洗いに行くと伝えて席を立つ。それから実際にお手洗いに行き――能力を使う。


(さて、)ナルシスは前に職員をかわしながら歩く。(普通はここからスズナがどこにいるか、どこに運ばれたかの勝負になるだろう。が、鍵を盗もうにも僕の能力は接触すると解除されるし、移送中を暴力で取り戻すのは僕の信念に反する)


 それにもっと美しい手段がある。


 交渉だ。


 が、それが一番難しい。


(今、最高指揮権を持っているのは、恐らくあの日僕を打ち負かした男だろう。恐らく暴力を使うことにあまり躊躇がないタイプ。つまり同じ土俵に乗ってくれるかと言えば、ノーだ。尤も、方法がないではないが――)


 ナルシスは、最上階へ辿り着く。そこにある一つのドアには、臨時と書かれた上で「長官室」とプレートがかかっていた。


 ドアの下の隙間を覗き込んで、こっそりと中を見る――現状、主はいないようだった。ナルシスは扉を開け、中に入る。ソファーやテーブルの先に「セバスティアーノ・コルシカン」と書かれた執務机が置かれていて、書類の代わりにいくらかの端末があった。恐らく機密が詰まっている――が、指紋除けのハンカチ越しに弄った感じでは、全てロックが掛けられていた。


(が、これは使える――既に解除し、目的は果たしたという体で行けばいい。少々美しくない手段だが、状況は状況だ。ブラフぐらいは使わなければ――)


 と、そのとき足音が外から聞こえた。姿は見えない身であるが、咄嗟に、内開きのドアの影に隠れ、じっと息を潜める。


「ふん……あの男に何ができるというのか、全く自由恋愛主義者とはつくづく度し難いな」


 果たして、目的の男はやってきた。ナルシスが使ったルートを通り、執務机に座る。恐らく今は端末のロックを外しているところだろう。


「セバスティア―ノ・コルシカン」そこでナルシスは言った。「そこまでだ」


 ぴた、と彼は動きを止める。視線で周囲を見渡して、机の下にあるのか、何かの通報スイッチを押そうとする。


「一応言っておくが、君の一挙手一投足は現在監視されていると思ってもらおう。このスピーカーをセットするのと同じぐらい、他のものをセットするのも造作もないことだ」


「例えば何だね?」


「さあ、ご自由に想像してみたまえ。君の想像力でできる程度のものは全て可能だったがね」


 すると、セバスティアーノはゆっくりと姿勢を戻した。恐らく、最悪施設中に爆薬がセットされているぐらいのことは想像したに違いない。そうなれば初恋革命党の襲撃から守れない。そう考えたのだろう。


「ダイモン・オブ・ソクラテス=サン・マルクスか――何が望みだ?」


「さて、話し合う気になったようで何よりだ。単刀直入に言う。スズナ・ルーヴェスシュタット嬢を解放したまえ」


「ほう? 組織の人間を取り返しに来たのか。君にしては随分暴力的な方法を用いるようだが」


「ペンにはペン、剣には剣で答えざるを得ないのが世界というものだ。尤も、私には君がまだペンで答えてくれると信じているがね」


 それに、彼女は我々の党員ではない。


 無実の人間だ。


「……そんな世迷言を信じるとでも?」


「君たちは誤認逮捕をしたのだよ。何ら証拠がないのは君たちも知る通りだ。が、その状態で処刑などした日には、君たちの手は血に汚れることになる。それが受け入れられるのか?」


「証拠がない? 処刑? 何のことやら」


「言っただろう、君の想像できる程度のものは全て可能だったと。その自慢の端末群に何もしていないと思っているのかね」


「下手な脅しはやめた方がいいぞ。底が知れる」


「脅しだと思っているのなら、明日の朝刊を見るがいい。一大スキャンダルになることだろう」


「だが、それを彼女が見ることはないだろうな。何故なら君は今からもう一度負けることになるのだから」


 がた、と彼は立ち上がる。執務机から離れ、つかつかと歩き始める。その様子に、ナルシスは何か嫌な感じを受けた。何というか、チェスでまさにチェックメイトを打たんとするような、その手のような動きに見えたからだ。


「君は」それから、にやり、と笑った、セバスティアーノは。「この部屋の中にいるな」


 ナルシスは、そのたった一言に驚かされた。馬鹿な。相手はこの能力のことを知っているというのか? 馬鹿な? 普通の人間には、想像すらつかないはずだ。ついても、非現実的だと棄却するはずだ――いや。


 そうじゃない。


 そこは、大して重要じゃない。


 それより、今――自分は何と言った?


「はい」


 そう答えたんじゃないのか? そう聞こえた、気がした。あり得ないことだ。自分の意志とは関係なく口が動いた――そのようなことが、


 あり得ない、ことはない。


 セバスティアーノ・コルシカンが、そういう能力を持っていたならば――それは可能だ。


 ナルシスのように。


「おお、」視線が向く。それが答えだった。「そこにいたのか。全く、探したよ」


 能力が解除されたことに、そのときナルシスは気づいた。が、そのときには、セバスティアーノの持ち歩いていた警棒の一撃を頭に受けて、

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