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第21話 全てを暴く瞳

「初めまして」その初老の男はスズナの向かいにある席に座った。「私の名前はセバスティアーノ・コルシカン。君を逮捕した人間だ」


 と言っても、別に喫茶店で相席になったわけではない。喫茶店では手足を縛られはしないだろう――彼女のように。


 無機質な取調室は薄暗い。その中で卓上のライトだけがやたらと眩しいのは、その効果を狙ってのことだろう。あるいは、部屋中に薄っすら見える血痕を見せないためか。普通なら、それで震え上がるのだろう。


「取調官、変わったんですね」既に腫れあがった顔をしたまま、スズナは言った。「でしたら、私を解放してください。さっきの人は何も私の話を聞いてくれませんでした。それどころか、私を殴ったんです」


「とぼけても無駄だ。君が初恋革命党に関わっていることはとうに調べがついている。事件の前からね。嘘を吐いたところで得はしないぞ」


 ――の、割には逮捕するのを躊躇ったじゃないか?


 と、煽ってやりたいのを心の内に収める。どうせ、合法な捜査手段で得た情報ではあるまい。裁くのがデ・ラ・フスティシア家である以上、合法的でない手段で得られた情報は証拠能力を欠くと判断されるはずだ。


 尤も、ナルシスの言うことが確かなら、だが――


「私は無実です。」スズナは、その思考を隠しきっていた。「偶然買い物をしにあそこに行ったら、急に演説が始まって動けなくなって……それで大事になったようだったから逃げようとしたら、逮捕されて困っているんですよ? それどころか、拷問まで――違法じゃないんですか」


「違法だったらどうするのかね? 弁護士にでも相談するのか――だがどうやって? 君はここから出ることはできないし、連絡を取ることもできない。そして君のしたことを考えてみろ。弁護士に連絡しても結果は変わらない」


「…………」


「君は建物から出て来た瞬間に、突入しようとしていた我々の隊員を殴った――そうして三名名を一撃の下に片付け、後続の退路を確保したものの、そこで銃撃を受け、尚も抵抗し更に五名を昏倒させた。怯えていた人間のやることにしては、随分過激なようだが」


「誰だって、銃口を向けられれば怖いものです。私の場合は、それが抵抗という形で現れたに過ぎません」


「抵抗とは、社会に対する抵抗かね? だから初恋革命党に?」


 にやり、と彼は笑う。そのサディスティックな顔に、スズナは敵意を抱かずにはいられなかった。このような男がいるから両親は殺されたのだ――そう思うと、思わず表情は険しくなりそうになって、それを何とか堪える。


「安心したまえ」だが、その笑みにはまだ上の段階があった。「私は拷問などという、そんな野蛮な手段は使わない。だって、君たち自由恋愛主義者に触るなど御免被るからだ。汚らわしいし――その必要もない」


「私は自由恋愛主義者ではありません。誤認逮捕です」


「嘘を吐いたところで無駄だ。私の前では嘘は通用しない――全ては私によって暴かれる」


 ――まさか。


 スズナがそう思ったとき、既に尋問は終わっていた。


「さて」取調室から出ると、セバスティアーノは欠伸を一つした。「自白は取れたぞ、ポンペイア君」


 イカロスは、席から立ち上がることすらできなかった。項垂れて、じっと床の一点を見つめる――どうすべきかは分かっていてもそうしたくなかったのだ。


「本当に、彼女がやったことなのですか――何かの間違いはないのですか」


「ない。君もそこで聞いていただろう。首謀者までは分からなかったがね、他は彼女の言った通りだ。君の弟君の好意対象者は、テロリストだった」


 テロリスト。


 その言葉に、イカロスはぎゅうと拳を握り締めた。


「こんな残酷な現実を、弟に押し付けろというのですか」


「……これから忙しくなる。逮捕した見物人たちから解放と引き換えに証言を集め、その証言の裏が取れる証拠を集め、党員を全て逮捕しなければならない――」


「彼は優しい人間だが、」イカロスはほとんど飛びかかりそうな勢いだった。「同様に脆くもあるんですよ⁉ それなのに、こんなこと――」


「だが、現実だ――いずれにせよ、報道で知ることになるだろう。君の任務は、そのときが来るまで押し黙っておくことだ。」


「しかし、」


「任務だ、ポンペイア君。君が情に厚い人間なのは分かった。だが今はそれを切り離して考えるべきなのだよ」


 イカロスは、二歩、三歩、と後ろに下がった。ぐらぐらと世界が揺れている。ダウンライトの明かりが、遠くなっていく。するとイカロスは壁に背をぶつけた。最早、逃れる術はない。どれほど、受け入れ難くとも――現実は、現実。


 任務は、任務なのだ。


「了解です――」イカロスは、敬礼をした。「ポンペイア一中職。情報収集任務を開始します」


 頼んだぞ、とセバスティアーノが返事をするのを待ってから、イカロスはその場を辞した。彼が部屋を出て、ドアが音を立てて閉まる――それから、わざわざ別部署から呼び寄せた部下の内の一人が近づいてきて、言った。


「それで、実際にはどうするのです」


「情報収集はフェイントだ。」セバスティアーノは何でもないかのように言った。「このスズナとかいう自由恋愛主義者を囮にして、寄ってきたところを一網打尽にする。どうやら、彼女は組織の中でもタカ派だが、ハト派にも顔が利く調整弁のような役割をしていたらしい――となれば、挙って救出に来てもおかしくはない」


「しかし、そうしなかった場合は」


「フェイントと言っただろう」


 つまり、集められた情報を元に逮捕し、デ・ラ・フスティシア家に任せようということだ。イカロスの能力からすれば、そうするのに充分な情報を集めてくれることだろう。


「尤も、逮捕された程度で動いてくれるかは分からない。場合によっては()()()()()()と情報を流す必要があるかもしれない」


「了解です――準備しておきます」


 そう言ってから、にや、と部下は笑った。珍しいその態度を、セバスティアーノは訝しんだ。


「どうした」


「いえ、何、それにしても、悪辣な手をお考えになると思いまして。ポンペイア一中職が可哀そうだ」


「彼は自分ではそう思っていないようだが、まだ純粋だからな。全てを教えてしまえば、彼は我々を裏切るかもしれない。折角の見どころある若者だ。それは避けたい」


「閣下はお優しいですな」


「汚れ仕事を買って出てくれるお前ほどではないさ」


 そう言いつつ、彼らも部屋を出た。照明が消され、そこには闇だけが残る。

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