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第16話 落雷のセバスティアーノ

「――初恋革命党ッ! それが我々の名前である!」


 スピーカーからはそう声が聞こえた。音声は携帯端末から。黒塗りの高級車――『内閣』家仕様で紋章が描かれている――の後部座席で、シャルルはそれを聞いていた。


「それは?」


 そう、運転席の男は聞く。聞き慣れない単語に内心様子を伺った。が、主人の手前、それを露わにはして覗き込むことはしない。第一、運転中である――精々、バックミラー越しに視線を送るだけだ。


「この間から断続的に起きている事件の映像だよ――ああ、事件、といってもそんな血生臭いものじゃないよ? もっと平和的なものだ」


「? どういうことです?」


「自由恋愛主義者の演説会だよ――聞くかい? 音量を上げる」


 シャルルはそう言いながら、音量スライダーを最大に上げた。誰ともつかない男の声が車内に響き渡る。


「――『聖母』は、我らに『三原則』を授けた!」両手を広げて、ぼろ切れに身を包んだ仮面の男はそう叫ぶ。「しかし、それらは真に守られていると言えるだろうか? 大いなる母より大命を賜りし『内閣』家は、果たしてその任を果たしていると言えるだろうか? ……私の答えは、否! 断じて否!」


 煽るように手を水平に勢いよく振る。そして反対の手を顔の前に掲げる。


「まず、我々は自由ではない、」指を一本立てる。その動きはこれから後二本ほど同じようにする予告。「恋愛を、婚姻を、国家という第三者によって統制されている。これらは本来当人の自由にあるべきだ。食事も睡眠も個人の自由に与えられているというのに、どうして恋愛だけが取り上げられているのだろう――これが自由であるはずはない」


 そしてその予告は果たして正しかった。彼は二本目の指を立てた。ピースサイン――だが、それは裏返し。


「次に、平等。これは『内閣』家がその取り巻きに与えている特権を見れば分かる。彼らは本来与えられるはずのない政治的権力を握り、横暴を繰り返している。その結果、貧富の差は拡大し、富める者はさらに富み、貧しいものは貧しいまま――これが平等だろうか、答えは否だ!」


 三本目。故に最早そこに平和は存在しない。形の上でも、だ。


「そして我々は平和な世界にいるだろうか? なるほど、我々は今や戦禍の中にはいない。身を脅かされることもない。むしろ我々自由恋愛主義者こそ世界の敵だと思う者もいるだろう。それは事実だ。私はその世界観を否定しない。だが一方で、自由でもなく平等でもない世界――これも平和だと果たして言えるだろうか? ――私にはそうは思えない。そこには権力によるまやかしがある。だがその正体は何か?」


 彼は、その立てた指を二本だけ折り、撮影しているカメラを指さした。


「それは、アナタ方『市民』に権力者を統御する機構が備えられていないことだ! 罪を定義し、罰を制定するシステムが権力者の手にある以上、彼らは恣意的にかつ示威的にアナタ方に法を押し付けるだろう。そしてそれは価値観に根ざしている。彼らはそうしてアナタ方を支配するのだ」


 そして指を折り、拳を作る。胸の前に持ってきて、開いて当てる。


「だが私は自由恋愛主義者だが、何も自由恋愛主義社会のために今の社会を破壊するつもりはない。むしろ私は『内閣』家に求めるのみである、即ち自由で平等な世界を! そしてその第一歩として、『市民』の『市民』による『市民』のための、新たな立法府『市民』議会の設立を要求する!」


 そして、両腕を開く。全てを受け入れ、抱き締めるように。


「繰り返す――我が名はダイモン・オブ・ソクラテス=サン・マルクス。我々は初恋革命党。『内閣』家率いる世界に挑戦し、変革を求める思想集団である!」


 わあ、と歓声が上がる。ズームアウトしたカメラは、そこに多くの群衆を捉え――そこで映像は終わっている。


「……ということなんだけれど」シャルルは、それが投稿されていた動画アプリを閉じながら、運転席に向かって言った。「面白い男だと思わないかい?」


「いえ全く」しかし、男の態度は取り付く島もなかった。「彼は自由恋愛主義者です。その発言など」


「それは決めつけというものだよ、セバスティアーノ。彼の主張するところは、要するに『市民』の要望をもっと政治に取り入れるための機関を作れということだ。単純に僕たちが慮るよりは合理的だと思うよ」


「しかしシャルル様。」男――セバスティアーノは尚も抗弁した。「それは『内閣』家の力を削ぐものに他なりますまい。いや、むしろそれこそが狙いではないでしょうか。彼ら自由恋愛主義者というのは、詰まるところそういう生き物です。権力者を蹴落とし自分がそれに成り代わることにしか興味のない連中です」


「セバスティアーノ。僕とて彼らの言う通りにすぐにしたいというわけではないよ。第一、それを考えるのはお父様だ。だが、彼らは、言葉尻はともかく、譲歩と改革を求めているに過ぎない。武力による脅しもない」


「しかし、議会というのは旧時代の遺物です。現にそれが三次大戦をもたらした元凶だと言える。私の考えでは、アナタ様のような優れた人物か、選良のみが政治を司るべきです」


「うん、言いたいことは分かる。だがそれを選ぶ人間の話をしているのだろう、彼らは? トンビがタカを生むことがあるように、タカがトンビを生むことだってあるよ。教育でどうなるものでもないことだってある。そもそも子孫が生まれないことだって――それに対する保険というのも考えておくべきではないかな」


「しかし、他の行政区の方々はどうお考えになるでしょうか?」セバスティアーノは車を右折させた。間もなく学園に到着する。「たとえアレが仮に合理的なアイデアだとしても、自由恋愛主義者の考えたことです。部分的にせよ採用すれば、ご乱心だとして御父上が顰蹙を買いましょう」


「それは……」


「次に、オブ・プレジデント家はどうなりましょうか――代々『内閣』家が支持者の方々に恩恵を与えているのは、統治を行うのにその方が合理的だからであります。その関係を一方的に変えれば、彼らは敵に回るでしょう。そうなれば結果的に今より政治は乱れます」


「…………」


「そして、最後に――これが、彼らの最後の要求になるとは、私には思えない。彼らの本性は、権力者を蹴落とし自らがそれに成り代わり、示威的かつ恣意的に振舞うことにある――それは、五年前、我々が見た光景ではありませんか」


 五年前。


 「大反動」。


 その単語は、シャルルの顔に影を落とす。あの日のことを彼はまだ覚えている。止まった車両に群がる暴徒。横転した車。引きずり出される自分。死が突き付けられ、あと一歩で「聖母」の下へ帰るところだった。彼が今ここにいるのは、そのとき車列を形成していた護衛たちが身を挺して守ってくれたからだ。


 しかし、多くの人はそんな護衛など、持ち合わせていない――体育館に敷き詰められた遺体。そのいくつかは部分的に欠損していた。大部分がないものさえ。


 そんなことを、繰り返していいはずがない。


「分かった――」シャルルは、携帯端末を仕舞った。「この件は君に任せる。父上にはそう進言しよう。実際、彼らの手口は巧妙らしくてね。手を焼いているそうだ」


 セバスティアーノは、にやりと笑った。


「それはいいことを聞きました――このセバスティアーノ。ご期待には全力でお応えしましょう」


 車はそのとき丁度、学園へ着いた。オートでドアが開き、シャルルは降りる。既に到着している護衛に任務は引き継がれ、彼は校門を入っていく。


「……私だ」それを横目に見てから、セバスティアーノは電話をかけた。「ご裁可は得た。あとは手筈通りに頼む」


 セバスティアーノ・コルシカン。


 またの名を、落雷のセバスティアーノ。


 五年前の「大反動」を武力で鎮圧した男だった。

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