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第14話 その程度のことで諦められるはずはない

「は?」端的に過ぎるその結論は、スズナの眉根を浮かび上がらせた。「何だって?」


「だから、現在の権力者に拝み倒すしかない――だがある程度の緊張感を以て、ある種の交渉として、だ」


「何言っているかさっぱり分からん」


「例えばだが、」ナルシスは指を一本立てた。「この世界で君一人が自由恋愛主義者だった場合、当局はどう動く?」


「あ? そりゃ……逮捕すんだろ。考えるまでもねー」


「では次に、百人だった場合はどうする?」


「それは……」スズナは一瞬考える。質問の意図を少しでも汲み取ろうとする。「百人とも逮捕しようとするだろうな。できるかはともかく――」


「そうだろう。だがこれが一万人、十万、百万となると――君が最後に言った言葉は割と真実味を帯びてくる。これを全て逮捕するのは現実的ではない。総人口三千万人のこの行政区でそんなことをすれば、それだけの人間をどこに収容するのか以前に、社会が止まってしまう。それに強硬な手段を取れば、それだけ報復が来る可能性もある。大規模な内戦となる可能性すら」


「……ん? あ? そう……だな?」


「だとすれば――全て逮捕し拘留するのが困難な状況下で、我々が平和的に『お願い』した場合、当局はどう判断するだろうか?」


「そりゃ……」スズナは、ぼりぼりと頭を掻いた。「強硬な手段には、出れない、か?」


「そう、交渉に出るしかない。譲歩して、それに乗らない強硬派のみを炙り出そうとするだろう。その中で、『内閣』家は議会制の導入を検討するかもしれない――我々がそれを主張するならば、それ相応の対応をせずには済ませられないだろう。そうして改革のための第一歩を踏み出す」


「ナルシス、」スズナは溜息を吐いた。「危険だろう、そりゃ」


「そうかな?」


「たりめーだ。さっきから聞いてりゃ、テメーは相手に良識と常識を求めすぎだ。希望的観測に基づく推定ってやつだぜ。今のアイツらは、既得権益に居座った連中が入り組んだ怪物だ。それをどうにかするのに、お前はただ理屈を以てすると言っているように聞こえる」


「君こそ、その観測は相手をいたずらに強大に見ているだけだよ。彼らにだって良識はある――その最大の証拠を、君はよく知っているはずだ」


「最大の証拠?」スズナは、一瞬で答えに辿り着いた。「まさか、シャルル様か⁉」


「彼を知っているのは君だけじゃない。付き合いで言えば僕の方が長いわけだ。その長い関わり合いの期間を以て言わせてもらえば、あの男ほど清廉潔白な人間はそうはいない、認めたくはないものだがね」


「ちょ、ちょっと待てお前。あの方はまだ何の官職も持っちゃいねーだろ。それにお前、あの方に直接頼み事をするにしたって、内容が内容だろうが。取り巻きに逮捕されて終わりだろ!」


「前者については、」しかしナルシスは前を向いたままだった。「実のところ時間の問題だろう。今の主席行政官たるルイ閣下は既に健康不安と報じられている。となると後継者は彼で間違いない。そのために『聖母』も財政を司るオオクラ家と結びつかせたのだろうしね」


「だが……!」


「それに、別に僕は直接彼に頼むつもりはない――それは、君の言う通り危険極まりないし、何より僕のプライドが許さない。あくまで対等に、話し合って勝ち取りたい、いや、その必要がある」


 プライド――それは、単にお前一人がこだわっているだけのことじゃないのか。シャルルを打ち負かしたいだけのことじゃないのか。


 そう言いかかったスズナは、寸でのところでその言葉を飲み込んだ。結局、ナルシスの言う言葉は正しいのだ、過程はどうあれ。


 自由とは勝ち取るものでなくてはならない――譲り渡されるものではなく。


 偶然、その相手がシャルルであり、こちらにはナルシスがいた、というだけのことなのだ、ろう。きっと。少々過剰な気もするが、次席と首席の間には、彼女の想像以上の溝があるに違いない。


「じゃあ、最後に一つ――お前に素晴らしいアイデアってのがあるってのは分かった。だが、どうして急に俺たちに協力する気になった? あの場では単に命がかかってたからで理解ができる。しかし、こうまで深入りするってのは――少々、疑問に思うところがないではない」


 そのとき、スズナからはある種の迫力があった。絶対に、この男から出る嘘を見破るという気合が滲み出ていた。頭が悪い自覚はあったが、嘘の匂いには敏感である自信があった。そして、それに感じるところがあれば、構うことはない。すぐさまカバンの中の拳銃で撃ち殺す気でいた。


 その気迫に対して、ナルシスは、ただ一言で答えた。


「初恋だ」


「…………」


「君の初恋がいつだったのかは知らないし興味もないが、僕の初恋が終わったのはついこの間のことだ――珍しいことではない。小さい頃から想い続けてきた相手を、『聖母』は自分とは釣り合わないとして別の相手と結び合わせた。ただそれだけのこと」


 だが、諦めきれない。


 運命が選ばなかった、宿命に引き裂かれた。


 ()()()()()()()で諦めきれる恋ならば、初めから想っていない。


 命に代えても、叶えてやる――そう思ったから。


「その点において、僕たちは恐らく合意できる――だから僕たちは党を結成するというのだろう?」


「党――」


「そう、議会政治にはそれが必要だ。僕らはこれから政党を作る。この世界の全ての初恋を守る党。この古びた世界に命を懸けて革新をもたらす党――言わば、」


 いや、


 と、そこでナルシスは言い淀んだ。


「これはまだ明かすべきではないな――観客が君だけでは、あまりに味気ない。どうせならもっと多くの、しかし始まりにふさわしい程度の人数を相手に語ることで伝説となるとしよう」


「……そりゃ結構だが、要はアイツらと話し合うってことか?」


「無論だ。僕たちの活動の第一歩は、彼らと話し合うことで始めたい。仲介を頼めるかな?」


 スズナはそう聞いて、はあ、と溜息を吐いた。またぞろ、厄介なことになるのは想像がついた。だが、それもこれも、こんな奴に命を救われたからだと思うと、尚更頭が重くなった。


「分かった――だが、そう簡単に行くと思うなよ。何しろアイツらは、」


 アイツらは――ナルシスのしたことに納得していない、強硬派なのだから。

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