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第13話 世界変革計画

 翌朝――ナルシスの姿はタカタノババ駅にあった。いつもより少し早く登校して、彼女が来るのを待っていた。


「おい」到着して数分。彼女は定刻通りに到着した。「行くぞ」


 スズナはナルシスがついてきているかを確かめもせずさっさと学校に向かって歩き出した。タカタノババ駅からだと、大きな通りを二本跨ぐ必要がある。だから本来なら一個先のメジロ駅で降りるのが最善策なのだが――この場合、両者とも、駅一個分の時間が欲しかったのである。


 が、スズナはこれといって話そうとしなかった――歩幅に大きな差があることもあって、追いつくのに難儀しながら、ナルシスは彼女を尊重してじっと黙っていた。


 いや、彼女を尊重して、というのは少し違う。


 この場において、圧倒的優位にあったのはナルシスの方だった。彼はその優位を噛み締めるようにして、余裕綽々の表情でいたのだ。


「聞きたいことが」ナルシスは、沈黙を貫くスズナに対して口火を切った。「あるんじゃあなかったかな? 朝早くから僕のルーティンを崩させたのだ。早く用件を済ませてほしいものだが」


「…………」スズナは、足元をうろちょろする影をぎろりと睨みつつ、視線を前に戻して言った。「昨日のアレは何だ?」


「アレじゃ分からないな。具体的にはどれだ? 何故僕が国民団結局を突入させたのか? それともあの状況下からどうして脱出できたのか? ……それとも、僕が何故アレを持っていたのか?」


「全部だ――テメー、俺が大人しく頭を垂れている間にさっさと話さねーとその腫れあがった顔を左右対称にして綺麗に整えてやるぞ」


 そう脅されると、ずきりと左頬が痛んだ。手加減なしの一撃は、やはりというべきかナルシスのそこを腫れあがらせていて、実のところ彼の心配の種となっていた、腫れたまま痕にならなければいいのだが。


「おお怖い怖い。」が、そんなことはおくびにも出さない。優位にあるのは自分なのだ。「では順序立てて説明申し上げよう――まず、僕の生い立ちについて、」


 ごん、と何か重たいものが降ってきた。スズナの拳骨だった。


「何するんだッ⁉」


「テメーが何してんだよ。俺は説明しろって言ったんだ。誰がテメーの人生なんかに興味持つんだよ、そこら辺歩いてる鳩の方が波乱万丈だろうが」


「君はそこら辺で巣作りしているカラスより気が短いようだが……しかし仕方ないだろう。君が見た()()()()を説明するためには、僕の人生をある程度かいつまんで説明する必要がある」


 僕の能力。


 スズナは、その単語が出たとき、眉をピクリとは動かさずにはいられなかった。


 あの瞬間を思い返さずにはいられなかった。


 ナルシスの言う通り、国民団結局の職員は、彼を中心とした団子状態になったスズナら全員を無視したのだから。


 まるで何もいなかったかのように。


 まるで漫画のワンシーンのように。


 銃を向けるだけ向けて、下ろして、出て行った。そうした背後を抜き足差し足忍び足で彼らは廃ビルを後にしたのだ。


「あるいは、俺たちが見なかった、と言うべきなのかもしれないが――テメーの能力? ってのは、要は透明人間になる能力なんだろ?」


「君にしては上手い言い回しをするが、それは正確ではない。どちらかと言えばその場に僕がいないと認識させる能力だし、僕以外の人物や物体も、触れてさえいれば能力の影響下に置くことができる。でなければ僕はよくても君たちが見つかってしまっていただろう」


「……? どう違うんだ、それ?」


「透明になる、より応用が利く。まあ詳しくはその内分かるだろうが……分かりやすく言えば音に対しても影響をさせることができる。ほら、君から逃れたとき、アリグザンダーは僕の足音に気づかなかっただろ? だからやろうと思えば、今からでも君を一人で存在しない誰かに話し続けているヤバい人にすることも可能だ」


「テメーを本当に存在しない人間に変えてやろーか? 第一、そんな便利な力があるのなら、国民団結局の連中を無理に突入させる必要なんかなかったじゃねーか。さっさとあの場から立ち去ればよかった」

「いや、包囲からは逃れる必要があった。僕の能力は何人相手でも隠れることができるが、入口のドアが不自然に空いたりすればそこに注目が集まってしまう。その結果として触れられたり、銃撃されたりすればアウトだ。まあ一番の理由は君たちを追い込まないと本当に指示に従ってもらえないだろうと考えたからだが」


「おい」


「それに、」ナルシスは、スズナの反駁を無視した。「この能力は、できれば使いたくないものだ――僕に、思い出したくないものを思い出させる」


「……それが、生い立ちに関係してくるってか」


「まあ実のところ、生い立ち、というほどのものではないのだけれど――そういう経験をしている人間はそう珍しくはないしね。君を含めるかはさておき」


「俺を?」スズナは一瞬訝しげにしたあと、顔を顰めた。「……まさか」


「察しの通りだよ――僕のこの能力は、両親の命と引き換えに手に入れたものだ。『大反動』のときにね。君と違うのは、僕の場合、実行犯に直接奪われたというところだ。まさに目の前で――」


 そして、彼女に出会った。


 瞳の燃えているあの少女――そういえば、彼女は何者なのだろうか?


 テロリストたちは、その存在に気づいていないようだった。あの場で実行犯たちを除いては唯一、五体満足で居座っていたというのに、一発たりとも銃弾を浴びせられるどころか、視線すら向けられていた記憶がない。思えば、この世のものではなかったのか? いや、そんな非科学的な――


 考えはまとまらなかった。だから、ナルシスはその話はしなかった。自分でもよく分かっていない存在の話をしたところで混乱を伝播させるだけに終わると思ったのだ。それに、本筋には関係ない。


「だから僕は自由恋愛主義者に対して同情的ではいられなかったわけだ」その隠された作為に気づかれる前に、ナルシスは次の話をした。「尤も、それは過去の話で、君とはこれから何をするのかを話し合うべきだと考えているがね」


「…………そうか」するとスズナは何も気づかずにその提案に乗った。「俺も、まさにそれを聞きたいところだった。お前の話し方はどうにも理解し辛くてな」


「ああすまない。君のレベルにまで落とし込んで説明申し上げるのは僕にとっては苦痛そのものでね。今後改善していく予定だから気にしないでく」


「お前の計画では、」スズナは、殴る代わりにナルシスを遮った。「最終的に『内閣』家とその取り巻きから『市民』に権力を移譲させる……んだよな? この理解までは正しいか?」


「君にしては上出来だ。移譲というより委譲だが、要するに制度として『市民』を政治に参画させることで、より明確な発言権を得ようというわけだ。今の制度では取り入ることに成功した一部の人間だけが本来あり得ない権限を有しているからな」


「そこに関しては俺たちも概念を共有できていると思う。だが質問点としては――まあいくつかあるわけだが――最初に聞きたいのは『それがどう自由恋愛主義に関わってくるのか?』ってことだ。世の中全員、自由恋愛主義者じゃないだろう。そうでなくても今のこの世界で自由恋愛主義は違法だ。それを表明したくはないだろう」


「それについては、僕は『議会』というものを再建しようと思っている」


「ギカイ?」スズナはその()()()()()()()を訝しんだ。「何だそれは?」


「歴史の授業はちゃんと受けたまえよ。第三次大戦前、多くの国が採用していた政治制度だ。いくつかのグループに分かれた政策立案者たちが、それに対する多数決で物事を決める仕組みだ。今と違うのは、縁故や推薦ではなく政治思想に基づいて今で言うところの『市民』たちが決めるという点だな」


「ん? ああ、思い出したぜ。そうして無知なジユーレンアイシュギ的人間が面白半分だったり騙されたりで投票したから、人類は堕落したってんだろ? あの手の説教はどうにも眠くなっちまっていけねーよ」


「無論、その問題は解決するのが難しい。僕のように優れた人間がいる一方で君のようにどうしようもない馬鹿もいるのが世界というものだ」


「テメーみたいに思いやりのない奴もいれば、俺みたいに慮る力のある奴もいるものな」


「人をボコスカ殴る人間の言うことか? ……だが僕が言いたいのは、その議会制を以てすれば、自由恋愛主義の実現も可能であろうということだ」


「? どういう意味だ?」


「恐らく、新議会ができた直後の態勢というのは、三分の一を僕らのような自由恋愛主義者が、別の三分の一を保守的な旧体制派が、残りをどちらでもない中道派が占めていると考えられる。誰もがどこに投票すべきか困惑していて、票が分散するからだ。尤も、このバランスはあくまで理想的な想定だがね」


「…………? どこが理想的なんだ? 何も決めらんねーじゃねーか」


「言い方が悪かったかな、少なくともどこかの勢力が過半数を占める状態にはないということだ――この状況においては、どの派閥も、他のどちらかと妥協や取引をしなくては法案が通せない。だがそれは同時に、一番僕らに敵対的な旧体制派の力を削ぐことにも繋がっている。その点においては理想的だろう?」


「あー……なるほど?」


「一方で、どの派閥にしても最小単位は個人になる。その個人は派閥内に意見上の傾斜を形成するはずだ。どの個人も派閥の全ての意見に賛成しているわけではないだろう。そこを突けば、過半数を確保することは可能だ――議会にいる全員が自由恋愛主義者である必要はないし、過半数である必要すらない。あくまで、少なくとも反対はしない人間を半分以上得ればいいわけだ」


「……あんまり、その辺の妥協とかはよく分からんが、まあ、そういうものなのだろうが……」


 スズナは頭をぼりぼりと掻いた。見るからに強硬派らしい彼女からすれば、そんなに上手くいくものだろうかという思いがあるのだろう、とナルシスは思った。


「第二に、だが」スズナは、す、と二本目の指を立てた。「その議会制度ってのを目標にするとして――どうやってそれを実行するか、という点をまだ聞いていないと思うんだが?」


 それは重大な問題であった。


 『市民』は、現在、何の政治力も有していない。


 つまりそれは、現実に対して何ら変更をもたらすための合法的な力を有していないということだ。


 だから自由恋愛主義者たちは常にテロリズムに傾倒しがちだったし、その結果弾圧によって後退するという結末を迎えるのだった。


 その繰り返されてきた歴史に対して、ナルシスは、


「拝み倒す」


 と一言だけ言った。

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