日本が南北に分断された世界線10
翌日、私達はあくまで勝子の言うとおりにいつもの生活をしているふりをしました。朝の律動体操に勉強、午後の絵と過ごしました。しかし、こっそりと逃走の準備をしていました。荷物をまとめて袋に入れ、勝子はダンプカーみたいな軍用車を待機させていました。
夜10時、おばさんが帰っていきました。テレビではインターナショナルとともに北の繁栄した映像が流れた後、テレビを消すようお知らせが流れました。ソ連のテレビはつけっぱだと爆発するとかいいますからね。すると勝子が大きな袋を持って迎えに来ました。
「この袋なんですか?」と私が質問すると勝子は、
「未使用のスプレー缶100本、昨日の書記長様のような豪邸の除菌で使うものね」と答えました。
「何に使うの?」と未来。
「この国ではこの施設含めて10時から6時の間、ガス供給は電力不足のために停止されるの。今から建物内を密閉してガス栓をあらかじめ開けておいて、このスプレー缶を全て噴射します」
この国のインフラ事情を見てみますと水道の供給は朝7時と午後5時で水圧は低いので、高いところほど水はなかなか届きません。電気は水力と最近は太陽光に頼っていますが深刻な電力不足で1日に2~3時間しか使えないことがあるそうです。電力の供給は工場と一般の線で完全に分離されていて、工場への供給が優先されています。
「まさか・・・」
「そう。朝6時におばさんが来る直前にガスの供給が開始されたとたん、充満したスプレーのガスに引火してこの建物は大爆発。私たちは死んだと思わせる。この建物周辺には鎮火するための防火水道もないし、鎮火とその後の調査には数日かかるでしょ」
「そんなこと出来るの?」と不安そうに言う未来。
私は未来にこそっと言いました。
「これ、元の世界で2018年に起こった札幌の不動産屋の爆発事故と一緒だよ」
「・・・ふーん。さあ、スプレー缶を片っ端から中身を全部出そう」
1時間後、この建物内はスプレー缶のにおいが充満して変なにおいがします。まあ元から変な匂いあったからいいですよね。
「ガス管を壊してガス漏れを起こしたし、さあこっそり行きましょ」
私たちは荷物を持って勝子の軍用車に隠れて乗車、建物のドアをきっちり閉めました。
「監視の人がいるから隠れてて」
外から見えないようにしゃがんでトランクに隠れました。勝子と二人の見張りをしてる男性の声が聞こえてきます。
「お、どうだった?」
「布団を被って二人ともぐっすり」
「おう、それは良かったが・・・車でどこに?」
「このクルマを資材と一緒に函館まで返さないといけないの、二人の見回りは・・・どうせ寝てるし逃亡する気もなさそうだからしなくていいわよ」
「ま、そうだな。相手は所詮ただの学生だし」
すごい油断してますね。今まさに逃亡してるんですよ。この人達も悪い人たちではないんですけどね。
「おばさんが来る朝6時15分くらいに行って起こしてあげて、それじゃお休みなさーい」
「てことは明日は俺らがあの学生達を起こすのかー」
「嬉しそうじゃねえか、まあ気持ちは分かるさ、あの学生達可愛いもんな」
「あんな子達を妻にできたらいいんだけどなー」
「高嶺の花って感じだし俺らには無理だよな」
丸聞こえですよ!!共産国家でも通じる未来の可愛さはすごいよね。
車は山を下りていきます。
「二人とももう隠れなくていいよ」
「ふー、第一関門突破かな」
良かった、変なとこでくしゃみ出てたらどうしようかと思った。
「勝子、でもどうして協力してくれるの?この国の軍人なのに」
「友達だもん。それに・・・もともと私も南に行きたかったの」
車は札幌の街をどんどん離れて南の苫小牧・室蘭方面に走って行きます。軍人なので市境にある検問も止まらずにスルーで堂々と突破します。勝子が話し始めました。
「もともと私は福島は郡山の軍人なの、母は早くに亡くなって父と二人暮らし。
9歳のある日、山の中で遊んでたら木に引っかかった風船を見つけたの。今思えば越南者団体が南から飛ばした物だったんだろうね。その風船に入っていたたくさんのUSBを1個ずつテレビに繋げてみたの。それが南のアニメだった」
車は苫小牧の港に着きました。札幌から外洋に出る貨物港として、北日本でも人口がかなり多いまちです。朝3時です。漁師がたくさんいて、結構賑わっています。たくさんの船が並ぶ中で、その一つに乗り込みました。
「これはこの国が南に工作員を送り込む船よ、さあ乗って」
一見するとどこにでもいるような漁船です。しかし内部には隠された機関室や対空機関銃、南日本の海図などが置いてあります。武器としてロケットランチャーや機関銃、小型ミサイルまであります。これで船や飛行機を攻撃するのでしょう。この船の船体には「第二大栄丸」と書いてあります。船の半分はエンジンで占められています。まるで爆発したようなエンジン音が響き、船はかなりのスピードで進み始めました。船の無線には北日本の軍の無線がたまに鳴ります。たくさんの漁船に紛れて港を出ました。
船を操縦しながら勝子はまた話し始めました。
「最初見たときの感動といったらもう言葉に表せない。その時まで南日本は学校で教えられた通りとても貧しい国だと信じてた、でも実際は違うと悟ったの。どれもこれもとても面白かった。党も国も関係ないただの娯楽作品。これがいっぱい作れるんだから」
そっか。勝子がツンデレという言葉を知ってるのもそれだったんだ。
「この国は本当に酷いとこ、社会主義を掲げてるくせに貧富の差は激しくて賄賂は横行して、金持ちほどいい待遇を受けられるけど下っ端の軍人は酷い扱いで、それこそ貴方たちに言えないようなこともいっぱいあった、私なんて何回学校で自己批判を強要されたか、休息の権利を歌ってる割には私とかずっと働いてるし」
「この国は今、深刻な少子化に悩まされてるの、1993年の経済崩壊の後は女性が家計を担っていて男性は国の指示に従わなきゃだから無収入で働いてた、男女平等をうたう割に差別も性犯罪も頻発するし女性はこんな国に子どもを産ませまいと少子化が進行してるの、他にも愚痴を語ると止まらないけどそれくらいこの国は酷いの」
「だからお父さんが亡くなった後、南に行くために軍人として工作員になろうとしたの。工作員になれば半ば合法的に西側諸国に行けるんだからそこでアメリカとかに亡命しちゃえばいいんだって。以南化教育館で訓練も受けた。あれのおかげで南の生活の真実を知って、私の考えは間違ってなかったって思った。そんな時に貴方たちの監視任務が出来たの。同じ年くらいの女性だし、南のことをある程度知っている君がちょうど良いからって」
水平線の向こうが明るくなってきました。もうすぐ夜明けです。
「貴方たちと友達になれて本当に良かった。そして決心が付いた。この国には未来なんてないし、親も友達も今はいないから未練も無いし。こんな国に連れてきて本当にごめんなさい」
「いやいや勝子は悪くないよ」と私は言いました。
「そうだよ、全部あいつのせいなんだから」
「ありがとう!そうだ、その袋を開けてみて」
そこには誘拐されたあの時私たちが着ていた制服がありました。
「やっぱり制服が落ち着くや」と未来。
「久しぶりだね」
「「勝子、私たちを助けてくれてありがとう!!」」
「まだ助かったと決まったわけじゃないでしょ、この先に最大の難関があるんだから」
「そうだね、気を引き締めていこう」
「うわー、朝日綺麗」と未来は感動しています。
「ちょっとちょっと、脱線しないの」
勝子は笑っていました。
朝6時頃無線が急に騒がしくなりました。札幌の招待所の一つが突如爆発し、軽い怪我を負った者が複数出たという話です。現場にはまともな防火水道もないため消火に難航しているようでした。さらに私たちは想定していませんでしたが、火の粉が森の木に延焼、森林火災にまで発展したようです。私たち2人の安否は確認されていません。
「成功ね」と勝子。
私と未来は無事に爆発したことと、死者が出なかったことにほっとしていました。
朝7時になり、勝子は船を止めました。ずっと走らせてると漁船(正確には偽装船だけど)なのに漁をしてない?と怪しまれるからだそうです。工作船もこうやって漁の偽装をするようです。
「そろそろご飯食べないと」
「そうだね」
「勝子もずっと運転しっぱなしだったし」
ラジオを何かの局に合わせました。日本政府の対北放送「希望のこだま放送」だそうです。勝子もこっそりこれを聴いていたんだとか。このような放送を日本はたくさんやっているそうです。たびたび音が聞こえづらくなりますが、これは北の妨害だと勝子が教えてくれました。放送内容は日本のニュースや文化、音楽やアニメの放送もしています。軍用船だからなのか、ジャミングの影響を受けることなく聞くことが出来ました。
三人でインスタントの食品を食べました。正直まずいのですが、これを乗り切ればという気持ちで全部食べられました。
「最上級に可愛いの!!」
と二人で知っている歌が流れたらカラオケのように歌ったりしました。未来の場合は踊りも追加です。
<続いて拉致被害者 拉致の可能性のある失踪者、データの読み上げです。内山沙羅さん17歳、生年月日2007年7月15日、2024年7月29日12時頃に清水港の埠頭で工作員に拉致、鈴木未来さん16歳、生年月日2007年10月18日、沙羅さんと同様・・・>
「私たちの名前だ・・」
「大丈夫、絶対に帰れるから」
1時間後、船はまた進み始めました。今はまだ北海道の沿岸部です。
「酔った・・」
「未来が船酔いするの意外・・大丈夫?」
「向こうの部屋で寝られるわよ」
「・・なら遠慮なく・・」
「そういえばこの工作船って盗んだのばれないんですか?」
「平気平気。そもそも監視員すら一人もいなかったし、武器がそのままな時点でざる警備なんだから。現に無線から盗まれたなんて話は聞こえてこないし、そういえば沙羅ちゃんの荷物ってその絵?」
「はい、せっかく描いたんだから燃えるのがもったいなくて」
「本当に沙羅ちゃんは絵が好きだね、あれ?その絵は初めて見たけど」
「こっちは私のお母さんでこの二人が友達の涼子と楓。会いたかったから忘れないようにこっそり描いたんですよ、あんまり似てないですけど・・・」
「そっか、私も会ってみたいな」
船はどんどん進み、いつの間にか日は落ちました。もう夜の9時、場所はついに福島県の平沖です。軍事境界線を越え、南日本に入る手前の最大の難関です。ここには北の警備艇や軍艦がうろうろしています。逆にここさえ超えれば海保や国防軍の保護を受けられるのです。雨が降ってきて波も荒くなってきました。
「さて、船の操縦を念のために教えるわ」
「え、私でもできるものなんですか?」
「おー、やってみたい!!」と未来。ノリが軽い!
さあ、もうすぐです。




