日本が南北に分断された世界線8
さて、バスは山の中へ入っていきます。どこへ行くんだろうと考えていると、未来が耳打ちしてきます。急に近づかれると可愛さが心臓に悪いよ。
「もしかして絵を描く施設があるんじゃない」
「そんな所あるのかな?」
バスはトンネルの前で止まりました。「以南化教育館」と書かれた看板が立っています。何の施設だろう。
中に入ってみると、二人で「え!?」と驚いてしまいました。そこにはコンビニのセブンイレブン、ユニクロに本屋、地下鉄の駅など普通の日本の風景があります。文字も現代仮名遣いですし、アイドルやアニメ、選挙のポスターも貼ってありここだけ見ると普通の地下街と思うレベルです。勝子さんからここは南日本へ侵入する工作員を養成する施設だと教わりました。
ここで工作員達は南日本での服の選び方や買い物の仕方、交通機関の利用方法、芸能人の名前やダンス、アニメの視聴まで行うそうです。偽造の運転免許証やパスポートまであります。方言まですべて暗記するそう。ちなみに南日本には工作員通報ダイヤル(111)があります。他にもスーパードルと呼ばれる100ドル札紙幣の偽札工場や仮想通貨を盗むなどしていました。仮想通貨の盗難だけでも北日本は約11億ドルを1年で稼いでいます。
「この施設で育成された工作員達は日々日本を素晴らしく統一するために努力しているの」と誇らしげに語るその笑顔、とても怖いです。私たちに教育を施して、私たちをそのうちここで働かせる気なのでしょうか。
そしてトンネルを出てしばらく山を歩くと、突然小屋が現れました。
「ここが招待所、あなたたちが住む家よ」
周りを兵士がびっちり囲んでいるこの木造平屋の小屋は、「おばさん」と言われる女性がご飯や掃除をしてくれるのだそう。中には畳が敷かれた部屋が一部屋と台所があり、監視カメラとテレビや布団にエアコン、お風呂と棚が用意されています。この国の一般人よりは好待遇です。月に1度美容師も来るそうですし。
もちろん部屋には書記長様の写真が遺影のように飾られています。ご飯は普通においしかったですし、部屋も清潔です。テレビは10時を過ぎていたので何も見られませんでした。北日本のテレビは日本中央テレビ(NHKみたいな)、苗穂テレビ(民放)があります。放送は午前9時から午後10時までです。あとトイレだけは外にあります。当然水洗トイレではなく中には四角い穴があるだけで和式トイレですらないので、アンモニアのにおいがすごくとても臭いです。そして山の中なので花粉と合わさってくしゃみが止まりません。シャワーもあって、ドライヤーが付いてるのは女子的には高評価です。
「じゃあお休みなさい」勝子さんが電気を消して鍵を閉め部屋から去っていきました。街から離れたこの場所は静かです。
「ねえ未来、もう戻れないのかな・・・」と自信なさげに私が言うと、
「・・・大丈夫だよ安心して、いつかきっと逃げてやる!!」と言ってくれました。
「そうだね、いつかは絶対・・・そのためにはどうすればいいのかな」
「とりあえず従うふりをしよう」
「まあそうだね」
「とりあえずこういう秘密の話はこそこそとだね」
「とりあえず盗聴されてるかを確かめよう」
「どうやって?」
私はこの部屋に響く程度の声で言いました。
「あー明日の夜はカレーライス食べたいなー、カレー食べないとやる気でないなー」
「なるほどね、これで明日カレー出してきたら確定だね」
私はこの国の一応VIP?になるのですから、むしろ私のご機嫌取りのため従うほかないでしょう。これ田中角栄とやり方がおんなじですね。
「それでさ、きょ、今日も二人で寝ない?今日は未来がこっちに来なよ」
「ならお言葉に甘えてー」
翌日、二人とも勝子さんに朝6時に起こされました。顔を洗って外に出ると「律動体操」と呼ばれる物を行いました。律動体操はまあラジオ体操みたいなものです。
「結構動きが激しいし、変な動きが多いね」
「ていうかダンスっぽい」と未来。楽しそう。
その後、書記長様の肖像画にお辞儀して質素な朝ご飯を食べると、布団を畳んでこの国について洗脳教育・・・じゃなくて思想教育の時間です。4時間みっちり行います。
勝子さん「とりあえず初回の今日は共産主義とは何かについてです」
「「よろしくお願いします」」
「まず南の資本主義は資本家という上流階級だけが儲かって格差があり、我が国よりもずっと貧しくなっていませんか?」
「そうです、南は格差で少子化がひどくって・・・(この国の方が格差が酷いけど)」
わざとらしく悲しく答えました。
「共産主義は、ドイツのマルクスというとても偉い経済学者であり哲学者が考えたもので資本や財産をみんなで共有し物も均等に分配され、何もかも手に入る素晴らしい世界です」
「つまり理想の世界なんですね、この国のように(どこが?)」
「しかし共産主義の考えには最終的に国という概念すら消えるという考えなので実現はまだ先です」
「へえ、その時が楽しみですね(実際理論的には全ての国民が平等なパラダイスみたいな国を作ろうっていう素晴らしい考えなんだよね、理論は完璧なんだけど)」
勝子さん「その前段階として我が国は社会主義を採用しています。物は全て国が所有して完璧に平等に分けていくのです、ですから我が国には失業者や無職、売春などは一切ありませんし障害者も存在しません」
この国にお昼ご飯はありません。まあ食糧不足なんでしょう。書記長からのリクエストとして絵のお題がたくさん送られてきていました。常に監視されていますが、アメリカ製のパソコンが支給されました。そのまま書記長様の依頼通り絵を描きます。私は人物画でしたら1、2時間で1枚描けます。もっと時間かけずに描けたらいいんですけどね・・・
私は描きたい時に自由にやりたいんだけどな。風景画だって描きたいし。
「これが書記長様の好きなタイプなのかな、さすが書記長様!!(とりあえずあの人を褒めておこう、いやこれ褒めてるの?)」
「あたしはこの間なにをしてればいいのかな」
(おばさんと出来るだけ仲良くしていくの、そして情報を集める)
(分かった)
「あら、沙羅さんの絵凄いうまいですね!!」と勝子さんが褒めてくれます。
「えっいえいえ、ありがとうございます」やっぱり私は人より絵がうまいんですね。
「羨ましいですよー私もこんな風に絵をかけたら先生になれるのに」
「えっ先生になりたいんですか」
「まあ私が何の職に就くかは党や政府が決めますからねー、楽しみだなー」
この国では職も住居も全て国が決めるのです。職業選択の自由などありません。
それにしてもおなか空きました。
3時間後ー
「うわー、沙羅の描いてるのうまい!!あたし沙羅の絵、大好きだな!!」
好きって言われてしばらく私は返事が出来ませんでした。胸の奥がじんわりと熱いです。
(それでどうなったの?)小声でこそこそ話。
(おばさんの家事をたくさん手伝ったよ、家の内部はほとんど分かったね)
(もうおばさんの信用を、早いねさすが未来)
(えっへん)
(じゃあ建物を説明してみて)
(えっとここの部屋を右に行ってまた右に行くと・・・何だっけ?)
そうだ、未来は方向音痴だった。
(あ、この建物の周りは高い壁に痛そうなのがついてるやつだったよ、入り口の門には軍人さんが二人居たよ)
(有刺鉄線かな?まあ警備も厳重だよね)
「軍人さんが暑そうだったから水渡したら喜んでたよ」
さすが未来、北日本ごときには染まらない優しさです。
「でももっと顔赤くなってたの、大丈夫かなって思って頬触ったら熱かったから休んで下さいねって言っといたけど、大丈夫かな?」
熱中症かな?心配だけど、それって熱中症で顔が赤かったのかな?もしかして未来お得意の無自覚に男性を恋に落とすやつなんじゃ・・・
「未来の罪が増えてく・・・」
「なんのこと?」
「ところで偉大なる書記長様のお題は何?(どこが偉大なのよ)」
「元気で明るいけど気が強くて可愛い、長い茶髪の学生が私(書記長)と手を繋いでデートする絵だって・・・」
「・・・まさかあたしのこと!?」
「だ、だよね・・・」(あの時粛正されなかった理由ってもしかしてタイプだから・・・?)
「うわー書記長様が可愛いと言って下さるだなんてうれしいー(は?あいつ○ね)」
なんか未来からすごい殺意を感じます。
「ほ、他のお題は・・・?」
「えっと、眼鏡をかけた可愛くて胸が大きい大人しい学生が私(書記長)とキスする絵だって、こっちにもモデルとかいるのかな?」
(・・・沙羅ってすごい鈍感だよね、そして沙羅をなんて目で・・・やっぱあいつ○ね)
未来の殺意が強まってる気するけど、なんでかな?女の子を描くのは楽しいですが、太ったおじさんを描くのはまったく楽しくないですね。でもおじさんだって描けた方が絵の幅は広がるから、勉強だって思うしかないかな。
「二人とも楽しそうですね、羨ましいです」とちょっと寂しそうに言う勝子さん。
「え、そうですか?」と未来。
「私には友達がいないですから」自虐風に笑う勝子さん。
「な、なら、友達になりませんか?」
そう気づけば自分は声を出していました。あれ、自分で何言ってるんだろう。でも勝子は決して悪い人ではないし。
「「え?」」未来と勝子が口をそろえます。
「これから一緒に過ごすんだから仲良くしないと」
「ではこちらこそ、名前の勝子って呼んでください!」
「それにしても以外だね、沙羅からいうなんて」と未来。
「じゃあ改めましてよろしくおねがいします、ちゃんってつけてもいいですか?」
「いいよー、もっと仲良くしよ!!!」
「あ、ありがとうございます、未来ちゃんと沙羅ちゃん」
「そういえば勝子っていう名前の由来は何?変わった名前だけど」
「もちろん資本主義や米帝に勝つという意味よ」
「「・・・」」ちなみにこの名前、日本の1945年生まれ女子の名付けランキング第1位です。この国はやっぱり戦時中なんですね。
お腹が空いてやっときた夜ご飯、再び肖像画に礼をしました。献立はカレーライス、なんででしょうね(棒)。
やっと今日分の絵が終わったので、夜のこの場所を探検してみました。静かだなーっ、あ軍人さんだ。恋の病か熱中症かはもう大丈夫なのかな。
「こ、こんばんは・・・」 軍人さんはじろりとこちらを睨んできました。こ、怖い!!
「す、すみませんお仕事の邪魔でしたよね」顔を赤くしながらなんとか言葉を返します。
「あ、いえいえ」
この人達もああいう教育を受けてるだけで、きっと毎日頑張ってるんだろうな。それでもこの国のせいで酷い目に遭いながらもきっと耐え抜いているんでしょう。そう思うとふと言葉が出ました。
「いつもお疲れ様です、頑張ってくださいね」
そう言ってにこっと微笑んでみたら一瞬、時が止まったみたいに軍人さんは固まりました。
「・・・うわ・・・」
「・・・?」
「なんでもありません!さあ女は早く寝なさい」
そう言われて部屋に戻りながら私は首をかしげるのでした。
「どうしたんだろう・・・?」
それから2、3週間か、この生活を送りました。この国の生活はとても単純で、決まった時間に起きて党の言うとおりの仕事をしてご飯食べて寝る、ずっとそれに従っていればいいのです。勝子ともよく話すようになりました。たまに軍人さんに差し入れを渡すこともありました。
「あれれーおかしいぞー、このコンセント少し形がちがーう」
未来が部屋のコンセントについているコンセント型盗聴器も見つけました。こんな延長コードのような形で盗聴しているなんてすごいですね。
「今日の偉大なる軍の最高指導者であらせられる書記長様からのお題は何?」と勝子は聞きます。
「今日のお題はツンデレの幼女だって」
「一体どこからツンデレなんて言葉が入ってきたんだろ、じゃあおばさんの洗濯手伝ってくるね」
「ツンデレかー、私も好きだなーって電話だ、少し出ますね」
あれ、勝子がなんで・・・?
勝子が部屋を出た隙に布団に隠していた絵を見ます。寝たふりをしてこっそり描いたお母さんと涼子と楓の絵。この絵を見るたびに私は戻るという決意を固めているのです。
・・・あんまり似てないな。あ、勝子が戻ってくる。すぐ仕舞わなきゃ。
「沙羅ちゃん、未来ちゃんと明日は外出するって」
「え?」
「なんとあの人民の太陽であられる書記長様の家よ!!」
「えぇ!?」




