バブルをうまいことした世界線5
「お、ちゃんと来たか」
時間は午後4時ぴったり。鍵の壊れたドアを開けると箏曲室で男が5人、私を待ち構えていました。銀髪の男と金髪のツーブロックの男です。やっぱり怖い・・・
「早くこっちに来て制服を脱げ」
リーゼントの男の言うとおり、靴を脱いで畳の部屋にあがると眼鏡をとって制服のブレザーをゆっくり脱ぎました。私の足は生まれたての子鹿のようにガタガタ震えています。眼鏡を取ったら誰が誰なのかぼんやりとして分からなくなりましたが、ただ怖さは増しました。
「ちゃんとYシャツとスカートも脱げよ」
金髪の男が怒ります。
「お、このコ結構大きいじゃーん」
「メガネ取ったらかわいいじゃねーか」
「だろ、俺の思ったとおりだ」
「さすがっすね」
他の4人がなにか言っています。
なぜこんなことになってしまったのか、話は昼休みに遡ります。
「少し散歩してくるね」
あの後、私はうるさい教室を出て校内の静かな場所に散歩しました。うるさい空間は苦手だしじっとしてるのはなんか落ち着かないからです。校舎西側の5階付近は学習室、生徒会室、同窓会室、箏曲室です。一番奥が箏曲室。前は箏曲部が使っていましたが今は廃部になってしまい使われません。生徒会もそんな毎日頻繁には活動しませんし、誰も来ないのでとっても静かです。とっても落ち着く空間です。
廊下の行き止まりで「誰もいないし恥ずかしくない!」からと歌を歌い始めました。たまに私はこうして誰にも気づかれない程度に歌ってストレスを発散しているのです。あれ、空が急に暗くなってきた・・・
すると向こうの方から人の話し声が近づいてきたので歌をやめると男数人が階段から現れました。しかもその格好は漫画やアニメでしか見たことない「ヤンキー」でした。一瞬だけ「なんかのコスプレかな?」と思ってしまったほどに典型的な装いでした。
三人組の男で一人は背が高い金髪、もう二人は取り巻きのようで髪を長く伸ばしてけんかのせいか服が少し破れ、もう一人はいわゆるリーゼントのいかつい格好をしています。この学校って進学校なのに不良がいるなんて。その雰囲気に思わず圧倒されてしまいます。そして本物のヤンキーを生で見て、国の特別天然記念物を動物園で見たような感動もあります。国の特別天然記念物といえばイリオモテヤマネコとかトキ、タンチョウ、カモシカですね。
(怖い!!)
金髪男が私の方を見てなにかこそこそ話した後、こっちに近づいてきました。そういえばこの箏曲室、なんか酒とタバコ臭い・・・?もしかしてここが溜まり場!?
(すぐ下に行こう)
下へ向かうにはどうしても男達とすれ違わなければなりません。恐る恐る端によってすれ違おうとしたとき、男の一人がいきなりこちら側に寄ってきて肩がぶつかりました。
「え、あ、あ、あのすみません!!」半ばパニックになりながらとっさに謝りました。
「すみませんじゃねーよ、今ぶつかったせいでまだ肩が痛えし服も破れちまったよ」
「そ、そんな!?本当にすみません!!」
服はぶつかる前から破れていましたし、ぶつかってきたのは向こうで、確実に私の方が肩が痛いのですがとりあえず怖くて謝るしかできません。
「すみませんじゃねーよ、服代と治療費で10万円よこせ」
「え、そんな大金h」
「俺はさっきセンコーに叱られてムカついてんだ、いいから財布出せ!!」
知らないですよ。とうっすら思いながら体の震えは止まらず、とりあえず万が一の際使うようにお母さんに渡された2000円を出しました。
「・・・全然足りねーぞ」
「す、すみません・・・でもお金はもうないんです・・・パシリでも何でもしますから!!」
「ん、今何でもって・・・ふーん、名前はなんて言うの」
「う、内山沙羅です・・・」服にネームプレートついてるんだから学年と名前なんて聞かなくても分かるのに・・・わざわざ聞いてきました。
「そうかそうか、まあ金がないならしょうがないなあ、なんでもってことなら体で払ってもらおうか」
「か、体・・ってどういう・・・」
「何言ってんだ、自分でも分かってんだろ?」私の胸を変な目つきでじっと見ながらそう言います。
「今日の4時にまたここにこい、センコーや親に言ったり約束破ったらどうなるか、わかってるよな?」
ちらっとメリケンサックを見せました。完全に脅しですね。
・・・そんな、どうしよう。あのタブレットですぐに戻ってもこの世界の私が酷い目に遭うよね。
そんなことを思い出しながら私はYシャツとスカートを脱ぎました。
「おいふざけてんのか、なんで制服の下に体操着まで着てんだよ」と言われてどつかれます。私はその衝撃で後ずさりしながらよろめきます。
これが私が出来る精一杯の時間稼ぎでした。体操着を脱いだら当然ですがもう下着だけ。下着をこの男達に見せる・・・いやもっと酷いことをする気なのでしょう。
「こ、これは、その、す、すみませんごめんなさい・・・」
もう我慢できずに涙が出てきました。むしろここまでよく泣かなかったっていうくらいです。またこんな嫌な目に遭うの?もう嫌。やっと、やっとまともな学校生活を送れると思ったのに。やっと、学校を楽しく過ごせると思ったのに。
「早くしろ!!」
「おいおい、こいつ泣いてるぞ」
「お前がぶつかってくるからわりーんだ、お前のせいだろ」
この部屋は廊下から覗くことはほぼ無いし、そもそも廊下を先ほど言った通り人が通りません。しかも箏曲室なので無駄に防音がしっかりしているから助けを呼べません。男に囲まれているし、私の体では立ち向かっても瞬殺されるでしょうし、私の足ではここから逃げても10秒かからず捕まるでしょう。もう私には抵抗の余地などありません。
周りの男達は私のブレザー服を着て「おいおい服小せえな」とかふざけています。もう一人の男がスマホで動画を撮り始めました。リーダー格の男は何やら揉むような動作をしています。これからの展開をシミュレーションしてるのでしょうか。私の頭はもう混乱してぐちゃぐちゃで、もうよく分からなくなっていました。悪いのは・・・私?あれ、そうだっけ?そうなんだっけ?・・・そっか、私が全部悪いんだ。
心のどこかからまた響いてくるあの声。(そうだよ、全部お前のせいだ!)(あんたなんか生まれなきゃ良かったのに)
全部こんな役に立たない私のせい。全部自業自得なんだ。私なんてやっぱり別にいない方がいいんだ。いつの間にか私の負の感情は止まらなくなっていました。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」
「おいおいこいつおかしくなったか?」
「どんだけ謝ったって無駄だぞ」
私の顔がもう涙でぐちゃぐちゃになって泣きながら体操着を脱ごうとします。この人たちに酷いことされてから殺された方が世の中のためにもいいんじゃないかって思ったその時、ガラッと部屋のドアが開きました。私含め皆一斉にドアを見つめます。今度は誰!?
「生徒会として~広いですし近くのこの箏曲室で文化祭の準備をしたいと考えてるんです~」
いきなり楓さんが、体育教師であり学年主任の怖い先生を連れて入ってきました。え、なんで?
「ああ、まあ別にいい・・・」
先生がこちらに気づいたようです。
大人しそうな女子が泣きながらヤンキー数人に囲まれている、しかも周りには女子の制服が散らばっているこの状況。先生も察したのでしょう。もちろん大激怒。
「お前ら、一体何をしてるんだ!?」
「やべっ、逃げろ」
ヤンキー5人は逃げ出しましたが、一人が先生に捕まってしまいました。箏曲室の出口は二つあり、もう一方からヤンキーが靴も履かずに外に飛び出したところに未来が歩いていました。あれ、なんでこんな所に未来がいるの?
向かってくる金髪の男は未来の足に引っ掛かって転びました。そして金髪に巻き込まれて他の3人も派手に転びました。
「てめえ」
ヤンキー4人は怒って未来に手を出そうとしましたが、先生にそのまま捕まってしまいました。
「これは一体どういうことなんだ?ああ!?」
先生が見たことの無いくらい激しく怒っています。
「あの人達、沙羅さんに酷いことをしようとしてました」
なぜか涼子も現れました。どうやら一部始終をずっと見ていたようです。でもなんで?私は混乱しっぱなしです。
とりあえず眼鏡をかけたとこに未来が駆け寄って来てギューッと抱きしめられました。
「沙羅大丈夫!?」
私より背の高いその体は布団のようにとっても温かくて、なぜだか自然と安心できて。
「・・・み、未来怖かったよーー!!」私は未来に慰められてしばらく泣きました。
「クソ」と言いながらヤンキーは何人もの先生に連れて行かれました。親も呼び出されるのでしょう。
その後泣き疲れた私は、やっと正気に戻って先生から事情を聞かれました。
「みんな、本当にありがとう!!」
先生からの事情聴取が終わった後に私は教室で3人にお礼を言いました。空は再び晴れていました。
「でもなんで私がヤンキーから酷い目に遭っているって気づいたの?」
「そりゃ昼休みに散歩から戻ってきた沙羅を見たらおかしいって思うよ、顔にでてたもん」と未来。
「とても怯えてるというか~うっすら泣きそうになってましたし~」と楓さん。
「私が聞いても『全然大丈夫!』としか答えないし授業も全然聞いてなさそうだったよ」と涼子は続けました。
「だから放課後に三人で沙羅の後をこっそりついていったらあれだもん」
「先生をそのまま呼ぶと沙羅がばらしたと思われますから、先生にも理由を隠して~、生徒会で箏曲室を使う許可の体で来てもらったんです~」
「てか沙羅も私たちに何か言ってよ」「そうですよ~、楓たちをもっと頼ってください」「本当に心配したんだから」と3人に怒られてしまいました。皆、私ごときを心配してくれたのです。
「みんな・・・ごめんなさい私のせいで心配をかけちゃって・・ありがとう」
「何言ってんの、沙羅は大事な友達なんだから」「そうですよ、怪我も無くて無事で良かったです~」
「沙羅を助けるのは当たり前でしょ」と皆は口々にそう言います。
「皆ありがとう!!本当に、本当にありがとう!!」
私は3人をぎゅっと抱きしめました。とっても暖かいです。
「もう沙羅ったらありがとう言い過ぎだよ」
二人でトイレへ向かいました。もちろんあのタブレットを使うためです。
「そろそろ戻るか」
「この世界では日本が元気に見えるけどこんな治安悪いのは嫌だね」
この世界ではパリピやヤンキーのような明るい人と体育会系が文化を支配していて、ディスコや遊園地、博覧会も全国にあるけど、秋葉原も池袋も中野もオフィス街になっています。
この世界の秋葉原(下)
体育会系の厳しめなしごきも残っており、運動部の集団リンチも問題だそうです。ある意味80年代のノリが続いているため、日本全体が○○テレビみたいな感じです。若者はクリスマスにホテルに行くのが当然の世界です。高校生のファッションにも違いがあります。元の世界は、校則を守りながら可愛くすることがおしゃれですが、この世界では高校生でも髪を染めたりピアスを開けるのが当たり前です。私含め皆はこの世界でも変わっていませんでしたが、それは元の性格ゆえなのでしょう。
「結局完璧な世界なんてないし幸せとは限らない、どうやっても不満はつきないんだね」
「バブル時代は皆お金があって裕福だから凶悪事件も少なかった、というイメージがあるけど実際のバブルまっただ中の1989年は名古屋アベック殺人事件・女子高生コンクリート詰め殺人事件・坂本弁護士一家殺害事件などが起こってるからね。オウム真理教もこの時期だし」
「それにしてもあいつら、沙羅が可愛いのは分かるけど襲うなんて!!最低!!八つ裂きの刑でも収まらないよ!!」
「可愛いなんて、お世辞でもうれしいよ、本当にいろいろありがとう」
「お世辞じゃないのにー」
二人で画面を押して元の世界に戻りました。でもあの世界の1割くらい元気が欲しいですね。
教室に戻ってくると楓さんと涼子が何か話していました。
「ねえ、今度のゴールデンウイークに東京行かない?」
「いいよ、東京のどこ行こう」
とあっさり承諾しています。
「沙羅も行こうよ」
うーん、どうしようかな、バイトあるし・・・
「沙羅も一緒に行こっ」と未来も言ってきました。うーん・・・
「でもお金ないし」
「交通費は大丈夫、ゴールデンウイークの家族旅行に切符買ったんだけどお父さんの仕事が急遽入っていけなくなっちゃったの、ちょうど4人分だし」
そこまでいうなら・・・
「バイト休めるか聞いてみるね」
「では~、いつどこに行くか計画立てないとですね~」と楓さん。
「ほら私、ちゃーんと時刻表と東京旅行の本を持ってきたよ」
「完璧な準備だね、今涼子が持ってるそれが貨物時刻表と『地球の歩き方 タイ』であることを除けばね」
ゴールデンウイークが楽しみです。
ヤンキーってこんなことするのでしょうか?実物を見たことないので・・・
次回は「新幹線のない世界線」です。