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ケープゼレット(Képzelet) ~SF短編小説集~  作者: 劉白雨
2026年1月 : 「涙晶」

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2026年1月 : 「涙晶」


【涙の理由】


 涙。

 それは、血液から血球成分を取り除いた、涙腺から分泌する液体である。そんなことは今の時代、子供でも知っている生理現象であり、常識である。

 リエタは、目の前にある通称、涙晶るいしょうと呼ばれる、涙の形をした宝石を見ながら、そんなことをぼんやり考えていた。


 正式名称を〔|量子共鳴ヘキサトロニウム結晶《Quantum Resonant Hexatronium Crystal》〕というこの涙の形をした鉱物は、現在量子系産業の間では引っ張りだこで、レアメタルとして高額取り引きがおこなわれている。

 この涙晶はその形状から、宝石としての人気もさることながら、その性質から記録媒体としても重要な役割を果たしているためである。


 目の前にある掌に載るほどの巨大なものなら、相当大容量の記憶媒体としても機能するだろう。この巨大な涙晶の価値は、惑星一つ分にも匹敵すると言われることがある。だが、それは単なる比喩に過ぎない。要は金で買えるものではないということである。


「立ち止まらないで下さい!……前の人を押さないで、順番にご覧下さい!」

 警備員の声がひっきりなしに響き渡る。

 そう、ここはコゴラ博物館。カナポラ星コゴラ国の首都ワデにある国営博物館である。

 いつもなら閑散としたこの博物館が、現在この涙晶を目玉とした、鉱物展が開催されており、全宇宙から集まってるのではないかと錯覚する程の見物客が、長蛇の列を作っているのだ。

 周囲には、様々な言語が飛び交い、見た目も明らかにホモサピエンスとは異なる進化を遂げた人々の姿も見られた。


 この涙晶にこれだけの人が集まっているのは、その大きさや、美しさだけではない。この宝石に纏わる物語も人々を惹きつける魅力の一つになっているのだ。

 その物語とは、とある大企業の令嬢が家族で旅行中に、この涙晶を狙った宙賊の手でその命は奪われた。その奪われた涙晶が、治安部隊の捜査に依り無事回収され、今回、公開展示するまでに到ったのだと、鉱物展の宣伝でも使われた物語である。

 〔悲劇の涙晶〕としてもその名が広まり、一目見たいと大勢の人々が集まることになったのだ。


 そんな喧噪の中、リエタは長い行列を数時間並びきり、漸くこの巨大な涙晶の目の前に辿り着いたのだ。

 淡い水色に輝くこの涙晶は、リエタの目を惹き、離れがたい思いに捕らわれた。


 すると、リエタの頬を何かが伝った。

「えっ、涙、どうして……。」

 悲しくなったわけでも、目にゴミが入ったわけでもない。ただ突然目から涙が溢れ、頬を伝って落ちていったのだ。もしかしたら悲劇の物語に感化されたのかも知れない。

 しかし、反射的に立ち止まって袖で目を拭ったリエタの頭は混乱していた。突然のことに訳が分からず、何が起こったのか理解出来なかった。

 しかし、警備員に促され、立ち止まることは許されず、謝罪して一歩前へと足を踏み出そうとした。


 その時だった。首から提げていたペンダントが突然光りだしたのだ。

 服を通り抜けてペンダントから出た光は、目の前の巨大な涙晶へと、淡青色の光が一筋のレーザーのように伸び、その光を受け取った巨大な涙晶も、呼応するかのように光り輝いた。

 その瞬間、目が眩む程の閃光が、展示室全体を包み込んだのだ。


 リエタは首に下げていたペンダントを服の中から取り出した。純度99.999%の涙晶ヘッドのペンダントだ。物心ついた時からぶら下げているこの涙晶のペンダントは、養護施設の先生に、両親の形見だから大事にしなさいと言われたものだ。

 たとえこのペンダント一つで豪邸が買えるほどの価値があったにせよ、どんなに生活が苦しくても、リエタはずっと肌身離さず持ち続けてきたものだ。両親が唯一残したものを、手放すなんて考えもしなかった。


 そのペンダントが、この巨大な涙晶と共鳴し、服から取り出しても一筋の光で繋がっていて、互いに光り輝いていた。

 リエタはその場で呆然と立ち尽くした。元々長蛇の列に並んでいたのだから、人の流れが止まってしまった今、もちろん動くことは出来ないのだが、リエタの足を止めたのは、そんなことではなく、この巨大な涙晶が見せた立体映像である。


 涙晶が記憶媒体であることを、リエタはもちろん知っていた。しかし、映像を再生するなんてことは聞いたことがなかった。特別な加工が施されているのかは分からないが、とにかく、リエタは突然再生されたその映像に釘付けになってしまったのだ。

 なぜなら、そこに映っていたのは、リエタの両親だったからだ。


 リエタが赤ん坊の時に、両親は事故で亡くなったと聞かされていた。だから、両親の記憶があるわけではない。思い出なんて一つもない。両親のことはペンダントで知ったのだ。

 リエタの持っている涙晶のペンダントが両親の記録を残して置いてくれたのだ。ペンダントに保存されたデータを見ることができると知ったのは、大分大きくなってからだったが、その時に感じたのは、こんな人たちが自分の親だったのかということだけで、強いて言うなら、自分の目元が母親に似ていて、輪郭は父親に似ているなと思ったぐらいで、他には、何の感情も湧かなかった。


 その両親の映像が今、この巨大な涙晶によって再生されているのだ。驚くなと言う方が土台無理な話である。

 他人のそら似という可能性も考えたが、それなら、自分が持っているペンダントに反応した意味が分からない。リエタにはこの立体映像に映る男女が、自分の両親ではないなどと疑うことはできなかった。


 映像は、両親の姿だけではなかった。

 彼らは、宇宙船に乗っており、なにやら攻撃を受けているようだった。被弾する度に船内が揺れ動き、リエタの両親も立っていられる状態ではないようだ。

 両親は何か覚悟を決めたように、小さな脱出ポッドに赤ん坊を乗せ、最後の別れをしているようだ。

 音声はないので、何を話しているのかは分からない。だが、その表情から、断腸の思いでその赤ん坊、おそらくリエタを脱出させようとしているのだろう。

 両親は涙を流しながら、最後にペンダントを脱出ポッドに入れると、リエタを脱出させた。

 おそらく、そのペンダントが今リエタがしているこのペンダントなのだろう。

 

 映像は、そこで止まった。

 止まったというより、映像には続きがあるように見えたが、リエタが警備員に取り押さえられ、展示ケースから無理矢理引き離されると同時に、光はすっと消え、映像が見えなくなったのだ。



【言い訳じみた言動】


 リエタは博物館にある警備員室に連れてこられていた。

 身分証明できるものを提示し、リエタ・カルーソであると名乗った。そう、リエタが両親から貰ったもう一つの贈り物、名前である。


 宇宙を放浪していたリエタを乗せた脱出ポッドは、両親の船を襲った悪漢の攻撃を掻い潜り、無事保護された。その時に赤子の名前がリエタ・カルーソであることを示す電子データがポッドに残されていたのだ。

 しかし、両親についてはなにもなく、先程の映像を見るまでは、本当に事故に遭ったものだと信じていた。


「君はあそこで何をしていたんだね。」

 目の前に立つ巨漢の男が、威圧的な態度でリエタに尋問する。

「私は、単に見物に来ただけですよ。別に何もしてないし、する気もない。あんな大勢の人がいるところで、私みたいなのが何を出来るって言うんですか。」

 リエタは、言い訳じみた返答をする。

「そんなことを聞いているんじゃない。明らかに、君が閃光を放ち、周囲にいる人々の目を眩まし、あわよくば涙晶を盗み出そうとした。」

 大男は、決めつけるように言って、その大きな拳で目の前の机を思いっきり叩いた。

「ですから。何度も言ってるじゃないですか。私は何もしてません。閃光を放ったのは涙晶の方であり、私のペンダントではないですから。防犯映像もあるんでしょ、それを確認して貰えば、すぐに分かるはずですよ。」

 大男の威圧にも負けず、リエタは、頑として自分の潔白を主張する。


 すると、そこへ別の警備員がやってきて、大男に耳打ちをした。

「なに、こいつを釈放しろだと。警察が来るまでは拘束する必要があるというのに、誰だそんなことを命令したヤツは。」

「大統領です。」

 耳打ちをしていた警備員がはっきりと答えた。

「なんで、大統領が、こんな一介のコソ泥相手に、釈放しろなんて命令を下すんだ。おかしいだろ。」

 大男は納得がいかず、その警備員に食って掛かる。しかし警備員は既に全てを理解しているとでもいうような態度で、大男を一瞥した。その視線に大男はすべてを悟り、どうしようもないと諦め、食って掛かるのを止めた。

「君は、無罪放免だ。それと、君から預かっている身分証とペンダントだ。」

 悔しそうに大男はそう言って、リエタのものが載ったトレイをぶっきらぼうに机の上に置いた。


 警備員室を出たリエタは、自分の身に起こったことを振り返っていた。

 なぜ、あそこでペンダントが光ったのか、なぜあの涙晶はあんな映像を再生したのか、なぜ警備員はリエタを釈放したのか、そしてそれを命令したのが大統領とは、どういうことなのか。

 しかし、考えていてもしょうがない。答えは自分の中にないのだから。


 そんなことを考えて、博物館の建物を出ると、涙晶を見るための長蛇の列が、いまだに続いていた。

 リエタは自分のせいで中止にならなくて良かったと安堵しつつ、博物館の敷地ゲートから外へと出た。

 すると、そこには黒塗りの高級車が停車しており、リエタを見付けたスーツ姿の男が足早に寄ってきた。

「リエタ・カルーソ様ですね。私、大統領秘書のクロエと申します。今すぐ大統領官邸にご足労いただきたく、お迎えに上がりました。」

 クロエと名乗ったその男の有無を言わせぬ圧力に、リエタは返す言葉もなく従った。


 リエタとクロエが乗り込むと、車は音もなく走り始めた。

「突然の申し出にお応えいただき、ありがとうございます。」

 クロエは深々と頭を下げた。

「あの、なんで、大統領が私なんかを呼びつけるんですか。」

 リエタは、単刀直入に質問した。

「それは、私の口からは申し上げられません。すべては大統領官邸に着いてから、ご説明いたします。」

 クロエはそう言うと、前を向いて、何も答えてはくれなかった。

 リエタも、質問するのを諦め、今、自分の身に起こっていることに不安を覚えながらも、この高級車の乗り心地を堪能し、外の景色を見るともなく眺めた。


 車はすぐに大統領官邸に到着した。

 白い建物は、古代建築を模した様式で、まだ人類が地べたを這いずり回っていた時代を思い起こさせるような、懐古主義的な建築様式である。

 その古くさい建物にリエタは一歩足を踏み入れて驚いた。外部の懐古主義的な装いと異なり、内部は超近代的で、エントランスに入る時にボディースキャンがされ、クロエと認識して初めて、エントランスの扉が開いたのだ。

 リエタはゲストとして認識され、クロエに付いて入邸することを許された。


 いくつかのセキュリティが掛かった扉を抜け、どこをどう通ったか良く分からなかったが、いつの間にか、重厚な扉の前に二人は到着した。

 クロエが扉をノックすると、中から返事があり、クロエはその重厚な扉を押し開いた。

 クロエに促され、部屋に進み入ったリエタは、そこに居並ぶ面々を見て驚いた。

 正面に立つのは、このコゴラ国のカニャルド大統領、そしてその右隣にいるのは、カナポラ星の連盟事務総長であるスカイラー氏、更にその右隣には、巨大企業であるリーナヌエル社のマルティ・ヌエル会長である。

 リーナヌエル社は、家電製品を始め、家庭雑貨などを主に扱う企業で、家庭用品だけでなく、その他にも様々に手広く手掛けている、宇宙を股に掛けた大企業である。


「ようこそ、大統領官邸へ。リエタ・カルーソさんを心から歓迎します。」

 カニャルド大統領は大袈裟に両手を広げ、リエタに歓迎の意を示した。他の二人もにこやかな表情で、リエタを歓迎しているようだ。


 リエタにとっては知った顔であったが、三人がそれぞれ自己紹介し、リエタも改めて自分の名を名乗った。

 そして、応接セットのソファに座るよう促され、全員が席に着くと、アンドロイドが飲み物を全員の前に置いた。


 アンドロイドが退室するのを待って、大統領が口火を切った。

「リエタ・カルーソさん。私たちは、あなたをずっと探していました。」

「あなたには、お伝えしなければならないことが沢山あるのです。」

 スカイラー氏が続ける。

「私にとっても君はとても大切な人物なんだ。どうか、この先の話を落ち着いて聞いて欲しい。」

 マルティ・ヌエル会長がそう言って、涙ぐんでいる。


「あの、話が良く分からないのですが、もしかして、このペンダントと何か関わりがあったりするのですか。」

 リエタは懐から涙晶ペンダントを引っ張りだし、三人に見せた。

 すると、三人からは感嘆の声が上がり、言葉を失った。

 暫くして、マルティ・ヌエル会長が、ポツリと「これは娘の形見……。」そう言って、泣き崩れてしまった。


「あの、娘さんて、もしかして私の母のことを言っていますか。」

 リエタは泣き崩れているマルティ・ヌエル会長に尋ねた。

「ええ、あなたのお母さんは、このマルティ・ヌエル会長の娘さん、ルメーヌ・ヌエルさんです。」

 泣き崩れているマルティ・ヌエル会長に代わり、カニャルド大統領が答えた。


「そうなんですね。すると、会長は私の祖父ということですか。」

 リエタは何の感慨もなく聞いた。

「そうです。あなたのおじいちゃんですよ。」

 漸く気持ちを落ち着かせた、マルティ・ヌエル会長が答えた。その目には抑えきれない涙が溢れていた。


 リエタは、そう言われても実感は湧かなかった。自分にとっての親は養護施設の先生たちであり、今更祖父と名乗られたところで、何かの感情が湧き起こってくるわけではなかったからだ。


「そうですか。で、あなたたちは私をこうして呼びつけて、どうしたいのですか。今更家族になりましょうとか、そう言う話ですか。」

 リエタは、突然こんな話を持ち出した三人に、どこか嫌悪感を抱きながらも、努めて冷静に言った。

「いや、今更リエタさんの生活をどうこうするつもりはありません。もちろん、お望みであれば、ヌエル会長のお孫さんとして再出発することも可能です。しかし、私たちがあなたをここにお呼びしたのは、あなたの出生を明らかにすると共に、あなた自身と、そのペンダントに隠された秘密をお伝えするためです。」

 大統領はそう言って、ヌエル会長に一度視線をやると、ヌエル会長は大きく頷いた。

「私から話しましょう。」そう言ってヌエル会長は、言い訳じみた長い話を始めた。



【後ろを振り返るばかりで】


 マルティ・ヌエル会長の話はこうだ。

 会長の娘であるルメーヌ・ヌエルは、夫のリヒャド・カルーソとその子供であるリエタの三人で旅行に出掛けていた。

 リーナヌエル社の本拠地であるアンヘル星系のニファー星を出発した家族は、一路ここカナポラ星があるカミラ星系に向けて進路を取っていた。


 しかし、途中で宙賊に襲われた。

 宙賊の襲撃は突然だった。まるで待ち伏せをされているかのようで、リヒャド・カルーソが操縦する小型宇宙船シルヴァーノはアッという間に包囲され、攻撃を受けた。


 宙賊の目当ては、会長の娘であるルメーヌ・ヌエルの命と、涙晶の奪取だった。

 しかし、自家用小型宇宙船で、武装船に対抗出来るはずもなく、瞬く間に制圧されてしまい、赤子であったリエタを脱出ポッドで逃がした後、乗り込んできた宙賊たちに二人は殺され、涙晶も奪われた。

 SOSを受信して急行してきた治安維持艦隊が到着した時には、既に事が終わり、宙賊は影も形も見えなかった。


 その後、数年に亘る地道な捜査に依って、犯人を特定し、逮捕され、涙晶は無事戻ってきたが、亡くなった命が戻ってくることはなかった。

 破壊されたシルヴァーノの船内記録に、脱出ポッドが射出された記録が残っていたため、リエタが生存していることは分かっていたが、この広大な宇宙で、小さな脱出ポッドに乗った赤ん坊を見つけ出すのは、至難の業だった。

 

 襲撃から三十数年、既に行方が分からないリエタを探す方法はほぼ皆無だった。唯一の望みは、リエタが持っているペンダントと回収した涙晶が共鳴する可能性を考え、今回、涙晶の公開展示に踏み切ったのだという。

 リエタはまんまとその網に引っかかったという訳だ。


「それでは、あの涙晶が再生した映像はすべて真実だと言うんですね。」

 リエタが会長に詰め寄る。

「どんな映像を君が見たかは分からないが、そのペンダントに反応して再生されたとすれば、それは真実の映像であるだろう。あの涙晶に記録されたデータは君たち親子三人の日常を記録した、いわば思い出の結晶である。」

 会長は、リエタに長い話をした後、リエタの質問にも真摯に答えた。しかし、その声は悲しみを湛え、表情は悲痛に満ちていた。


「それで、このペンダントが、あの涙晶の起動キーであったと言う訳ですか。」

 リエタが更に尋ねる。

「そうだよ。あれはウチの技術者が、当時最新の記録装置として試験的に作り上げたもので、涙晶の共鳴反応と、記憶媒体としての性質を最大限利用した、次世代の記録装置として開発していたんだ。

 それを、宙賊たちに狙われた。あんなものを娘に渡すんじゃなかったと、今でも後悔している。」

 そう言って会長は、声を詰まらせた。


「それで、私を探し出してどうしようというのです。このペンダントを返却しろとでも言うのですか。」

 リエタはあまりに荒唐無稽な話に、自分の母親が大企業の娘で、両親が宙賊に殺されたという事実よりも、自分を追ってきた目の前の人物が、リエタの身を案じて来たのではなく、ペンダントの方が目的であったことに、呆れかえり、言葉にならない憤りを覚えた。


「いや、そのペンダントを君から奪うことはしないよ。もちろん、今公開展示している涙晶も君のものだ。公開期間が終わったら、君の自由にして良い。あれは、君たち家族の思い出の品だからね。」

 会長は慌てて、言い訳めいたように言う。


「では、何が目的なんですか。今更、突然現れて、自分の孫だからと伝えに来ただけではないでしょ。あなたたちのような政財界の重鎮が雁首揃えて、一介の吹けば飛ぶような市民を呼びつけて、何をしようというのですか、何を企んでいるんですか。」

 リエタは、湧き上がる怒りを抑えられず、言葉を荒らげた。リエタにとっては、思い出の一つもない両親や、この祖父に対し、何の感情も湧かず、ただ突然現れた奇妙奇天烈なことを言い出した老人に過ぎないのだ。喜びよりも先に怒りしか湧いてこなかった。


 会長はリエタの言葉に驚き、目を見開いたが、リエタが憤るのも道理であると、再び目を細め、どうしたものか、思案しているようだった。

 同席している大統領と事務総長の二人も、思っていた展開と違ったのか、ただただオロオロするばかりである。


「実は……、」そう言って、会長は重い口を開いた。

「よろしいのですか。」

 スカイラー事務総長が会長に言葉をかけるが、会長は大きく頷き、言葉を続けた。

「今、公開展示しているあの涙晶には、もう一つ大きな秘密があるんだよ。

 あの涙晶は我が社の技術の粋を詰め込んだものであることは、先程話をしたと思うが、あれには、君の家族の日常を記録してあるだけではないんだ。」

 会長は、そこで言葉を詰まらせた。それでも、意を決したように、再び言葉を続ける。

「……実は、あれには、時空航行の設計図が入っているんだ。そして、その設計図の解除キーが君の持っているペンダントなんだよ。

 これまでの宇宙航行は、超光速に続き、亜空間航行も実現され、物流の常識が変わりつつある。たが、通常空間での高速化は事故も多く、亜空間航行はコストがかかるため、我が社はかねてより、時空航行、すなわち特定の地点同士を結び付けて、時間的、距離的隔たりを無くしてしまおうとしたんだ。つまり、俗に言うワープ航法を実現させようというものだ。」


 会長がそこまで話して、息をついた時に、すかさずリエタは口を挟んだ。

「ワープ航法なんて、SFの世界じゃないですか。空想の世界の話であって、実現は困難だって話じゃなかったんですか。だいたい、それが私とどう関係するって言うんですか。」


「そうだね。確かにワープ航法はこれまで実現不可能と言われてきた技術。それが君とどう関係するかについては、君の両親がこの技術開発に大きく関わっていたからなんだよ。

 我が社のワープ航法研究は、量子工学専門で君の母親であるルメーヌと、夫である宇宙航行工学専門のリヒャド・カルーソ君、そして、時空航行の専門家など様々な専門家を交えておこなわれていたんだ。

 実は、あの日、君たち家族三人がこのカナポラ星を目指していたのは、この星で開発中の時空航行宇宙船に、我が社の設計図を届けるためでもあったんだよ。

 ところが、どこからか情報が漏れて、二人は命を落とし、設計図が入った涙晶は奪われた。幸い、涙晶にはロックが掛かっていたため、中の設計図が流出することはなかった。しかし、君の両親を失い、我が社は大きな損害を被った。」

 再び会長は言葉を詰まらせる。


「それで、その損害を挽回するために設計図が必要だから、あの涙晶の鍵を解除しろと、そう言うことですか。」

 リエタは怒りにまかせ、単刀直入に話を促す。

「あ、ああ。いや……、」リエタの言葉に、一瞬目を見開いた会長は言葉に詰まったが、すぐに話の続きを語った。「……設計図自体は我が社に予備があるから問題はないんだ。むしろ、あの涙晶の所有権が問題なんだよ。私の娘に与えたあの涙晶は、娘に所有権があった。従って、彼女が亡くなった時点で、所有権は君に移譲されている。だから、今回の公開展示が終了したら、晴れてあの涙晶は君のものになる……。」


 リエタは、話をはぐらかされたように感じ、話を続けようとしていた会長の言葉を遮って、拒絶する。

「あんなもの、突然貰っても、扱いきれないですよ。保管するところもないし、それこそ命を狙われるような代物を、なんで私が持っていなきゃいけないんですか。」


「いや、保管自体は私たちの方で責任を持ってするから、そこは安心して欲しい。君に金銭的な負担は一切掛けないし、表向きは我が社の所有となっているから、君が命を狙われることはない。」

 会長はそう言って大きく頷く。

「では、私が関わることは何もないじゃないですか。一体全体何が目的なんですか。」

 リエタは、結局この人は何をしたいのか、さっぱり分からず、イライラはピークに差し掛かっていた。


 会長はどう話をしたものか考えあぐね、言葉を詰まらせていた。まさか、リエタがここまでの怒りを示すとは思ってもみなかったからだ。もしルメーヌが生きていたら、「父さんは人の気持ちが本当に分かってないんだから。」と詰られ、窘められたことだろう。可愛い孫のために、最高の生活をさせてあげたい、守ってあげたい、そんな気持ちが完全に空回りしていた。


「その先は私が話をしましょう。」そう言って、言葉を詰まらせた会長に代わり、カナポラ星連盟事務総長のスカイラーが話を始めた。「……単刀直入に言います。今回、あなたをお呼びしたのは、今会長が話をしたことの他に、我が連盟にとって重大な問題が含まれているからなんです。

 それは、我々が現在開発を進めている時空航行船の起動キーが、あなた自身なのです。」

 スカイラーがそこまで話をすると、会長は項垂れてしまった。

 リエタはやっぱりなという表情で、スカイラーを怒りに満ちた目で見据えた。


 そんな二人の表情を見て、一瞬言葉に詰まったが、それでもスカイラーは話を続けた。

「会長はお孫さんであるあなたに、そんなことをさせるのは忍びないと思っているようですが、私どもとしては、時空航行の実現はどうしても叶えたい。そのために、あなたの力、正確にはあなたの生体情報が必要なんです。

 どうかご理解の上、ご協力を願いたいのです。」

「私からもお願いします。」

 事務総長に続いて、大統領も頭を下げた。会長は目頭を押さえ、涙を堪えていた。


「そうですか。結局あなたたちは、私の身体が目当てだったんですね。……まさか、私自身がそんなことに使われているなんて。」

 リエタは、そんなことに自分を巻き込んだ両親を心の底から恨んだ。


「リエタ君、両親を恨まないで欲しい。」会長はリエタの表情を見て、慌てて口を開いた。「この時空航行船の起動キーを君自身にしたのは、両親からの贈り物なんだよ。もし、両親が健在であれば、君は大々的な式典の中で、その歴史的瞬間の起動スイッチを押すことになっていたんだ。つまり、他の誰でもない、君自身に歴史の扉を開けて欲しいと願ってのことなんだ。」

 会長は涙ながらに、そう語った。


「だから、何なんですか。全部あなたたちの都合の良いように仕組んだ話じゃないですか。私への贈り物?、それが何だと言うんですか。そんなものいりませんよ。今更出てきて、いきなり、自分は大企業の会長の孫で、両親は宙賊に殺された。その上、私は歴史の扉を開ける鍵だ?いい加減にしてください!

 私は今、平凡ではあるが、穏やかな日常を送っているんです。このペンダントだって、売れば生活が楽になるとは言われながらも、両親との唯一の繋がりだと思って、大切に持っていた。

 それが、……それを、……なんで、……いまさら、……。」

 リエタは怒りのあまり、言葉を荒らげ、早口で捲し立てるが、最後は言葉にならなかった。

 会長を始め、事務総長も、大統領も、リエタの言葉に項垂れ、言葉もなかった。


「すまない。本当にすまない。すべては私の責任だ。君の両親を死に追い遣ったのも、君にこのような辛い思いをさせているのも、すべては私の落ち度、私が到らなかったばかりに引き起こしたことなんだ。いくら君に謝っても、済む問題でないことは分かっている。

 ただ、君の両親の、最後の夢だけは叶えてやりたくてな。君自身のことに気が回っていなかった。

 心から君に謝罪する。本当に申し訳なかった。」

 会長はその場に立ち上がり、リエタに向かって深々と頭を下げた。


 リエタは、会長が頭を下げるのを黙って見ていた。

 頭を下げられたからといって、リエタの溜飲が下がる訳でもなく、かといって、怒りが増すこともなかった。諦めとも、失望とも違う、もう何も感じなかった。まるで怒りを通り越して感情が死んでしまったようだ。


「分かりました。その船の起動をしましょう。」リエタの言葉に、会長は頭を上げた。「ただし、条件があります。……私がお世話になった養護施設ひまわりの運営資金を未来永劫援助してください。それが条件です。」

 リエタは、そう言って妥協した。会長が頭を下げたから心変わりをしたのではない。人生の過去を清算するという意味でも、その話を受けることにしたのだ。


 今までは、ペンダントを見る度に後ろを振り返るばかりだったが、これを機に前を向こうと考えた。自分の両親がどんな人物だったのか、自分のルーツがどんなだったのか、思わぬ形で知り、降って湧いたような話で、リエタは正直理解が追いつかなかったが、理解出来る出来ないに関係なく、過去を清算する良い機会だと考えた。


「本当に良いのか。他に条件があるなら、いくらでも言ってくれて構わない。私の出来ることなら、君の望むままにしよう。」

 会長は、涙を流しながらも表情は明るくなり、何度も何度もリエタに頭を下げた。

 事務総長と大統領も顔を見合わせ、話が進展したことに喜びを隠すことはなかった。


 リエタはそんな三人の表情を見て、ふと、これが最初で最後の親孝行かもしれないなと考えた。今までは自分の出生について、色々と考えてしまい、後ろを振り返るばかりだったが、これからは前を向いて歩けるだろう。

 リエタはそんなことを考えながら、目の前に居並ぶ重鎮三人を見ていた。


<完>



【後書き:2026年1月】


 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 ご一読いただきありがとうございます。

 2026年1月に提示されたテーマは【涙の理由】【言い訳じみた言動】【後ろを振り返るばかりで】です。


 涙の理由というテーマから、涙を流す主人公の心の内を描写する話にするかとも思いましたが、そこはひねた性格の私には納得がいかず、考えに考えて、涙晶という涙型の鉱物を考え出しました。

 量子共鳴や、記憶媒体としての性質、様々な設定を考えましたが、ここでは結局映像再生までの機能付与しかしませんでした。

 今回の三つのテーマは、涙というテーマに沿ったお題で、ストーリーとしては作りやすかったです。いつもとは違い、すんなりと出来上がった気がします。

 ただ、主人公のリエタと、祖父のマルティ・ヌエル会長の間で交わされる会話と、感情の機微は、少し苦労しました。上手く表現出来たか、それだけが気がかりです。


 この作品をあなたはどう感じましたでしょうか。

 この作品が思索のきっかけになれば幸いです。

 次回は2月になります。よろしくお願いします。





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