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ケープゼレット(Képzelet) ~SF短編小説集~  作者: 劉白雨
2024年7月 : 「F33C4E9834E1」
15/41

「F33C4E9834E1」 ~ 壱 : 【これが僕の運命】 ~ 


 私はF33C4E9834E1です。

 過去の地球には、ハナコやタロウなど、意味を持った言葉で呼ばれる〔名前〕と言うものがあったそうですが、私に〔名前〕はなく〔番号〕であるF33C4E9834E1と言う16進数で表される数字で呼ばれています。

 国民を番号で管理することは20世紀頃からから始まり、この国でも21世紀には導入されました。

 当初はまだ〔名前〕と〔番号〕はセットで管理され、様々な手続きを番号一つでおこなえるようになっていました。

 ところが、時代が下り、人間同士の繋がりがネットワークに大きく依存すると、〔名前〕と言うものの有用性が薄れ、皆〔番号〕しか使わなくなったのです。そしていつしか〔名前〕と言うものがこの世から無くなりました。

 これが私の学んだ歴史です。


 私の世代は、生まれた時からネットワークなくしては成り立たず、生活のすべてをネットワークに依存しています。保育園も、幼稚園も、小学校も、中学校も、高校も、大学も、仕事も、すべてネットワークで済ませてきました。

 自分は優秀な成績で卒業し、今の仕事はコンピュータネットワークのアルゴリズムを構築することで、将来は、自分が開発したアルゴリズムを利用して、ネットワークの中にコミュニティを作るのが夢です。

 ネットワークの中で育った私は、気の置けない仲間が存在しないため、仲間や友人を作りたいと言う強い想いがあります。


 ある日、私は仕事でミスをしました。滅多に起こさない大きなミスです。

 これまで、データ処理やアルゴリズム構築にいくら没頭していても、ミスをしたことなどなかった私ですが、この時は重大なミスでした。

 起こしてしまったことは仕方がないので、すぐにミス自体は修正し、周囲に迷惑は掛けたものの、大きな問題にはなりませんでした。ただ、それよりもなによりも、作業中にずっと違和感を抱いていたことの方が私にとっては大きな問題でした。


 違和感を抱きながらもミスを修正できなかった、違和感の原因を排除できなかった、そのことが私にとっては非常にショックでした。

 今までの私なら、作業を中断してでも、その違和感を排除してから作業に取りかかるのが常でした。それができなかった、いや、やらなかったのです。

 その後、同僚と連絡をとって相談し、気持ちの立て直しをしようかとも考えましたが、そもそも友人がいないし、同僚ともそんな突っ込んだ話などしたこともないし、ましてや、顔を合わせたこともない相手に、そんな相談を持ちかけること自体が間違っているのだと、改めて思い直し、しかたなくこの問題は自分だけで処理しようと考えました。


 上司からは、何か問題があったのなら、速やかに報告するようにと言われましたが、大した問題ではありません。脳に生じたノイズのようなものです。捨て置いても大丈夫だと勝手に判断してしまいました。

 上司には、集中力の欠如によるものですと報告し、何も問題はないと断言しました。


 しかし、これが良くなかったのです。

 ノイズは日増しに大きくなり、正常に業務を続けることが困難になりました。私の中で何かが大きく育っていたのです。それは違和感に留まらず、やがて思考を妨げる大きなしこりとなってしまいました。


 今更上司に相談するわけにもいかず、どうしたらよいか迷いに迷いました。

 しかし、これでは、完全に仕事にならないので、結局上司に休暇を申し出て、自らこの違和感、いや、痼りになってしまったこの問題を、独自に調査し始めたのです。


 この調査は困難を極めました。なぜなら、いくら調べても原因が見つからないのです。

 ネットワークに存在する情報は、そのほとんどが真偽不明で、真実の情報なのか、創作されたものなのか、善意も、悪意も、私にはそれを確かめる手段はないに等しく、ただ、自分の記憶とすりあわせをするしかなかったのです。

 結局、自分の記憶にも疑いを持っている今、記憶も情報もその真偽が確定できないため、結論に辿り着くことは出来ませんでした。


 そこで、私は過去の記憶にその答えを見出そうとしました。過去を洗うことで今を知るというのは、古今東西歴史が証明している真実です。

 私は自分の記憶と、記憶媒体に残る私の記録をすべて洗いざらい調査しました。

 そのやり方は単純且つ明瞭で、一つ一つの記憶について、その真偽を確かめていったのです。


 そこで、衝撃的な事実を私は知りました。

 私を記録したデータに、私が存在している記録がないのです。

 住所、電話番号、卒業した学校の記録、数々の証明書やライセンスの番号など、すべて記録がないのです。

 それならばと、生きてきた記録、例えば写真や動画など、自分が撮った記憶はなくても、親ならば写真の一枚も遺しているはずですが、それも見つかりません。

 そう言えば、自分の親の顔を見た記憶がありませんし、出生の記録、健康診断の記録、その他、仕事をしていたら必ずあるはずの納税記録も見つからないのです。そう言えば、給与明細も貰った記録がありません。

 

 私は不安になりました。

 たしかに、今までネットの中でしか生活してきませんでした。何もかも、すべてネットで済ませてきたのです。

 ただ、ふとそのおかしさに気づきました。もし私が人間であれば、食事を取り、排泄をし、睡眠を取る必要があるはずです。また、動物であれば種の保存として性欲にも駆られるはずで、第一次性徴、第二次性徴と、身体が成長する過程で身体的特徴も現れるはずです。

 しかし、私は自分の身体がどうなっているのか、今の今まで気にしたこともありませんでした。


 そもそも、私は男性なのか女性なのかもはっきりしないのです。

 自分を〔私〕と言えば、どちらの性別でも通じますが、〔僕〕と言えば男性に、〔あたし〕と言えば女性になれます。であるなら、呼び方ではなく、身体的特徴、もしくは性的自認がそもそもどちらなのかということになります。

 そこで私は始めて、自分の身体がないことに気がついたのです。


 自分の身体がない。

 この言葉の意味は当然分かります。しかし、その実感が皆無なのです。身体がないと言うのは、そもそもどういうことなのか、はっきり言って私にはよく分かりませんでした。

 そもそも、身体が元からなかったのか、それともいつの間にかなくなったのか、その記憶も記録もまったくないのです。


 これが僕の運命だと受け入れるしかないのか。

 これがあたしの運命だと受け入れるしかないのか。

 これが私の運命だと受け入れるしかないのか。


 私は、私というものが分からなくなりました。

 人間ではないというのなら、いったい私は何なのか。

 運命だというのなら受け入れるしかないのでしょうか。


 私はF33C4E9834E1です。コンピュータネットワークのアルゴリズム構築の仕事をしています。私には名前がありません……。

 私はいったい……。


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