「再生計画」 ~ 弐 : 【悲しいくらいに暖かい】 ~
枯れ果てた地球の映像を見せられたブッシネッロ・ユウキは、その後も長い間、気持ちが落ち込んだままだった。採掘機を操作していても、心ここにあらずで、ミスが目立つようになり、監督官から激しくどやしつけられることも増えた。
これまで、真面目にミス無く仕事をしていたユウキには考えられないほど、彼の精神は落ち込んでいた。
いつか地球に行くつもりでコツコツ貯めていた貯金を切り崩して、商業施設の飲み屋街に繰り出し、酒を浴びるようになってしまった。ここには一杯で合成酒が数十杯から数百杯は飲めるだろう高級酒が、当たり前のように売られていた。つまみ一皿も合成食料が数十人前にはなるだろう金額だ。
それでも、ユウキは合成酒じゃない酒と、合成食料じゃないつまみを頼み、浴びるように飲んでいた。
悔しかったのだ。青々とした地球にどれほど憧れていたのか。ユウキにとってはまさに心のよりどころだったのだ。
その地球が赤茶けた、まさに今自分がいるこのマラッタと同じだったのだ。
人類は母なる星を破壊し、それだけでは飽き足らず、このマラッタも同じ運命に陥れていたのだ。
ユウキは裏切られたような気分だった。好きな女の化けの皮を剥がしてしまったような、嫌な気分に陥り、このやるせない気持ちを、高級酒を煽ることで紛らわせようとした。
しかし、飲み慣れない酒は、彼の口には合わず、美味くもなんとも感じない、ただのアルコールにしか過ぎなかった。
つまみ一皿を平らげ、2杯目の酒を飲み終えようとグラスを持ち上げた時、後ろから声を掛けられた。
「失礼ですが、ブッシネッロ・ユウキさんですね。」
振り向くとそこには色白の、あまり健康的とは言えない、痩せ細った女性が立っていた。
「ん?あんた誰だ。どうして俺の名を知っている。」
ユウキは訝しみながらも、誰何した。
「私はトゥイエン・ウィエン・ファムと申します。あなたに折り入って頼みがあり参上しました。」
トゥイエン・ウィエン・ファムと名乗った女性は、馬鹿丁寧にお辞儀をしながら返事をした。
「そのトゥ……なんとかさんが、僕に何の用だ。そっち系の話なら間に合っているから。」
ユウキは、その手の女性が、自分をカモにするために声を掛けたのだと思い、警戒レベルを跳ね上げた。
「トゥイエン・ウィエン・ファムです。呼びづらければトゥイエンとお呼びください。
詐欺や売春では決してありません。あなたにお願いがあって参りました。ここでは周りの耳目もありますので、場所を変えましょう。お代は私が精算しましたから。」
ユウキの疑念をはっきり否定されてしまい、その上代金まで払って貰ってしまっては、詐欺や売春を疑う余地はなくなったが、まだ警戒レベルは上げたままだ。
「そうか、それはごちそうさん。で、どこへ行くんだ。」
「今はそれを申し上げるわけにはいきません。ここを出てからきちんとお話します。」
「わかったよ。おごって貰っちゃったら、ついていくしかないか。」
警戒レベルは上がったままだが、ユウキは渋々了承し、残っていた酒をあおってグラスを空にすると、いつも愛用している帽子を被り、立ち上がる。
給仕に「ごちそうさま」と言って、トゥイエン・ウィエン・ファムに続いて店を出た。
まだ早い時間帯だ。店の外には金持ちと思われる上流階級の連中が、買い物や飲食を楽しんでいた。
トゥイエンは「こちらです」と言って、ユウキを先導して歩き始めた。
ユウキは彼女の怪しい雰囲気を後ろから眺めながら、仕方なくついていった。
どうしてついて行く気になったのか、ユウキには分からなかったが、彼女の切羽詰まった様子と、どこか悲しいくらいに暖かい雰囲気に惹かれたのかも知れなかった。